第003話 優しい追放
居間のテーブルにはグレイが座っていた。ノーラがその隣に腰を下ろし、スペルが対面の椅子に腰を下ろす。
「それで、お話とは?」
「スペル。お前の今後の話さ」
「私の今後……ですか?」
スペルは二人が言いたいことが分からなかった。なぜなら、スペルは二人が死ぬまでずっとこの店を手伝い続けると思っていたから。
別のどこかに行く予定はない。
「お前にはこの店を出て行ってもらう」
「……なぜですか?」
ノーラの言葉に一瞬言葉が詰まった。
当然、子供だったこともあり、開業当時はあまり役に立てなかったと思う。しかし、仕事に慣れてからはそれなりに貢献もできていたはず。
追い出される理由が分からなかった。
「ずっと勿体ないと思っていたんだ、お前がこんな小さな店で燻ぶっていることが」
「そうよ、スペル。あなたには魔法の才能がある。だから、お前には外の世界を見て欲しかったの」
「またその話ですか……何度もお断りしたはずです。私には魔法の才能なんてありませんよ」
これまで何度も外の世界を見に行くように言われてきた。しかし、二人に恩返しすることの方がよっぽど大事だ。
「これまではずっとスペルの言葉に甘えてきたけど、今回はそうはいかないわ。スペルには間違いなく才能がある。これはハンターとして一線で戦ってきた私たちが言うんだから間違いないわ。スペルほど魔法を巧みに操る奴には会ったことがないもの」
「そんなはずはありません。だからこそ、追放されたんですから……」
スペルは今日ようやく半人前になった程度の魔法使い。才能なんてあるはずがない。事情はとっくにすべて二人に話している。
それは彼らも承知のはずだ。
「正直、スペルの元実家はなんでスペルを追放したのか分からないくらいよ」
「そうだぞ。今のスペルを見ていると、お前の元実家はアホだとしか思えん」
二人はあきれ顔で呟く。
二人が嘘をつくとは思えないが、教わった常識から考えれば、全く信じられなかった。
「これを見なさい」
ノーラが一通の封筒を取り出して私の前に滑らせる。
その封筒は一目見ただけで、かなり高価な品物だと分かった。
「これは?」
「魔法学園の用務員への推薦状。これでもハンター時代はそれなりに名が知れててね。伝手を頼って貰っておいたの」
「俺たちの力じゃ用務員にねじ込むのが限界だったがな……」
二人の言う通り、表にはスペルの名前が。そして、裏にはマギステリア魔法学園という名称が記載されていた。
マギステリア魔法学園と言えば、世界でも有数の魔法学校だ。そんな場所でスペルのような半人前が働くなんて冗談だとしか思えない。
二人のハンター時代の話はそれほど聞いたことがないが、とても優秀だったに違いない。そうじゃなければ、マギステリア魔法学園への働き口の推薦状など貰えるはずもない。
中を確認すると、用務員採用試験を行うので参加するように、という内容が記されていた。
「別にダメだったらダメで良いのよ。そしたら、ここに帰ってきたらいい。ここがスペルの家だってのは変わらないんだから。私たちはただ、チャンスも与えられないまま息子の才能が埋もれていくのが見てられないだけ」
「そうだ。お前はもうれっきとしたウチの息子だ。気にせずチャレンジしてこい。魔法……好きなんだろ?」
二人は私に優しく微笑みかける。
いかに優秀なハンターだったとしても推薦状をもらうのはとても大変だったに違いない。
自分のためにここまでしてくることがありがたい。涙がこみ上げてくるを止められそうになかった。
また二人に恩が増えてしまったな……。
「私のためにこんなに大層なものを……」
自分に才能があるなんて未だに信じられない。しかし、こんなことまでされておいて断るなんて、それはあまりに親不孝だ。
合格することこそ恩返しになるはず。
スペルは二人の提案を飲むにした。
「気にしないで。息子のためなら大したことないんだから」
「ありがとう……ございます……」
スペルは深々と二人に頭を下げ、涙を流す。
「今日は仕事なんてやめだ!! スペル、今日は一緒に飲むぞ!!」
グレイがドンと机を叩いて立ち上がった。
「ダメに決まってるでしょ!! ……と言いたいところだけど、今日だけは酔って仕事をしてもお客さんたちに許してもらいましょ。タダにすれば文句ないでしょ!!」
「おうっ、そりゃあいいな」
なぜか二人の阿吽の呼吸で酒を飲むことになった。
「息子の門出を祝してっ」
「「「かんぱーい」」」
夕食の仕込みとつまみの準備を一緒にしつつ、有り余るほどの料理を作り終えると、スペルたちは酒を飲み始める。
「おっ、なんだなんだ?」
「お前ら、仕事はどうしたんだ?」
仕事を終えて帰ってきた常連の宿泊客が二人に尋ねる。
「息子がようやく重い腰上げて外の世界に羽ばたくんだ。仕事なんてやってられるか!!」
「そうよそうよ。サービスするから今日は大目にみて頂戴!! 料理はちゃんと提供するから」
「かぁ~、そりゃあ、仕方ねぇな。俺たちも祝おうじゃねぇか」
「おっ、いいねぇ、俺も祝うわ」
「俺も俺も!!」
二人の返事を聞いた宿泊客が俄然乗り気になった。そして、なぜか他の宿泊客たちも巻き込んで盛大なパーティが開かれることに。
しまいには全員がべろべろに酔っぱらって死屍累々の惨状が広がっていた。
翌々日。
「それじゃあ、元気でね」
「達者でな」
「はい。お二人もお元気で」
「これ、お弁当。途中で食べて」
「ありがとうございます。いってきます」
スペルは二人に見送られ、グランレストを旅立った。
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