第025話 お祝い
「スペル先生!!」
全ての実技試験を終えた後、スペルの姿を見つけたシャロンが駆け寄ってきた。
「シャロンさん、お疲れさまでした」
「ありがとう……ございますっ……」
スペルがシャロンの頭をポンポンと優しく撫で微笑むと、シャロンの瞳の端に涙がじわりと滲む。そこには万感の想いが浮かんでいるように見えた。
彼女のこれまでの経歴を考えれば当然だろう。シャロンが初めてつかみとった結果だ。嬉しくないはずがない。
「初めての舞台だったのによくあそこまでやれましたね。驚きました」
「試験前に少し思うところがあって。どうやったら高得点になるかしか考えていませんでした」
シャロンは実技試験でこの二カ月の修業の成果をいかんなく発揮した。
試験前はガチガチに緊張していたのに、見ていた限り、本番ではあまり緊張していなかったように見えた。
魔法の習熟度を測る試験では、無詠唱を駆使して完成度の高い魔法を発動させ、自由自在に操ることで高得点を獲得。
威力を測る試験では、魔力操作を使って多めの魔力を込めることで、魔法の威力を上げ、新入生としては歴代二番目の数値を記録。
そして、命中率と発動速度を測る試験では、無詠唱に裏打ちされた発動速度と、発動した魔法の軌道を操り、的に当てることで全ての的に当てることに成功。
その結果、実技試験においてシャロンは一位となった。
修業の成果を発揮すれば、成績が十位以内に入るのは難しくないと思っていたが、想定をはるかに超えた出来だった。
ちなみに一年生の中学試験で歴代一位の成績を残しているはフィリーネだ。彼女の成績は未だに抜かれていないらしい。
彼女たちを教えていた者として鼻が高い。
「なるほど。魔法はイメージ力が大事なのは知っての通りですが、失敗するかもしれないと思っていると、本当に失敗することもあります。そこに意識が向いてなかったのが良かったのかもしれませんね」
これは魔法に限らず、いろんなことに言えることだが、当然できると思っていることはなかなか失敗しづらい。
成功を前提としたうえで、より高得点になるための方法を模索していたのなら、いつも以上に実力が発揮されたのも頷ける。
どういう心境の変化があったのかは分からないが、良い影響があったらしい。
「マジかよ……」
「最下位だった実技がいきなり一位になるとかありえるか?」
「そういえば、アウグスト様と賭けをしているって話じゃなかったか?」
「アウグスト様、負けちまったんじゃ?」
シャロンが悔いのないように試験を全うさせることばかり考えていたため、すっかり忘れていた。そういえば、スペルはアウグストと賭けをしていた。
今回の結果を見れば、文句なしでスペルの勝ちだ。
辺りを見回したが、アウグストの姿はすでに見当たらない。
彼が約束を守るかどうかは分からない。ただ、これで少しはシャロンへの風当たりが弱くなるといいのだが。
スペルはそう祈るばかりだ。勿論、また何かしてくるのなら別の方法を考える。
それはともかくとして、今は教え子がきちんと成果を出したことを褒めるのが、先生としての一番の仕事ではないだろうか。
「せっかくですし、どこかでお祝いしましょう。どこかいいお店を知りませんか?」
「すみません、私あまり学園の外に出たことがなくて……」
「申し訳ありません。配慮に欠けていましたね」
彼女の立場やこれまで経歴を全く考えない言葉を使ってしまった。
反省すべきだろう。
「い、いえいえ、とんでもありません」
「私も王都には明るくありませんし、困りました……」
どこかで盛大にお祝いをしようと思ったが、スペルもシャロンも王都のお店について全然知らなかった。
かといって、一人暮らししている寮に女生徒を連れ込むのは外聞がよくない。
「お師匠様、その話、弟子として聞き逃せませんね」
まるで救世主のように現れるフィリーネ。
「フィリ、どこか良い場所でも?」
「はい。行き付けにとっても美味しいお店があります。そこでお祝いしませんか?」
「いいですね。でも、お仕事があるんじゃ?」
「ふっふっふっ、その辺りはどうとでもなりますよ」
スペルたちは試験が終わった後、フィリーネに先導され、学園の外に出た。
「ここが私の行きつけのお店です」
「へぇ、趣がありますね」
彼女に案内されたのは、裏通りにあるレトロな佇まいのお店。知る人ぞ知る名店といった雰囲気を醸し出している。
「いらっしゃい」
中に入ると真っ白なシェフコートに身を包む男性が顔を出した。年齢はスペルとそう変わらない程度。渋みのある顔で、ヒゲがダンディーさを強調していた。
「こんにちは」
「おや、もしかして今日はお祝いごとかい?」
「マスターにはお見通しですね」
「ははははっ、そりゃあ分かるよ。いつもうちを使ってくれてるからね」
「それもそうですね」
フィリーネは店主と気安い態度で会話する。
当たり前のことだが、フィリーネが自分が知らない交友関係を築いていることがとても不思議で、感慨深かった。
「それでは、今日はシャロンがしっかり力を出し切ったことを祝して、乾杯!!」
「「カンパーイ!!」」
お任せで料理を頼み、全員に飲み物と軽い前菜が並んだところで、スペルの音頭で祝勝会を始める。
「美味しいっ」
「美味しいですね」
「でしょう?」
そして、沢山の料理が運ばれてくるとその美味しさに目を剥いた。
「スペル先生、本当にありがとうございました」
お腹が落ち着いたところで、シャロンが頭を下げる。
「いえいえ、確かに私はきっかけを与えたかもしれませんが、この結果はあなた努力したからですよ」
スペルはシャロンがどれだけ努力していたのかを知っている。時には寝るのも忘れて課題をこなしていた。
その努力が実を結んだだけに過ぎない。
「そんなことありません。以前なら魔法が使えるようになるなんて考えもしませんでした。それもこれもスペル先生のおかげです」
しかし、スペルが手を貸さなければ、ずっと魔法が使えないままだったのは間違いない。そこは否定しようもない事実だ。
「そうですか? 私の経験がシャロンさんのお役に立てたのなら嬉しいですね」
最近少しずつ自分が認められているが、未だに感謝されるのは慣れない。
でも、感謝されるのは嬉しい。
「そうだ。シャロンさんにはこれを上げましょう」
スペルが収納魔法からペンダントを取り出した。
「これは?」
受け取ったシャロンは首を傾げた。
「教え子になってくれた人に何か贈りたいと思いまして、フィリもどうぞ」
「お師匠様、ありがとうございますっ!! つ、つけてもらえますか?」
「はいはい……」
フィリは受け取らずに首元を晒す。仕方ないのでスペルはフィリーネの首にペンダントを付けあげた。
「……」
一方でシャロンは浮かない顔をする。
「あ、もしかしていりませんでしたか?」
ほんの少し魔法を教えただけの赤の他人が送る装飾品なんて気持ち悪かっただろうか。
少しだけ後悔の念が生まれてくる。
「い、いえ、そんなことありません。ただ、誰かに贈り物なんてもらったことがなくて嬉しくて……嬉しくて……どうしたらいいか分からなくて……ありがとう……ございますっ、スペル先生っ!!」
でも、それは杞憂だった。
シャロンは涙を流しながらも、大輪の花のような笑顔を咲かせる。
「どういたしまして」
スペルはその表情が見れただけで、心が満たされた。




