第002話 ようやく半人前
「キィエエエエエエッ!!」
スペルの前で、グリフォン――鷲の上半身と翼、そして獅子の下半身を持つモンスターが前脚を振り上げた。
グリフォンの爪は刃物のように鋭い。引っかかれたら一般人の体はバラバラに切り刻まれてしまうだろう。
しかし、スペルは魔法使いだ。魔法で肉体を強化できる。
「おっと」
スペルは強化された腕で前脚を逸らし、後ろに下がりながら人差し指を立てた。人差し指の先端から少し離れた場所に小さな石の礫が生まれる。
これは初めて魔法を教わる際に習う最も簡単な魔法の一つ。土属性の初級魔法のプチロック。その名の通り、小さな石ころを生み出し、相手にぶつけることで物理的なダメージを与えることができる。
スペルはプチロックをグリフォンの頭に向かって飛ばした。
グリフォンは脅威だと思わなかったのか、躱さずに受ける。
「ギィエエエエエエエッ!?」
しかし、グリフォンの予想は大外れ。
プチロックはやすやすとグリフォンの頭を貫いた。
グリフォンはフラフラとした足取りで数歩ほど歩いたところで倒れる。スペルはグリフォンに近づき、生命活動が確実に止まっているのを確認した。
スペルは立ち上がり、天を仰ぐ。
「これで私もようやく半人前か……」
感慨深さで言葉を漏らした。
それもそのはず。
スペルは家を追放されてから数十年という時を経て、ようやく一つの目標を達成できたからだ。
グリフォンを初級魔法一発で倒せてようやく半人前。
小さい頃兄弟からそう教わった。
これでやっとスペルはただの素人は抜け出せたと言える。
父が自分を追放したのは間違っていなかったと今ならそう思える。なぜなら、ここにくるまでに数十年もの時間がかかったのだから。
ずっと一人で修業し続けてきた。ようやくその苦労が少しだけ報われた。
「さて、記念に持って帰ろう」
さりとてまだまだ一人前への道半ば。気持ちが落ち着いたスペルは、グリフォンを収納魔法――アイテムを入れておける空間を作り出す魔法――を使って仕舞い込む。
また、修業のついでに食材の採集をするのもスペルの日課の一つ。
ハーブや山菜、それにキノコ類はすでに採集済みだ。帰りに見かけたボアを狩り、家に帰った。
「おかえり、スペル。今日も食材を取ってきてくれたの?」
「ただいま帰りました。ついでですから」
「いつもありがとう。助かってるよ」
「いえ、二人にはお世話になりっぱなしなので」
ノーラとグレイに拾われてから長い年月が経った。スペルが中年と言われるくらいの年齢になるほどに。
自分を捨てることなく育ててくれた二人には感謝しかない。
「何年一緒にいる思っているの? スペルは私たちの息子だし、もう十分恩は返してもらったわよ。気にせず好きに生きていいんだからね?」
「私のような取り柄のない人間はここ以外では生きていけませんよ」
スペルはようやく半人前になれた程度の身。しかももう良い年だ。この宿屋以外で雇ってくれる場所なんてあるはずもないし、魔法の修業以外にやりたいこともない。
どこか別の場所に行くなんて考えられなかった。
「またそんなこと言って……はぁ、まぁいいわ。仕事にかかって頂戴」
「分かりました」
この宿屋は朝食を提供しているので朝が早い。スペルは仕込みを手伝うために厨房に向かった。
「おうっ、スペル、おはよう。今日も頼むぞ」
「はい」
料理を担当しているグレイと挨拶を交わし、下拵えを手伝い始める。
「それいつ見ても不思議だよなぁ。俺は魔法使いがそんなことやってるの見たいことないぞ」
「簡単すぎて誰もやらないだけですよ」
「そうかぁ? まぁ便利だから俺は助かるけどな」
もう何度同じ会話をしたか分からない。
だが、スペルが魔法でいくつもの野菜の皮を同時に剥いたり、切ったりする作業をグレイは不思議そうに見つめる。
魔法使い以外には難しいかもしれない。しかし、普通の魔法使いにとって数個くらい魔法を並列して使用するなんて子供の遊びみたいなものだ。
魔法使いが宿屋で働くことはほぼない。知らないのも当然だろう。
しばらくすると、客たちが目を覚まして朝食の提供が始まり、俄かに忙しくなる。
朝食が終わればチェックアウトする客の対応。その後は部屋の掃除や出されている衣類を洗濯。
手伝い始めた頃はものすごく時間がかかったが、今ではどれも魔法を使えばすぐ終わるので時間はかからない。
また、宿では昼食は提供していない。ここまでやれば夕食の仕込みまであまりやることはない。プライベートスペースにある自室に戻り、毎日の日課である瞑想を始める。
瞑想は魔力を高めるために必要な修業の一つだ。兄弟たちが効果があると言っていたので、少しでも魔力を上げるため毎日やっている。
そのおかげで以前よりは大分マシになった。
「スペル、ちょっといいかしら?」
しばらくすると、ドアがノックされ、ノーラの声が聞こえてきた。
スペルは瞑想を中断してドアを開く。
「どうかしましたか?」
「話があるの。ちょっと居間に来てくれないかしら?」
「分かりました」
ノーラが神妙な面持ちで言うので、スペルは何も言わずに頷いた。
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