第018話 真っ赤な嘘
翌日。
スペルはフィリーネと学内を歩いていた。
「今日は私が学園内を案内しますね」
「ありがとうございます。でも、無理に付き合わなくてもいいんですよ?」
フィリーネは宮廷魔術師と教師を兼務していると聞いている。相当忙しいはずだ。そんな彼女に学園を案内させるのは少々心苦しい。
「私がお師匠様を案内したいんです!!」
「そうですか。それではお言葉に甘えさせていただきますね」
「お任せください!!」
しかし、そこまで言われたら断るわけにもいかないだろう。
スペルは意気揚々と歩くフィリーネの後について学内を見て回った。
「ここが図書館です」
「大きいですねぇ……」
最後にやってきたのがお待ちかねの図書館。一番時間を使うことになりそうなので、案内の最終目的地にしてもらった。
その大きさは驚きだった。まるで城。グランレストにも領主の館があったが、それとは比べ物にならないくらい大きい。
それに、知識という無形の財産を守るためだろうか。非常に堅牢に造られていた。
流石、世界有数の魔法学校の図書館だ。
「お師匠様、行きましょう」
「あ、はい」
圧倒されていたスペルは、フィリーネの言葉で我に返り、彼女の後を追って図書館へと足を踏み入れた。
「いかがですか?」
「これは凄いですね……」
館内には整然と本棚が並び、壁面までびっしりと本が詰め込まれている。まさに国中の英知がここに集められているのだろう。
まさに圧巻の光景だった。
床に絨毯が敷かれていて土足で歩くのが少し躊躇われたが、フィリーネが何も言わず進んでいくので黙って後をついていく。
「こんにちは。フィリーネさん、今日はどのようなご用件でこちらへ?」
フィリーネとやってきたのは入り口近くにあるカウンター。そこにはおっとりとした雰囲気の美しい女性が座っていた。
「お師匠様の案内をしているところです」
「まぁっ、噂の?」
話を聞くなり、カウンターの女性がスペルの顔をマジマジと見つめる。
「噂?」
「はい、とても優秀な方が魔法の実技指導を担当してくれると聞き及んでおります」
不思議に思って聞いてみれば、まさかそんな噂が流れているとは思わなかった。
「それは恐縮ですね。ご期待に沿えればいいのですが。初めまして、スペルと申します。よろしくお願いいたします」
「私はこの魔法学園の図書館で司書をしているアマーリエと申します。こちらこそよろしくお願いしますね。もし読みたい本があったらお気軽にお申しつけください。貸し出しの際もこちらにお持ちいただければと思います」
「分かりました。それでは早速で申し訳ないのですが、魔法の基礎を学べる本をいくつかお願いできますか?」
「魔法の基礎……ですか?」
「はい。どうやら私の魔法に関する知識は間違いだらけのようでして……」
不思議そうに首を傾げるアマーリエに対して、スペルは申し訳なさげに答える。
「えっと……それは大丈夫なんですか?」
「お師匠様は今の常識では測れない方なんです。実力は確かですよ」
「確かに……魔力が欠片も漏れない人間なんて見たことがありませんね。それでは本を集めますので少々お待ちください」
「分かりました」
アマーリエがカウンターから出て迷いない足取りでどこかの本棚に歩いていく。
「アマーリエさんは図書館のすべての本の位置と内容を把握している。凄い人なんですよ」
「それはとんでもない方ですね……」
パッと見ただけで、図書館内には一万では済まないほどの本がある。
魔法も使わずに、その本全ての内容を記憶し、どこにあるかまで覚えているなんて人間業じゃないだろう。
「お待たせしました」
五分程度受付の近くで様々な本を軽く立ち読みしていると、アマーリエが戻ってくる。
彼女の腕には六冊の本が積み上げられていた。
「ありがとうございます」
「これどうしますか? ここで読んでいかれます? それとも貸し出しますか?」
「借りていきたいですね」
「かしこまりました。今お持ちした本は全て貸出可能なので、このまま手続きしますね」
「よろしくお願いします」
受付カウンター内に入ったアマーリエが処理を済ませると、カウンターの上に本を置く。
スペルは本を収納魔法に入れた。
「そ、その魔法……まさか収納魔法ですか?」
アマーリエは収納魔法を見て他の人と同じようにひどく驚いている。違うのはこの魔法を見てすぐに収納魔法だと気づいたこと。
全ての本の内容を記憶しているだけある。
「はい、そうですよ」
「これは常識で測れないのも納得ですね。おみそれしました」
「いえいえ、とんでもありません」
スペルたちは本を借りて図書館を後にした。
「今日は付き合っていただいてありがとうございました」
「いえ、お師匠様のためですから!!」
「何かお礼をしたいのですが、まだ前回のお礼もできていませんでしたね……何か要望はありますか?」
この前からお世話になりっぱなしだ。できれば少しでも恩を返したい。考えていることはあるが、それはそれとして、彼女自身の望みがあれば叶えたかった。
「えっと……その……」
「なんでも言ってください。私にできることでしたら、最大限善処すると約束しましょう」
言いづらそうにするフィリーネが言いやすいように助け舟を出す。
「そ、それでは、今度の休みにデデ、デー、出かけませんか? 買い物に付き合ってほしくて」
「なるほど。荷物持ちですか。それは得意なので任せてください」
買い物と聞いてピーンとくる。
「あ、はい、そうですね。よろしくお願いします」
なんだか急にフィリーネの表情が消えた気がするのは気のせいだろう。
スペルはフィリーネと別れ、自室で勧められた本を読む。
「はぁ……」
そして、ほんの少し読み進めただけでため息が出た。
「ほとんど嘘ばかりじゃないですか……」
なぜなら、さわりだけでも兄姉に教えられた知識のほぼすべてが嘘ばかりだったから。
でも、それが結果的に今の自分に繋がったのだとすれば、皮肉な話だ。
スペルは諦めて一般的な魔法の基礎を学んだ。