第015話 騒然
「あ、あれだけ動けて魔法使いだと言うのですか!?」
サーシャが目を大きく見開いた。
「魔法使いなら普通だと思うんですが……」
一人前の魔法使いは身体強化を使用して、ドラゴンと一対一で接近戦ができると教わった。あのくらい動けて当然だろう。
「そんなわけありません!! 魔法使いは身体強化をしても戦士程動けないのが普通です」
「そ、そうなんですか!?」
しかし、サーシャから語られる驚愕の事実。
「はい、中には全く動けない者もいます」
「それでは、ドラゴンと遭遇した時どうやって生き残るんですか!?」
ドラゴンは非常に素早く、空も飛ぶため魔法を当てるのが困難だ。逃げるにしても戦うにしても、身体強化を使って動けないと話にならないはず。
「そもそもドラゴンなど滅多に現れるものではありませんし、遭遇したらまず生きて帰れません。最高位のハンターでもない限りは」
「そう……なんですね……」
また自分の常識がズレていることに気づけなかった。
フィリーネの時もそうだったが、常識がズレているところが多すぎる。これはできるだけ早めに勉強し直した方がよさそうだ。
明日から早速図書館に通おう。
「先生の戦闘、久しぶりに見たけど、やっぱり半端じゃないわね。私もまだまだ」
現実に打ちひしがれていると、ユイが観客席から降りてきた。
「先生? この方はユイさんの先生なんですか?」
サーシャが意外そうな表情になる。
「そうよ。幼い頃、私は先生に身体強化魔法を教わったの。先生がいなければ私は今ここに立っていないわ」
「私はきっかけを与えただけです。身体強化が上手くなったのはユイが頑張ったからですよ」
ユイはそう言ってくれるが、スペルの力なんて微々たるもの。
フィリーネもそうだったが、基本的な部分を説明した後は、一緒に修業していただけにすぎない。成果があったとすれば、それは本人の努力と才能のおかげだ。
「あ、ありがとう、先生」
「ん? どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないよ」
モジモジと恥ずかしそうに笑うユイ。
疑問に思ったものの、それ以上気にしないことにした。
「まさかSSSランクのあなた以上に身体強化が使える魔法使いがハンター登録に来るなんて思いもしませんでした」
「ユ、ユイはSSSランクのハンターなんですか!?」
さらに明かされる新事実。
SSSランクはハンターの最高位。国を揺るがすような事件にも関与する程の力をもつ。
当然だが、高位のハンターの中には一人前の魔法使いもいる。ユイはその一人前の魔法使いたち以上の存在だということだ。
つまり、SSSランクのハンターは一人前の魔法使いに劣らない。
「そうよ、先生。これでも戦闘力なら国でもトップクラスなんだからね。その私に簡単に勝っちゃう先生はどうなんだろうね?」
「……私は知らないことが多いようですね」
改めて考えてみると、スペルは国を揺るがすような力を持つハンターをも拘束できる魔法を使えるということになる。
ということは、スペルは魔法使いの半人前の状態ですでにSSSランクより強いわけだ。こうなってくると、魔法の知識だけでなく、他の常識さえも怪しい。
スペルは少し眩暈がしてきた。
一般常識そのものを学び直す必要があるかもしれない。
「まぁ、先生らしいよね」
「いやぁ、お恥ずかしい限りですね」
呆れたように笑うユイにスペルは何も言い返せなかった。
「それでは、ギルドカードをお作りするので、ロビーでお待ちいただけますか?」
「分かりました」
スペルとユイはロビーに移動。
「こちらがギルドカードになります」
「ありがとうございます。ん? これBランクになってますが……」
後からやってきたサーシャからギルドカードを受け取ると、ランク表記がおかしなことに。登録直後はFランクからスタートするはずだ。
「私を簡単にあしらってしまうような人をFランクにはしておけませんから。私の権限で現状上げられるだけ上げさせてもらいました」
「あまりズルのようなことをしたくはないのですが……」
後からやってきたスペルがきちんとした手順も踏まずにランクを上げたら、先達のハンターたちは良い気持ちはしないはずだ。
できれば、グレイやノーラの同僚であるハンターたちとの軋轢は避けたい。Fランクからしっかりコツコツと実績を積み上げたかった。
「何言ってんだ、あんたがFランクなんてありえねぇだろ!!」
「そうだぞ、あんたみたいなのはもっと上にいって活躍してくんねぇとな」
「俺たちはあんたの強さに惚れた。どんどん先に行ってくれや」
しかし、その当人たちから諭されてしまう。
彼らは先ほどの試験を見ていたらしい。ここで受け取らないのは失礼だろう。
「分かりました。ありがたく受け取らせていただきますね」
スペルはBランクのギルドカードを手に入れた。
そういえば、ハンターギルドでは魔物の解体を請け負ってくれると聞いている。
「あの解体をお願いしたいモンスターがあるんですが」
「えっと、それはどちらに?」
「ここです」
スペルはグリフォンを取り出そうと収納魔法に手を突っ込んだ。
「な、なんですか、その魔法は!?」
「え? 収納魔法ですよ? 魔法使いは皆使えますよね?」
驚愕するサーシャをしり目に収納魔法の中からグリフォンの頭が出てくる。
『グリフォンンンンンンン!?』
ハンターたちの声がギルド内に木霊した。