第013話 ギルドマスター
ハンターギルドに入ると、ハンターたちがザワザワと騒めく。
彼らの視線はユイに向いていた。
「おい、拳聖だ」
「相変わらず凄ぇオーラだ」
「マジ半端じゃねぇ」
ユイが歩き出すと、その先が海が割れるように開けていく。
その光景はまるで王の凱旋のようだ。
「もしかして拳聖というのはユイのことですか?」
「えぇ。いつの間にかそう呼ばれるようになってたの」
「それは凄いですね」
魔法使いも一人前になると、通り名を呼ばれるのが普通。
ハンターの世界で通り名を持っている彼女は、一人前のハンターとして活躍しているのだろう。
出逢った頃、彼女はガリガリで足取りも覚束なく、相当弱りきっていた。その時の姿が今でも脳裏に焼き付いている。
それが今では見違えるほど元気に成長し、ハンターとして立派に人々の役に立っているなんて嬉しい以外のなにものでもない。
「先生の足元にも及ばないけどね」
「いえいえ、そんなことありません。身体強化はかなり良いところまでいっていると思いますよ。だからこそ、魔法で拘束したんですから」
ユイと正面から身体強化だけで戦っていたら危険だった。魔法を使わないと無傷で止められなかったのは紛れもない事実だ。
「ふふふっ、先生に褒められちゃった」
ユイは嬉しそうに笑う。
「おいおい、誰だあれ?」
「拳聖のあんな顔見たことあるか?」
「いや、ねぇよ。めっちゃ可愛いかも」
「拳聖を恋する乙女みたいにしてるあのおっさんは誰だ?」
「知らん。でも、ただ者じゃないに違いない」
「だよな。隙だらけなのが逆に怪しい」
なんだか周りが一段と騒がしくなった気がするが、気のせいだろう。
「ちょっといい?」
「あ、あああ、あ、あの、ど、どのようなご用件ですか?」
受付に向かうと受付嬢がしどろもどろになってしまった。
もしかしたら新人なのかもしれない。
「先生の登録をお願い」
「せ、せせせせ、先生!?」
ユイの言葉にうまく対応できていない。このままじゃ埒があかない。
スペルは精神を落ち着かせる闇属性の初級魔法カームを発動した。
「あれ?」
その途端、受付嬢はきょとんとした顔になる。
「少しは落ち着きましたか?」
「え、あ、はい。申し訳ございません。取り乱してしまいまして」
受付嬢は先ほどまでと打って変わって冷静に対応し始めた。
きちんと魔法の効果が出たようだ。
「いえいえ、お気になさらず。ハンター登録をお願いできますか?」
「はい。勿論です」
そのおかげでようやくギルド登録へと進むことができる。
「流石先生ね」
「このくらい魔法使いなら誰でもできますよ」
初級魔法は子供だって使える魔法だ。褒められるようなことじゃない。
「そういうところも相変わらずだね」
「どういう意味ですか?」
「ううん、なんでもない。気にしないで」
「そうですか? それならいいんですが」
ユイの言っている意味が分からず問い返すが、はぐらかされてしまった。
気にしてもしょうがない。
「それではこちらに必要事項をご記入お願いします」
スペルは気を取り直して申込用紙に必要事項を記入し、提出する。
「え……」
「どうかなさいましたか?」
受付嬢が申込用紙を見て手を止めたので、不備でもあったのかと思い、尋ねる。
「い、いえ、なんでもございません。この後、実技試験を受けていただく必要がございますが、よろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
どうやら問題なかったらしい。
「ねぇ」
しかし、そこでユイが口を挟んだ。
「はい、なんでしょうか?」
「その試験ってどうしても受けなければならないの?」
「それはそうですね」
「私が先生の力を保証しても?」
「えっとそれは……」
ユイの話を聞いた受付嬢が困った顔をする。
確かに活躍しているハンターからの推薦と言われれば無碍にもしづらい。
「ユイ、いいんですよ」
しかし、スペルはその提案を断った。
「でも――」
「ありがとうございます。でも、その気持ちだけで十分です。受付嬢さんもこれがお仕事なんですからあまり困らせてはいけませんよ」
スペルは言い募ろうとする彼女を制して諭すように言った。
弟子が自分のことを色々考えてくれるのは本当に嬉しい。しかし、教え子に頼りっぱなしというわけにもいかない。
自分の力は自分で証明しなければ。
「……分かったわ」
ユイは不承不承といった様子で頷いた。
「終わったら、一緒に甘い物でも食べにいきましょう。どうですか?」
「ふっ、ふーん。先生がどうしても行きたいのならしょうがないわね。付き合ってあげる」
「ありがとうございます。それでは少し待っていてくださいね」
「分かったわ」
甘い物の話を聞いた途端、ユイの態度が露骨に柔らかくなる。
昔からユイは甘い物に目がなかった。特に宿で提供していたアップルパイが。アップルパイを食べさせれば、少しは機嫌がよくなるだろう。
「受付嬢さん、手続きを進めていただけますか?」
ユイが落ち着いたところで本題に戻る。
「いいんですか?」
「はい、勿論です。試験も受けさせていただきます」
「かしこまりました。それでは試験官を手配しますので――」
「その必要はありません。その人の試験は私が引き受けましょう」
しかし、話を進めている途中で、再び横やりが入った。
凛とした声の正体は、スペルよりも年若い女性。しかし、佇まいから気品と威厳が感じられる。ただ者ではない。
彼女は二階に続く階段から降りてきた。
「ギルドマスター!?」
彼女を見るなり、受付嬢はそう叫んだ。