第012話 スペル VS 謎の美女
「なんのつもりかと聞いているんですが……」
「……おじさん、なんともないの?」
困惑しつつも聞き返すと、全く関係のない言葉が返ってくる。
会話をしないと何も分からない。相手に合せて質問に答えた。
「え? えぇ、この程度の攻撃でしたら、大したことはありません」
一人前の魔法使いの身体強化はドラゴンを一撃で屠る。目の前の女性の攻撃はまだまだその領域に達していない。
スペルでも防げる範囲だ。
「まさかこの私の拳を完全に防げる人がまだいたなんて!! しかもその相手がひったくりの犯人だなんてね。面白くなってきたわ!!」
しかし、返事を聞いた女性はなぜかやる気を出した上に、とんでもない勘違いをしていた。
「ちょ、ちょっと待ってください。ひったくりの犯人は――」
「問答無用っ!!」
誤解を解こうとしたが、女性は話を聞こうともせずに襲い掛かってくる。繰り出される凄まじい蹴りや殴打の応酬。
スペルは紙一重で回避する。
恐ろしいほど速い動きだ。完全に身体強化の魔法を使いこなしている。この女性は確実に魔法使いだ。
ただ、身体強化以外の魔法を一切使用しない。それに、この動きどこかで見おぼえがある気がする……。
スペルは既視感に見舞われたが、ぼんやりと霧がかかったように思い出せない。これも年齢のせいかもしれない。
「ちょ、ちょっと話を聞いてください!!」
「後で詰め所で聞いてもらったら?」
「私は犯人じゃないんですって」
「犯人はいつもそう言うのよ!!」
激しい攻撃を捌きながらどうにか勘違いを正そうとするが、女性はちっとも話を聞こうともしない。
これ以上は埒が明かない。攻撃するわけにもいかないし、ここで終わらせることにした。
「はぁ……仕方ありません」
スペルは下級魔法パラライズを放つ。
「ぐっ……私になにを……したの……」
「まだ声を出せるんですね。やはり私はまだまだ半人前です」
雷系の魔法で相手を麻痺させる効果がある。
一人前の魔法使いならドラゴンが全く動けなくなるほどの効果がある。しかし、目の前の女性はまだ話せている。
人間も完全に動けない様にできないようじゃ、まだまだ一人前までの道のりは遠そうだ。
「くっ……殺し……なさいよ……」
女性は何を勘違いしたのか、悔しげな顔でおかしなことを言った。
スペルは誤解を解くために話し始める。
「物騒なことを言わないでください。あなたが私の話を聞かないから少し動きを止めさせてもらっただけです」
「何を……」
「いいですか? 私はひったくり犯ではありません。私は犯人を捕まえた方です。犯人はあそこで眠っている男ですよ」
スペルはひったくり犯を指さした。
女性が動けなくても見える位置にひったくり犯は倒れている。女性の目にはひったくり犯が映っているはずだ。
「私……また……やっちゃった……?」
女性の戦意が急速に萎むのを感じた。
「いいですか? 魔法を解除しますが、襲ってこないでくださいね」
「分かった……わ……」
女性が同意したのを確認し、スペルはパラライズを解除した。
「大丈夫ですか? 念のため、浄化魔法と回復魔法も掛けておきますね」
「ありがとう。勘違いしてごめんなさい……」
女性はしゅんとした様子で頭を下げる。
ようやく話ができそうだ。
「いえ、こちらは怪我もしていませんから」
「そう、それ!! 私がこんな敗北をしたのなんて後にも先にも先生一人だけ!! いったい何者なの?」
なぜか女性は目を輝かせてスペルの顔を見上げた。
その姿がどこかで見たことがあるような気がする。喉まで出かかっているが、ギリギリ出てこない。
「私はスペルと言います。一応マギステリア魔法学園で働く職員ですね」
「……もしかして先生? 先生でしょ?」
返事を聞いた女性がしばらくジッとスペルの顔を見ていたかと思ったら、ハッとした顔で詰め寄ってきた。
そこでようやくスペルも目の前の女性の正体に思い至る。
「まさかとは思いますが、ユイですか?」
「そうっ!! やっぱり先生なのね!!」
スペルの正体が分かった途端、ユイはスペルに抱き着いた。
ユイの一際大きく実った二つ果実が、スペルの体に押し付けられてグニャリと歪む。
ユイはスペルがグランレストで出会った身寄りのない子供の一人。
彼女がスラム街の大人に捕まりそうになっていたところを助け、しばらく宿でかくまっていたことがある。
その時に少しでも護身になればと思って魔法を教えたが、いくら教えても身体強化以外の魔法を使うことができなかった。
ただその代わり、身体強化が凄まじい効果を発揮し、大人も倒してしまうほどに成長。
いつの間にか見なくなったと思えば、こんなところにいたなんて。そのまま成長したのならあの強さも納得できる。
ただ、昔は本当に少年と見間違うほどだったのに、今ではすっかりグラマラスな美女へと変貌を遂げていた。
金髪をサイドテールにまとめ、少し勝気そうな紫色の瞳の端正な顔立ちで、へそ出しの露出の多い格好をしている。
戦闘スタイルも関係あるだろうが、昔からそうなので彼女の好みだろう。
「全くもう……もう見た目はすっかり大人になったと思ったのに、中身は昔のままですね」
「久しぶりの先生の匂い。なんだか安心する」
スペルが呆れ顔でユイの頭を撫でると、ユイは胸の中でスンスンと鼻を鳴らした。
「ちょっと止めてください。私も気になる年齢なんですから」
スペルももう中年。そろそろ華麗に舞うような臭いが漂ってもおかしくない。
魔法で清潔に保っているが、本当に臭わないかは分からない。
「全然いい匂いよ? 気にしなくていいのに」
「気になるものは気になるんですっ。そろそろ離れてください」
「はーいっ」
ユイは素直にスペルから離れた。
匂いは非常にデリケートな問題だ。他人が本当のことを言うとも限らない。だから、スペルは気が気がじゃなかった。
「それで先生、なんで王都にいるの?」
「その話は後にしましょう。その前にひったくりの件を片付けないと」
話題を変えるが、その前にやることがある。
「あっ、そうね、そうだったわ」
被害者の女性とともに、眠っている犯人を衛兵に突き出して事情を説明。これでひったくり事件は終わりを迎えた。
「まさかこんなところでユイに会えるとは思いませんでした」
詰め所から出たスペルとユイは並んで歩く。
「それはこっちのセリフよ。先生がグランレストを出るとは思わなかったもの。どういう心境の変化?」
「両親に背中を押されましてね」
「そういうことかぁ。でも、良かった、また先生に会えて」
「私も嬉しいです。あの小さかった子がこんなに強くて可愛い女性に成長していたんですから」
スペルはユイの成長ぶりに勝手に目頭が熱くなる。これも年齢のせいに違いない。
「そ、そっか、先生は可愛いと思うんだ?」
「勿論。魅力的な女性だと思いますよ?」
「えへへへっ、そうなんだ」
ユイが嬉しそうに笑う。
全く見た目なんて気になかった彼女が興味を持つようになるなんて本当に感慨深い。
「それで今ユイは何をしているんですか? 先ほどの動きを見れば、戦いに関係のある職業だとは思うんですが」
「私はハンターをしてるの」
ハンター。
ノーラとグレイがやっていた仕事だ。管理組織であるハンターギルドが発行するライセンスによってハンターとして身分を保証される。
思えば、不思議と登録する機会がなかった。
モンスターを討伐したり、ダンジョンに潜って財宝を探したりするのがメインだが、他にも様々な依頼がハンターギルドに集まってくる。
ノーラとグレイがそうしてくれたように、困っている人がいるのなら助けたい。
「依頼を受けてみるのもいいかもしれません」
「え、先生がハンターギルドに登録するの? 私が案内するよ」
「いいんですか?」
一人で行こうと思っていたが、先達のユイが一緒に来てくれるのなら心強い。
「勿論。先生は恩人だからね。ついてきて」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
スペルはユイの言葉に甘え、一緒にハンターギルドに向かった。