第011話 襲撃者
「おはようございます、学園長」
「うむ」
歓迎会から一夜明け、スペルは朝の日課から宿に帰ってきたところを学園長に呼び出された。
「お師匠様、おはようございます」
「おはようございます、フィリ」
学園長室にはフィリーネの姿も。
「早速じゃが、ここに来てもらったのは他でもない。今後の話じゃ」
「はい」
採用は決まったが、肝心の業務内容を聞いていなかった。昨日は模擬戦の後、それどころではなくなったので仕方ないだろう。
「お主、住む場所は決まっておるのか?」
「いえ、これから探すつもりですが」
用務員採用試験に合格するかどうか分からなかったため、まだ家は探していない。合格した後、しばらく宿暮らしをしながら探すつもりだった。
「お主さえよければ教員用の寮に住めばよい」
「……いいんですか?」
「お主もここの職員の一人じゃ。なんの問題もない」
「それではお言葉に甘えさせていただきます」
思ってもみない提案だったが、スペルにとっては渡りに船。
断ると言う選択肢はなかった。
「うむ。それからお主の仕事内容じゃが。ワシはこれから外せない用事が入ってしまってな。代わりにフィリーネに説明させる。道すがら聞いておいてくれ」
「分かりました」
「それではフィリーネ、頼んだぞ?」
「はい、お任せください」
学園長室を辞した後、スペルはフィリーネに連れられて寮へと向かう。
「お師匠様には週に五日間、一日二時間程度指導していただきます」
「え、それだけでいいんですか?」
「はい。教員たちは宮廷魔術師も兼務しているため、忙しい者が多いので、訓練ばかりしている訳にもいきませんから」
「そうですか。空いてる時間は何をしたら……」
宿屋には休みがない。毎日それなりの時間働いてきた。それなのに、毎日たった二時間働くだけでいいらしい。
日課の修業と瞑想は続けるが、それだけでは時間が余ってしまう。
「この学園には国内最大級の図書館があります。そこで魔法に関する書籍を読むのはいかがでしょうか」
「なるほど。それは名案ですね」
自分の常識がズレていることを理解したが、実際どの程度世間の常識から外れているのかまだ分かっていない。理解するためにも一から魔法を学び直した方が良いだっろう。
細かい説明を聞いている内に寮へとたどり着いた。
「ここがお師匠様のお部屋になります」
「……ちょっと広すぎませんか?」
案内された部屋は貴族が生活するような広さと内装を兼ね備えている。かつてウィザード家に住んでいた頃のことを思い出した。
家具も趣きがあってとても高そうだ。
「栄えあるマギステリア魔法学園の寮ですよ? このくらい当然です。それどころか、お師匠様には少し小さいです。お城を建ててもいいくらいですよ!!」
「い、いえいえ、あまり広いと落ち着きませんから。ここで十分です」
「はぁっ、お師匠様がそういうのなら仕方ありませんね」
本当に造ってしまいかねない勢いのフィリーネ。どうにか宥めることに成功し、ほっとため息を吐く。
「買い物にいかなければなりませんね」
最低限の家具は揃っていると言えど、それだけでは生活できない。買いそろえる必要がある。
「私もご一緒したかったのですが……」
申し訳なさそうに告げるフィリーネ。
スペルも子供ではない。一人でも買い物くらいできる。だが、その気持ちは嬉しい。
「フィリはこれから仕事があるのでしょう? ここまで案内してくれてありがとうございました。また今度フィリが空いている時に街を案内してください」
「!? は、はいっ、ぜひっ!! そ、それでは失礼します!!」
スペルがお礼を告げると、フィリーネはなぜか顔を真っ赤にして部屋を出て行ってしまった。
「どうしたんでしょうか……まぁ、元気そうでしたし、大丈夫でしょう」
一人になったスペルは学校の外へ出て、王都の商業区へと歩き出した。
「やはり、王都は凄いですね……」
商業区までやってくると、露店が並び、人がごった返している。辺境の街ではこれほど込み合った光景を見ることはほとんどない。
「さて、どこから回りましょうか」
急に決まったため、何も考えていなかった。
仕方ないので目についた店に入り、必要な物を買いながら様々な店を見て回る。
見たことのない食べ物や、物珍しい品物まで色々な店が乱立していた。
「これで粗方買い終えましたかね……そろそろ学園に戻りましょうか。っと、その前に宿に寄らないといけませんね」
欲しいものを買い終えたスペルは、チェックアウトの手続きをするため、宿を目指す。
「きゃあああああああっ」
細い路地裏の前を通り過ぎようとした時、奥から女性の悲鳴が聞こえた。
手に持っていた荷物を空間魔法で仕舞いこむ。
「あちらですね」
音を頼りに裏路地へと入っていくと、尻餅をついた女性が。そして、その先に走って逃げ去る人物の姿が目に映った。
「どうかされましたか?」
「カ、カバンを盗まれました……」
しゃがんで目線を合わせて尋ねると、女性がガクガクと体を震わせながら答える。
そんな犯罪行為を許すわけにはいかない。
「私が取り返しましょう」
「い、いいんですか?」
「お任せください。少々お待ちを」
犯人らしき人物の背中姿は覚えている。スペルは魔法で身体強化を行い、風魔法を纏って走りだした。
「きゃっ」
彼の走り去った後に強い風が吹き荒れる。まるで疾風のごとし。スペルは建物の壁や屋根を変幻自在に駆け巡り、ほどなく犯人の姿を捉えた。
「もう逃げられませんよ?」
「なっ!?」
スペルは犯人の前に降り立つ。
「女性から奪った荷物を返してください」
「そんなの知らねえよ。俺は急いでるんだ。そこをどいてくれ」
「あなたが犯人であることは分かっています。大人しく返した方が身のためです」
スペルは魔法を使って女性の匂いが残る物を犯人が持っていることを確認していた。言い逃れはできない。
「ちっ、こうなったら、しょうがねぇ。恨むんじぇねぇぞ!!」
逃げられないと見るや、犯人は懐から短刀を取り出してスペルに襲いかかった。
「遅いですね」
「んあっ?」
スペルはプチスリープの魔法で相手を眠らせる。犯人はその場に勢いよく倒れたが、いびきをかきながら眠り続けていた。
ただの一般人に魔法使いが負けることはない。当然の結果だ。
スペルはしゃがんで女性の荷物を探す。
「これでひと段落――」
「はぁあああああああああっ!!」
しかし突然、背後から強い気配が凄まじい勢いで近づいてきた。すぐに身構えて振り返ると、目の前に拳が。
スペルは腕を十字に重ねて拳を受けた。
その攻撃はとても重い。身体強化の魔法が使えなければ、これほど重い攻撃はできないはず。
スペルは気を引き締め、改めて殴ってきた人物を視界に収める。
相手はまだ年若い女性。
この女性がスペルに攻撃してきた理由が分からない。
「何のつもりですか?」
「えっ?」
スペルが警戒しながら尋ねると、返ってきたのは間抜けな声だった。