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第010話 世界一

「クライスト、これで満足じゃな?」

「はい、勿論です」


 クライストは学園長の質問にしっかりと頷いた。


「戦ってみてどうじゃった?」

「まさかここまで手も足も出ないとは思いませんでした」

「そうじゃな。ワシも驚いたわ。これほどの逸材が隠れておったとはな」

「そうなんです。お師匠様は凄いんです」

「あの~、そのくらいにしてもらえると……」


 スペルは話を止めようとする。


 自分を信じてみようと決めてみたものの、まだそれほど実感があるわけでもないし、こんなに大勢の前で褒められるのは恐縮してしまう。


「特にメガフレイムをプチファイヤで切り裂かれるとは思いもしませんでした。全くわが身の不徳の致すところです」

「ワシもできなくはないが、あれほどやすやすとはできんじゃろうな」

「お師匠様の魔力は絶大ですからね。プチファイヤでも一発一発が上級魔法以上の魔力が込められているんです」


 しかし、彼らはスペル談義は止まらない。


 困惑していると、救世主が現れた。


「学園長っ!!」


 観客になっていた教師の一人が手を上げる。


「なんじゃ?」

「その方はいったい何者なんですか? どうして副学園長と模擬戦を?」


 フィールド上にいる人間を除き、スペルを見るのはここにいる誰もが初めて。それは至極当然の疑問だった。


 他の教師たちもその疑問にウンウンと頷いている。


「ふむ。良い質問じゃ。ちょうどいい機会じゃから紹介しておこう。こやつはフィリーネの師匠であり、これから学園で実技指導に当たってもらう予定のスペルという。お主たちもすでに知っての通り、クライストをも負かしてしまうほどの魔法の使い手じゃ。楽しみにしておれ」

「ス、スペルと申します。よろしくお願いいたします」


 接客に慣れているとは言えど、これ程大勢の前で話すのとは訳が違う。


 学園長に尻を叩かれて前に押し出されたスペルは、緊張しながら頭を下げた。


『うぉおおおおおおおおっ!!』


 その瞬間、歓声が怒号のように訓練場に響き渡る。


「よっしゃー!!」

「あんなすげぇ人に教えてもらえるなんて最高だぜ!!」

「どんなことを教えてくれるのか楽しみだな!!」


 彼らは各々近くにいた同僚と目を輝かせながら話し始めた。


「ふぅ」


 ひとまず好意的に受け入れられたことにスペルは安堵する。


「あのっ、すみません!!」


 しかし、落ち着いたのも束の間、別の教師が手を上げた。その教師はスペルの顔を見ている。


 もしかして自分に言っているのだろうか。


 フィリーネを見ると、首を縦に振った。


 どうやら正解らしい。


「はい、なんでしょうか?」

「どうやったら、そんなに完璧に魔力を隠せるんですか?」

「あっ、ずるい!! なんであんなに魔法を速く発動できるんですか!!」

「俺も俺も。どうやったら、あなたみたいになれますか」

「どうやったら――」


 ただ、一人の質問を皮切りに教師たちの質問合戦が始まってしまった。


 スペルは元はただの宿屋の雑用係。このようなことは初めてでどういう風に対応したらいいのか分からない。


「静かに!!」


 見るに見かねた学園長が怒鳴ると、場が静まり返る。


 幼女にしか見えないが、きちんと敬われるだけの力があるのだろう。


「全く……お主らはいい大人なんじゃから色々弁えぬか。この後、こやつの歓迎会を開く予定じゃ。それまで大人しく待っておれ」

『はーい』


 学園長の話を聞いた教師たちは大人しくなった。



 


 その後、盛大にスペルの歓迎会が催された。


「ふぅっ」


 スペルは開始直後から教師たちからの質問攻めに会い、どうにかバルコニーに避難してきたところだ。バルコニーに人気はなく、ようやく一息つける。

 

 流石に何十人もの教師たちの質問に答え続けるのは疲れた。


 バルコニーの背もたれに背中を預けて空を見上げる。


 スペルはこれまでの出来事を思い返す。


 用務員採用試験を受けに来たはずが、なぜかとんとん拍子に話が進み、今では魔法指導をまかされることになった。


 こんなこと、出発前の自分に言っても信じてもらえないだろう。


「お師匠様、お疲れさまです」


 物思いに耽っているスペルの元にやってきたのはフィリーネ。彼女は飲み物の入ったグラスをスペルに手渡す。


「ありがとうございます、フィリ」

「どういたしまして」


 グラスを受け取ったスペルは軽く呷った。


 冷たい飲み物が火照った体に心地いい。


「まるで夢のようです」


 スペルはうわごとのように呟く。


「何がですか?」

「今ここでこうしていることが、ですよ。私は今までずっと自分が落ちこぼれだと思っていました。だから、こんなところにいるのが未だに信じられないんです」


 実感がないせいか、まだふわふわとした気持ちが続いている。目が覚めたら全てが夢でした、というオチの方がまだ信じられる。


「何を言ってるんですか。お師匠様がこの程度で終わるはずないでしょう。まだまだこれからですよ、きっと。そのうち世界さえも手中に収めているかも」

「そんなわけないでしょう。買いかぶりすぎですよ」


 世界は広い。スペルが知らない凄い人たちが沢山いるはずだ。そんな人たちを差し置いて世界を手に入れるなんておこがましいにも程がある。


 そもそもようやく就職できたばかりの自分にそんな力があるはずもない。


「ふふふっ、どうでしょうね。案外すぐかもしれませんよ?」


 しかし、懐疑的なスペルをしり目にフィリーネはどこか確信めいたように告げた。


「何を根拠にそんなことを……」

「私はただ信じているだけです。お師匠様が世界で一番だ、ってね」


 困惑するスペルにフィリーネはまるで満開の花のように笑う。その笑顔は魔法を教えたばかりの頃の無邪気な彼女と重なって見えた。

 

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