第001話 捨てる神あれば拾う神あり
「スペル、今日をもって我がウィザード家からお前を追放する。今後ウィザードを名乗ることは許さん。今すぐに荷物をまとめて家を出ていけ」
十二歳になった日、スペルは父に呼び出された。
用件は信じたくない話。だが、父がスペルを追放するのも当然だ。
ウィザード家は魔法使いとして名を馳せ、代々優秀な魔法使いを輩出してきた一族。家を興してから今まで直系は例外もなく魔法使いとして国に仕え、様々な分野で活躍してきた。
その中でスペルだけがほとんど魔力を持たず、初歩の初歩の魔法も碌に使えない落ちこぼれだったのだから。
「ち、父上、待ってください!! 僕もっと頑張りますから、せめて一般的な魔法使いになれるように。だからどうか、考えなおしていただけませんでしょうか!!」
ただ、はいそうですか、と納得できるかと言えば別の話。
スペルに魔法を教えたのは兄姉たち。
彼らから魔法使いのいろはを習い始めてから七年経つが、スペルは彼らの言う一般的な魔法使いの基準には全く届いていない。
しかし、努力の甲斐あって、少しずつ魔力も増え、使える魔法の属性も増えてきている。このまま継続していれば、いつか一人前の魔法使いになれるはずだ。
それならウィザード家としても恥ずかしくはないだろう。
しかし、返ってきたのは無情な答えだった。
「もう決定したことだ。それに聞いているぞ。お前は未だにほとんど魔法が使えぬらしいではないか。ウィザード家に落ちこぼれなどいらん。それと、私を父と呼ぶな。お前など私の子供ではない」
「そんな……」
取り付く島もない父の態度にスペルは愕然としてしまう。
「用件は以上だ。さっさと出ていけ」
「うっ。分かり……ました……」
父がスペルに小さな袋を投げつけると、頭に当たって落ちた。ジャラジャラという音から察するに硬貨が入っている。手切れ金だろう。
スペルは袋を拾って部屋を後にした。自室に戻り、荷物をまとめて家を出る。
「おっ、落ちこぼれじゃないか? どこに行くんだ?」
「もしかして追い出されたのか?」
「まぁ、仕方ないわよねぇ、碌に魔法を使えない無能じゃ」
「兄さん……姉さん……」
屋敷の門の前で兄姉に遭遇した。彼らは顔を歪めてスペルを嘲笑する。
さも知らないと言いたげだが、どう考えてもすでにスペルが追い出された話を知っていて、バカにしにきたに違いない。
「止めろ、もうお前とは兄弟じゃないんだ。気安く呼ばないでくれよ」
「そうそう。無能と兄弟だなんて知られたら恥ずかしくて生きていけないからね」
「ホントよね」
兄姉たちは、スペルがいつまで経っても魔法が上達しないので、いつからか魔法を教えてくれなくなった。
そして、ひたすらにスペルをバカにするようになったため、それ以降彼らの前で魔法を使っていない。あれからずっと一人で修業し続けている。
父に報告したのは兄姉たちに違いない。彼らもスペルがウィザード家にふさわしくないと考えているのだろう。
彼らの言うとおり、未だに兄たちの言う半人前の魔法使いの基準にさえ届いていないのだから言い返せもしない。
スペルは悔しさで唇を噛み、俯いたまま兄姉たちの前を通り過ぎる。
「じゃあな。せいぜい達者で暮らせよ、平民として」
「二度とお前の顔を見なくて済むと思うと清々するよ」
「もしどこかで会っても私に話しかけないでね」
別れと言うにはあまりに酷い言葉を掛けられながら、スペルはウィザード家を後にした。
「これからどうすればいいんだろう……」
スペルは今までほぼ家を出たことがない。
他人の目に触れないようにするためだ。ウィザード家に落ちこぼれがいるだなんて知られたくなかったのだろう。
御膝元であるこの街ウィーザルで暮らすのは何かと問題が多いはず。遠くの街で暮らした方がいいだろう。
「街を出よう」
スペルは以前一度だけ訪れたことのある西の街ブラストルを目指して旅立った。
「隣街ってこんなに遠いんだ……」
丸一日歩いたが、街はおろか村さえ見当たらない。もうすぐ日が落ちてしまう。屋敷からほとんど出たことのないスペルは何も知らなかった。
野営道具なんてもっていないし、食料もない。それに、街の外には人間を襲う怪物――モンスターが居ると聞く。
今のスペルがモンスターと出会ったら殺されてしまう。急いでどこか人が住んでいる場所を探さなければならない。
――ガサガサッ
だが、スペルの思考を読んだかのように、茂みから大きな狼が姿を現した。
突然の出来事に体が硬直してしてしまう。
「グルルルル……」
狼はスペルを見るなり唸り声を上げ、睨みつけてきた。
「ひっ」
一般的な魔法使いなら狼なんて物の数にも入らない。
しかし、初めて狼と対峙した落ちこぼれのスペルは、恐怖で思考が真っ白になって動けなくなってしまった。
動けない生物など狼にとって格好の獲物だ。
「グォオオオオンッ!!」
狼がスペルめがけて駆け出した。
魔法だ。呪文を唱えないと。
本来一般的な魔法使いは呪文を使わなくても魔法を発動できるが、今のスペルは呪文を唱えないと発動できない。
「ひ、火の……ファイ……」
しかし、恐怖のあまりカタカタと歯がぶつかり合い、口もろくに動かせず、呪文も唱えられなかった。
その間にも狼は刻一刻とスペルに迫ってきている。
まだ死にたくない……誰か……誰か助けて……。
スペルは心の中で必死に願う。
「ガァアアアアッ」
ただ、狼の牙はもう目と鼻の先。助かりそうにない。
もうだめだ……。
「ふんっ!!」
スペルが恐怖で目を瞑った瞬間、一陣の風が巻き起こる。おそるおそる目を開くと、そこには巨大な剣を振るう男が立っていた。
その足元には狼の頭と胴体が分かれて横たわっている。
男は狼から目を離し、スペルに視線を向けて尋ねた。
「大丈夫か?」
「え……あ……」
スペルは男と目を合わせたが、口が上手く動かせない。
「ゆっくりでいい。どうして子供がこんなところに一人で……」
「おーい、間に合った?」
男が顎に手を当てて考え込むと、女が近づいてきて男に話しかけた。
「ああ。なんとかな。まさかこんなに小さな子供だと思わなかったが」
「ホントね。一人でどうしたの? 迷子?」
女がスペルを見つめて問いかける。
「あ、ありがとう……ございます。僕、家を追い出されて……ぐすっ」
スペルは落ち着いてきて口を開いた。だが、押し殺していた気持ちと涙が溢れ出して上手く話せなくなった。
急かすことなく待ってくれた二人は、事情を聞いて憤慨する。
「なんて酷いの!! 許せないわ!!」
「そうだな。まさか自分の子供を捨てる親が居るとは思わなかった」
「いいわ。あなた、名前はなんていうの?」
「ぐすっ……僕はスペル・ウィ……スペル。ただのスペルです」
スペルは名乗るなと言われたのを思い出して途中で言い直した。
「そう。スペルっていうのね。あなた、私たちと一緒に来なさい」
「え?」
思いがけない提案を受けてスペルは間抜けな声を出してしまう。
「どうせ、行くところもないんでしょ。私たち、ハンターを引退してこれから辺境の街で宿を開くつもりなの。そこで手伝いをしてちょうだい。そしたら、衣食住を保証してあげるわ」
ハンターというのは聞いたことがある。
主に街の外に棲むモンスターを討伐してお金を稼ぐ人たちのことだ。他にも様々な素材を集めたり、ダンジョンに潜ったりするらしい。
「ぐす……い、いいんですか?」
スペルにはなんの伝手も知識も技術もない。提案はとても助かる話だが、役立たずの自分がついていってもいいのか分からなかった。
「子供が気を遣わなくていいのよ。素直に甘えておきなさい。ね?」
「ああ。宿を開くならどうせ誰かを雇わなきゃいけないと思っていたところだ。お前が手伝ってくれるならちょうどいい」
女が男に話を振ると、彼も賛成するように何度も頷いている。
「ぐす……ありがとうございます……ぐすっ……よろしくお願いします」
「えぇ。私はノーラ。こっちの男は私の旦那。よろしくね」
「グレイだ。よろしくな」
こうしてスペルは、辺境の街グランレストで宿を手伝うことになった。
――そして、月日は流れた。
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