第11話 最後の授業
「アルスが世話になったの?」
現れた人物――先々代剣聖から発せられた殺気に闇ギルドの組員は後退りする。
「…じい…ちゃ…ん…」
「アルス、もうしゃべるな」
じいちゃんによって発動された【超回復】によって、アルスの全身はみるみる治っていく。アルスは近くの木に横たわる。
組員たちが、しゃがみこみ敵に背を向けて、アルスをみるじいちゃん――マールドを攻撃しないのにはわけがある。
殺気で動けないのだ。
強い殺気のあまり、足が震えて動けないのだ。中にはへたり込んでしまう組員まで現れる。
その点でいうと、闇ギルドのボス――カードルは負けたとはいえ、マトモに戦えたのだ。ここで、強いのが分かっていてくる。
「さて、」
怒りの形相を浮かべ、立ち上がるマールドに、ビクッと震える組員たち。身体と刀から黄金の魔力を漂わせ近づいてくる老人に、ジリジリと後退りする組員たち。
「アルスよ!」
「…ふぇ!?」
「これが最後の授業になる!」
突然、名前を呼ばれて目を見開くアルス。アルスに向けて顔を優しくするマールド。
その顔は、泣きそうにも見えた。
「予定が早くなったが教えよう!これが、剣聖流の歴史の重み、努力!そして、過去から未来に託す軌跡だ!」
地面や空気が魔力によって揺れる。
次の瞬間、地面や空中から大きな剣が真っ直ぐ、沢山生える。それは、すべて逃げようとしていた組員たちに突き刺さり、その場に縫い付ける。
剣は100本以上あり、種類は様々だ。
黒の刀
白のロングソード
蒼のグラディウス
碧のフランベルジュ
朱のレイピア
紫のファルシオン
数えればきりがない。
黄金に輝く太刀が老人の手元に生えてくる。それを掴みとり、身体の正面に構える。そのまま、愚直に、されど流れるように真っ直ぐ振るった。
「剣聖流奥義!古の継承剣!」
瞬間、世界が割れた。
凄まじい轟音と共に風で吹き飛ばされそうになる。アルスは指を地面に食い込ませ、飛ばされないようにする。
飛び散る砂埃と雪によって視界が奪われる。視界が開ける。
そこには剣しかなかった。
いや、ないのではなく斬り飛ばされたのだ、と気がつくのには時間がかかった。技の発動はみていた。しかし、それを素直に受け入れるには信じがたい光景なのだ。
振り下ろした状態で静止しているマールドを起点に、扇状に地面がえぐれている。
そこにあったであろう木々は吹き飛び、文字通り木っ端微塵となっている。
剣だけがその場で輝き続けている。
剣によって縫い止められていた、闇ギルドの組員たちはいなかった。この状態だ。おそらくは――
「…アルス」
「ん?」
気がつけば、じいちゃんが目の前に立っていた。驚いて気が抜けた声で返事をしてしまった気がする。じいちゃんは僕に優しく微笑みかける。
「見たな…これが剣聖流の奥義じゃ。奥義には、初代から儂の代までの武器が記憶されとる」
「う、うん。見たよ…でも、最後の授業ってどういうことなの?」
そう。そこなのだ。じいちゃんは《《最後の授業》》といったのだ。続き、ではなく。
じいちゃんがここにいる以上、結界を破った敵に勝ったのだろう。カイとかいうやつは僕が蹴り飛ばし、今だって闇ギルドの組員たちはじいちゃんが奥義を使った。
敵はいないはずなのだ。
じいちゃんが、重たい口を開く。
「アルス………儂はもう《《死ぬ》》」
「………………………………………………………………………………………………………え?」
なにを言ったのか分からなかった。
場を和ませようとしているの?
ジョーク?
まぁまぁ、とりあえず家に帰ろう?
などと、言葉を繋げようとした。
しかし、喉で詰まり、言葉に出なかった。
だって、じいちゃんの顔は真剣だから。
…嘘ではないことが理解できてしまうから
身体が、ふわふわしていて、自分が今しっかり地面に立っているのかどうかもわからなくなった。
「カードルじゃったか?あのボス……なにギルドじゃったっけ?」
「…闇…ギルドだよ。じいちゃん…」
「それじゃ、それ!アルスは賢いの〜」
「……………」
目から涙が溢れ出る。
今、しっかり返事できたのかも分からない。
「そいつに、変な薬を打たれての?今にも身体が変形して、理性が消えそうなんじゃ。魔力で抑えるんじゃが、もう使い切ってしまってな」
「…………」
「一生の不覚じゃわ。とはいえ、年取っても儂は世界の上位層には入るのでな?周りに被害が出る前に自分で死ぬ必要があるんじゃ」
言葉が出なかった。
「ということで、アルス!……お別れじゃ」
「……ごめ――」
「先にいっておくが、謝るのはなしじゃぞ」
「――っ!」
また、言葉が出なかった。だって、それは――
「お主のセリフじゃぞ?」
「…っ、そうだね」
笑って返事をした。
涙のせいでうまく笑えない。
それがバレないように俯く。
「…うむ!…じゃあな」
じいちゃんは満面の笑った。
そうして、刀を首元に当てた。
下の雪に血が垂れた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
最後に満足だった、といえる人生でありたい。
そう思って、儂は家を飛び出した。
16歳の時のことだった。
儂の家は裕福な商家で、ランス帝国の帝都の真中に店を構えれるほどじゃた。
当然、欲しい物は全部手に入った。
娯楽品に食べ物、武器や絵画まですべて手に入った。つまらない、そう思った。
故に、戦闘技術を磨くことにハマった。
一声かければ手に入るものではなく、自分の力で、手に入れるものだからだ。
ありとあらゆるものに手を出した。
剣術に体術、弓術、棒術、馬術、魔術、呪術、槍術、大剣術、双剣術、斧術、などなど。
なかでも、刀術が一番好きだった。
鍛錬を朝から晩まで、次の朝までやるなんてこともざらにあった。学園に通った時だって、筆記試験ではなく、戦闘試験で通ったほどだ。
ある日、両親は儂にいった。
鍛錬は辞めなさい。もっと勉強しなさいと。
勉強すれば鍛錬の時間は減る。しかし、両親に心配をかけさせまい、と勉強も頑張り戦闘科と筆記科でトップを取り続けた。
なのに、両親は儂を怒った。
そんな《《野蛮》》なことはするな!と。
武術を野蛮と言ったのだ。そういう意見があるのも知っていた。しかし、儂は若かった。
両親の言葉に、ブチギレて儂は刀を部屋から取り出し、壁をバターのように斬り裂き脱走した。
そして、隣の国のテイス王国で冒険家になった。
『冒険の国』と呼ばれるだけはある。世界の各地からいろんな人やものが集まっていた。
そこで、沢山の人から武術や魔術、いろんなことを教えて貰った。見て盗め、という人もいたが。
ある時、剣聖流の当主がきている。と耳にした。待つわけがなく、速攻で会いにいった。
酒場で酒を飲んでいる所を見つけて、声をかけた。
刀術を…剣聖流を教えてくれ。そう頼み込んだ。
当主は、俺に一回でも当てれたらな、と酒を飲みながらいった。すぐに斬り掛かった。
気づいたら、宿のベットで寝ていた。話によるとあの後、攻撃されたらしく一撃で儂は気絶したらしい。信じられなかった。
酔っぱらいに自分の武術が通じなかったなんて。しかし、同時に興奮した。まだ頂点は遠いと。
当主をありとあらゆる時に襲った。
食事中。
睡眠中。
散歩中。
入浴中。
トイレ中。
すべて防がれた。
3年後、攻撃がついに当たった。
当主はトイレ中だった。
当然、吹き飛ばされた。
その後、剣聖流についての説明がなされた。
剣聖流は武術で繋がる一族みたいなものだと。継承者はその時代の当主や元当主などが決めた才能がある人物全員で、そこに種族は関係ないらしい。
学んでいくうちに、素晴らしいと思った。しかし、同時に恐怖を抱いた。
剣聖流はとても強力で、悪人に渡った場合は目も当てられなくなる。
沢山、学び、免許皆伝を得た。免許皆伝は当主になるための試験を受ける為の資格…ではないそうだ。
剣聖流を名乗っても恥ずかしくないレベルになった証拠らしい。
当主になるための資格は、奥義を使えることらしい。扱うのは才能が凄くいるし、素質がなければ当主から見せてもらうことすらできないらしい。
…儂?頼んだら見せてくれたぞ?
その後、継承戦を得て儂は当主になった。
すると、コバエのように人が群がってきた。剣聖流を教えてください!武術を教えてください!などならよかった。
しかし、我が商家の後ろ盾になってほしい、だのあそこの貴族を滅ぼしてきてください、だの鬱陶しかった。
なので、すぐに強くて才能がある、優しい弟子と当主を変わり[ユーデッドの森]に森で1人暮らしを始めた。もちろん、化け物のよつな強さの魔物ばかりがいる深層だ。
しばらくした頃、信じられない光景をみた。魔物が雑魚かのようにあの男に倒されているのだ。
この男の名は、エイズ・ワードというらしい。彼とは馬が合い、すぐに友人になった。彼は儂ほどではないが強く、博識のある人物だった。
……向こうも同じことを考えてそうじゃが。
その後、数年経った頃、森の浅瀬を散歩していたときだった。彼が――エイズが現れたのだ。傷だらけで今にも死にそうだった。そんな、彼はまだ赤ちゃんの息子を託して死んでいった。
町で聞いた話によると、ランス帝国がテイス王国を攻めているらしい。
エイズは帝国軍に甚大な被害を与えたと。また、妻は死に、息子は帝国軍が殺そうと探していると。
すぐに赤ちゃん――アルスを隠さねばと思った。エイズの妻の遺体を回収し、エイズと同じ墓に埋めた。そして、アルスを深層の家に連れて帰った。
子育ては大変だった。夜は泣くわ、お漏らしするわで。とにかく疲れた。
ある日、アルスが1歳の頃いなくなった。歩けるようになっていたので、外に出たのだと思いつき、急いで走った。
すぐに見つかりこそしたが、魔物の魔の手がアルスの寸前まで迫っていた。
速度を上げ、間に割り込み魔物を刀で切り刻む。切り刻みすぎたのか、血の雨が降った。刀から血を払い、しまう。後ろを振り向くと同時に思い立つ。
今、自分は血だらけだと。これでは子供に怖がられてしまう、と。
前にも同じことをしてしまったことがあるからこそ、その場で静止してしまった。
ふと、足が引っ張られる感じがした。見るとアルスが掴んでいる。こちらを見上げると、笑顔で笑いかけてくる。
疲れが吹き飛び、涙が溢れ出す。
下にしゃがみこみ、まだ小さいアルスを抱きしめる。なぜ泣いているのか分からず、あたふたしているアルスに苦笑する。
この子は、なにがあろうと育てるあげる。
まずは、家を中層ぐらいの安全な所に移動するところから始めることにしよう。
そう思った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
刀に力をいれ、自害しようとする。
突然、アルスが手が伸ばし、刀を握って動きを止める。掴んだ所は刀身の部分だ。当然、手から手が、ぼたぼたと垂れる。老人は驚く。
「アルス!なにを――」
「――でほしくない」
「………」
「死んで欲しくないっ!!」
顔をあげ、泣きながら叫ぶ。
「だって…!だって…!まだ……まだ!」
「…………」
「孫だってみせてないしっ!」
「…………」
「伝えなちゃ…いけないことだって……っ!」
「…………」
「まだ……まだっ!死んで欲しくないよ…っ!」
「……………アルス」
「………あと…どのくらい?」
「………5分を切った」
「…………ちょっと来て…」
そう言うと二人は近くの小さな坂をのぼり、花が一面に咲いている崖の上につく。そこでは、今まで二人が暮らしてきた森や壊れたかけた小屋が一望することができた。
花畑の真ん中に老人と少年は座る。
「………あと何分?」
「……3分」
「……僕ね、前世の記憶があるんだ。」
「………やはりの」
「知ってたの!?」
「感じゃよ、感」
「そっか〜、まじか〜」
アルスは大の字に倒れる。老人も倣って大の字になり、空を見上げる。雲一つない夜空だった。
「…それでね、病弱ですぐに死んでしまったんだけどさ……最後になんて言われたのか、忘れちゃったんだよね……気味が悪いよね」
「………アルス、ありきたりじゃが」
「…なに?」
「誰が何を言おうとアルスはアルスじゃ。儂の息子であることに変わりはない」
「…っ!…そうだね。ふふっ、ありきたりだね」
涙が溢れ出す。
「あと、そうじゃ」
「…なに?」
「前世の親が最後になにをいったか知りたいか?」
「わかるの?」
「うむ、それはな…」
大の字からうつ伏せに変わり、身を乗り出すアルスに教える。
「人を愛し、愛される人になれ。とかじゃろ」
『ごめんね。…もしね、次の人生があれば―――人を愛して、愛される人になってね』
アルスはきょとん、となり笑い出す。
「あははははっ!ありきたりだね!」
「……じゃが、そのありきたりがいい」
「そうだね!その通りだ!」
花園に二人の笑い声が響き渡る。
「……………ねぇ、あと――」
「……1分」
「そうか………ねぇ」
「ん?」
「……遺言とかない?」
「……そうじゃの…さっきと同じ事でいいかの?」
「…ふふっ、なにそれ」
「……ふぉふぉふぉっ」
「……最後は僕するね」
「………うむ」
「じいちゃん…今まで、ごめ――」
「ん〜?」
「―――っ〜!…ありがとう」
「……それだけで、満足じゃよ」
「ねぇ、じいちゃん…」
「………………」
「……ありきたりになっちゃったね」
「………………」
「言葉にしようとしてもうまくできないや」
「………………」
「喉で詰まっちゃうんだよね」
「………………」
「ねぇ…ねぇ」
「………………」
体が熱くなる。
「………っ!…っ本当にありがとうございました!そして――」
〚また、会う日までお元気で〛
「『堕ちろ』【星屑】」
星が綺麗だった。