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1-5 武士・頼光との出会い

庭の散歩を終えた蓮が部屋に戻ると、侍女たちが忙しそうに動き回っていた。膳の準備をしているようで、部屋の中央に置かれた座卓には、いくつかの小皿が既に並べられている。


「櫻華様、お散歩はいかがでしたか?」


侍女の一人が柔らかな声で問いかけてきた。その穏やかな笑顔に、蓮は一瞬戸惑う。


「……まあ、悪くなかったよ。庭は綺麗だし。」


本音を隠す必要はないだろう、と考えながら答える。実際、庭の美しさには心を癒される部分もあった。侍女は満足そうに頷き、さらに膳の準備を進める。


「本日はお疲れのご様子でしたので、胃に優しいお料理を用意させていただきました。」


「……そうか。ありがとな。」


蓮は自然に座卓の前に座り、差し出された箸を手に取る。湯気の立つ汁物や、彩り鮮やかな野菜の煮物、ふっくらとしたご飯。どれも心を落ち着けるような、穏やかな香りが漂っていた。


味噌汁を一口すすると、ほっとするような温かさが胃に広がる。


「……やっぱり美味いな。」


思わず漏れた声に、侍女たちは嬉しそうに微笑む。その反応に、蓮は少し居心地の悪さを感じながらも、箸を進めた。


(本当に……なんだろうな、この生活。)


食べ物の味を感じるたびに、自分がどれだけ「ここ」に適応しているのか分からなくなる。美味しいものを食べて喜ぶ自分が、まるで「櫻華蓮」として過ごすことを受け入れつつあるように思えて、不安になる。



昼食を終えた頃、侍女たちが膳を片付けながら、控えめに声をかけてきた。


「午後のお時間はどのようにお過ごされますか?」


蓮は侍女の問いかけに少し考えたが、特に予定があるわけでもない。だが、櫻華蓮としての立場を考え、適当に答えるわけにもいかない。


「……少し庭を歩こうかと思う。それからは、様子を見て決めるよ。」


「かしこまりました。それでは、お付きの者を控えさせますので、どうぞごゆっくりお過ごしください。」


侍女たちは丁寧に膳を片付け、深々と礼をして部屋を出て行った。蓮は一息つき、立ち上がる。


(また庭に出るか……。でも、ここでじっとしてても状況は変わらない。)


蓮は着物を整え、外の空気を吸うために廊下を歩き始めた。障子越しに差し込む柔らかな光と静かな雰囲気が、どこか現実感を失わせる。



庭に出ると、青空が広がり、穏やかな風が肌を撫でた。咲き誇る花々の香りが漂い、蓮の緊張を少しだけ和らげる。


(少しでも櫻華蓮のことを知るべきだよな。)


そう思いながら庭を歩いていると、武士のような姿をした屈強な男が見えた。鋼色の短髪に、鍛え上げられた体。どこか熱血漢の雰囲気を漂わせる彼は、蓮を見るなり大きな声で呼びかけてきた。


「おお、櫻華様!お目覚めになられたと聞いて、何よりです!」


(……これが、頼光か。)


みゆの説明を思い出す。「正直で力強い武士タイプ。少し単純だけど、守るべきものに対しては一途」という彼女の言葉が、目の前の男にぴったり当てはまる。


「頼光……久しぶりだな。元気そうで何よりだ。」


自然に返事をしながら、蓮は心の中で冷や汗をかいていた。この男もまた、蓮が「櫻華蓮」として振る舞う必要がある存在だ。


頼光は大きな笑顔を見せながら蓮に近づき、その体をじっくりと見回した。


「いや、本当に良かった。神楽様が心配されていましたからな。櫻華様はお体が弱いから、無理をなさらないように。」


「……そうだな。気をつけるよ。」


「しかし……今日は顔色も良いようだ!庭を散歩されるのもいい気分転換になるでしょうな!」


頼光の快活な態度に、蓮は少し気を楽にしながらも、ふと彼に問いを投げかけた。


「頼光、お前に聞きたいことがある。俺……いや、私は、ここでどんなふうに見られているんだ?」


頼光は一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに大きな声で答えた。


「もちろん、櫻華様は神楽様にとって大切な方であり、皆にとっても尊敬される存在です!その優雅さと知性は、他に類を見ないものと評判ですからな!」


(また出たよ、優雅と知性……。)


蓮は苦笑を隠しながら、さらに続けて尋ねた。


「そうか。じゃあ、神楽との関係はどう見えている?」


頼光は少し表情を引き締めると、真剣な面持ちで語り始めた。


「神楽様にとって櫻華様は唯一無二の存在。誰にも触れさせないほど大事にされています。その絆は、私たちから見ても揺るぎないものですよ。」


その言葉に、蓮は心の奥で小さな波紋が広がるのを感じた。「櫻華蓮」としての体に宿る過去が、神楽との深い絆を象徴しているのだろう。だが、それはあくまで「櫻華蓮」の記憶だ。今の自分――「蓮」には、その絆を実感することなどできない。


(俺は櫻華蓮じゃない……。神楽とは何の絆もない。それなのに……。)


周囲からの期待や信頼が、蓮にとっては重荷にしか思えなかった。この世界で自分が演じなければならない「櫻華蓮」という役割――それが、どれほど難しいものかを改めて痛感する。


「……そうか。教えてくれてありがとう。」


蓮は努めて冷静に返事をした。その声にはわずかな疲労が滲んでいたかもしれない。それでも、頼光は満足そうに頷き、手を差し出してきた。


「何かお困りのことがあれば、どうぞ何なりとおっしゃってください! 」


彼の力強い言葉と純粋な眼差しに、蓮は少しだけ救われたような気がした。だが同時に、その期待を裏切るわけにはいかないという重圧も感じた。


「ありがとう。頼りにしてるよ。」


軽く笑みを浮かべてそう答えると、蓮は一礼し、その場を離れた。



廊下を歩きながら、蓮は頭の中で繰り返し思考を巡らせた。


(頼光や紫苑の話を聞いて、櫻華蓮ってどんなやつだったのか、少しずつ分かってきた。でも……俺がそれを演じ続けるのは、かなり骨が折れるな。)


優雅で知的、神楽との揺るぎない絆を持つ存在――その全てが、蓮にとっては縁遠いものだった。これまでの自分は、孤独や苦難に耐えながら、自分の力で道を切り開いてきた。誰かに守られる存在になるなんて考えたこともない。


(でも、ここで俺が櫻華蓮じゃないってことがバレたら……どうなる?)


蓮は歩みを止め、ふと足元を見つめた。彼らの期待を裏切らないように振る舞いながら、この世界で自分の居場所を探すしかないのかもしれない――そう、腹をくくる必要がある。


「やるしかないか……。」


小さく呟くと、蓮は再び歩き始めた。その背筋には、ほんの少しだが覚悟が宿っていた。

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