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1-2 櫻華蓮への転生

呆然と呟く蓮の声に、男の鋭い視線が絡みついた。冷たさと威圧感を宿したその金色の瞳が、まるで心の奥底まで見透かそうとするかのようだ。


「ようやく目覚めたか、櫻華蓮。」


低く、威厳に満ちた声。その瞬間、蓮の胸の奥に何かがざわつく。言葉の端々に漂う冷たさと厳しさ。それは初めて耳にする声のはずなのに、どこか奇妙な懐かしさを感じさせた。


蓮は自分を見下ろすその男に、思わず息を呑む。鋭い顔立ち、漆黒の髪、そして金色の瞳。平安風の豪華な衣装を纏いながらも、ただ立っているだけで周囲の空気を支配している。


「……なんで……?」


蓮が問いかけるより早く、男が一歩近づく。その動作はあまりにも滑らかで、蓮の体は自然と硬直した。布団の上に座り、未だ上体を起こしたままの蓮は、逃げ場を失うような感覚に囚われる。


「心配したぞ、櫻華。」


静かに紡がれた言葉――だが、その響きが蓮をさらに混乱させる。「櫻華」という名を呼ばれるたび、胸が妙に温かくなる。それが櫻華蓮という存在の記憶なのか、体の記憶なのか、自分でも分からなかった。


「違う……俺は櫻華なんかじゃねえ……俺は蓮だ!」


蓮は声を張り上げた。その声には混乱と反発、そして自分自身への苛立ちが滲んでいた。だが、男は眉一つ動かさず、ただ静かに蓮を見つめている。


「“黙れ。”」


その一言が部屋に響いた瞬間、蓮の体が反射的に反応した。喉が詰まり、口を閉じる。まるで見えない鎖で縛られるような感覚が全身を支配し、蓮は息を詰まらせた。


(……くそ……何だ、これ……!)


言葉を発するどころか、体を動かすことすらできない。その不快感に苛立ちを覚える一方で、胸の奥で広がる奇妙な安堵感に気づき、さらに混乱した。


男――神楽は冷静に蓮を見下ろし、その瞳の中に一瞬の戸惑いを宿した。だがすぐに平静を取り戻し、ゆっくりと布団の前に膝をついた。そして静かに命令を放つ。


「“俺を見ろ。”」


蓮は抗おうとした。だが、体は神楽の声に逆らえなかった。意志とは無関係に、視線が自然と神楽の顔を捉える。金色の瞳が真っ直ぐにこちらを見つめている。その視線に射抜かれた瞬間、蓮の胸に広がるのは、まるで失われたものが戻ってきたかのような感覚だった。


(なんだよ……この感じ……俺じゃない……。)


その「温かさ」に気づいた自分自身に反発するかのように、蓮は歯を食いしばった。だが、それすらも無意味な抵抗に思えるほど、体は完全に神楽の命令に従っていた。


神楽はゆっくりと手を伸ばし、蓮の肩にそっと触れた。その手のひらから伝わる温もりに、蓮は思わずビクリと反応する。


「っ……一度失った信頼を取り戻すのに時間がかかりそうだな。」


その言葉は冷たく響く一方で、どこか哀しみのようなものが混じっていた。蓮は神楽の表情を見つめながら、その感情の正体を読み取れずにいた。


蓮は布団の上でじっとしていることしかできなかった。動こうとする意思とは裏腹に、体は重く、布団に縛られたように動けない。


神楽がゆっくりと立ち上がり、距離を取る。だがその瞬間、蓮の体が反射的に彼を引き留めたくなる衝動に駆られた。足を動かそうとするも、体が重く沈み込み、それ以上追いかけることはできない。


「ゆっくり、休むといい。」


静かな声とともに、神楽は再び手を伸ばし、布団を整える。その動作はあまりにも穏やかで、蓮の混乱をさらに煽った。


「……何なんだよ、これ……俺の体なのに……どうして……。」


蓮の声には、苛立ちと戸惑いが混ざり合っていた。だが、神楽は蓮の髪をそっと撫でながら、静かに言葉を続けた。


「お前が俺を拒否するのも致し方ない。だが、お前を守るのが俺のDomとしての使命だ。」


その言葉が耳に届いた瞬間、蓮の胸の奥で何かがかすかに反応した。それが自分の感情なのか、それとも「櫻華蓮」という存在の記憶なのか――蓮には分からなかった。ただ、確かに心の奥に温もりのようなものが広がるのを感じた。


(俺は……誰なんだ……?)


目を閉じた先で、浮かび上がるのはぼんやりとした記憶の断片。神楽の優しい手、そしてその言葉の残響。それは決して嫌なものではなかったが、蓮にとってあまりにも馴染みのないものだった。

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