2-2
第二章 第二話: 言霊の試練
神殿の静寂を切り裂くように、久遠の低い声が響き渡った。彼は神官らしい堂々とした立ち姿で、手に持った巻物を広げる。
「それでは、試練の第一段階『言霊の契り』の説明を行う。この試練は、ドムとサブが互いの信頼を示すものだ。ドムはサブにコマンドを与え、サブはそれに従うことで信頼の証を立てる。……コマンドの成否によって試練の評価が左右されるだろう。」
「またコマンドか……。」
蓮が小さく呟いた。かつての経験が頭をよぎり、彼の表情はわずかに曇る。すぐそばに立つ神楽は、その呟きを聞き逃さなかった。
「お前、さっきから不満そうだな。」
「そりゃそうだろ。」蓮はやや皮肉っぽく笑う。「信頼って言うなら、こんな形式ばったコマンドで試す意味があるのかって話だ。」
神楽はそれに返事をしなかったが、わずかに目を細めた。その冷静な瞳の奥には、何か思うところがあるようだった。
◇
久遠は続ける。
「今回の試練は、巫女とドムが一組ずつ進めることになる。先陣は――透花と頼光だ。」
その瞬間、透花は少し驚きながらも、頼光を見上げて意を決したように頷いた。頼光は力強く笑い、透花の肩を軽く叩く。
「お前なら大丈夫だ。俺がちゃんと導いてやるからな。」
「はいっ、頼光様……!」
そのやり取りに、蓮は自然と視線を落とす。透花が頼光と一緒に試練へ向かう姿に、彼女の真っ直ぐな信頼が見て取れた。
(ああいう感じが……本当の信頼なのかね。)
一方で、自分と神楽はどうだろう、と蓮はふと思う。神楽は今まで蓮に無理やり従わせようとしたことはない。それは神楽の優しさとも言えるし、逆に「サブとして扱いきれない」と思われる危険性もある――
「蓮、行くぞ。」
神楽の低い声が蓮の思考を遮った。気がつけば、透花と頼光が先行し、蓮と神楽は控え室で待つよう久遠に指示されていた。
◇
控え室に移動すると、静かな空気が二人を包んだ。雅な屏風と、わずかな陽光が差し込むこの部屋には、余計な音が一切ない。蓮は、神楽と二人きりの状況に少し居心地の悪さを感じていた。
「……なあ。」
「なんだ。」
「こういう試練って、どれくらい前からあるんだろうな。やっぱ伝統とか、そういうやつか?」
蓮はふと疑問を口にする。少しでもこの空気を紛らわせたかったのだ。神楽は静かに蓮を見つめ、淡々と答えた。
「そうだ。『契りの試練』は雅国において、ドムとサブの関係を示す大切な儀式だ。古くから続いているものだと聞く。」
「……伝統ねぇ。」
蓮は天井を仰ぎながら、深く息を吐く。神楽は蓮の横顔を見つめ、少しだけ目を伏せた。
「お前がこういうものを好まないのは知っている。」
「は?」
「だが、今は必要なことだ。」
神楽の言葉には、何か決意のようなものが滲んでいた。蓮は一瞬、何かを言い返そうとしたが、その真剣な表情を見て口をつぐんだ。
「……わかってるよ。別に逃げるつもりはない。」
蓮がそう言うと、神楽はわずかに口元を緩めた。二人の間に短い沈黙が流れる。透花と頼光の試練が進んでいる間、彼らにはまだ時間があったが、心の中はどこか落ち着かない。
(……信頼ね。)
蓮は再び自分の胸に手を当て、言霊の試練とは一体何なのか――その本質を考え始めていた。




