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2-1 試練の幕開け

朝の空気がどこかざわついているのを、蓮は肌で感じていた。部屋の中では侍女たちが慌ただしく動き回り、いつも以上に念入りに蓮の準備を進めていた。複雑な文様の入った和装を着せられるたびに、蓮の心は不安と苛立ちで重くなっていく。


「なあ、なんで今日はこんなに気合入ってんだ?」


蓮が不満そうに問いかけると、侍女の一人が申し訳なさそうに微笑みながら答えた。


「本日は『契りの試練』が始まる日でございます。」


「試練……?」


蓮は眉をひそめ、記憶の片隅を探るように考え込んだが、答えは見つからない。侍女たちは蓮が転生者であることを知らないため、当然のように彼が全てを把握していると思い込んでいるのだ。


「そんなもの、俺は聞いてないけど……。」


蓮が戸惑いながら言うと、侍女たちは顔を見合わせ、困惑したような表情を浮かべた。


「……ご冗談を。櫻華様なら、試練がどれほど重要かよくご存じのはずでございます。」


「だから、それを知らないって言ってるだろ?」


蓮の口調に苛立ちが混じるが、侍女たちはどこか気まずげな空気を漂わせながら、再び手を動かし始めた。


「とにかく、会場に行かれれば全てお分かりになります。」


曖昧な返答に、蓮はさらに眉を寄せたが、結局はそれ以上問い詰めることもできず、小さくため息をついた。


(……そんな大層な試練とか言われても困るんだよな。)


複雑な心境のまま、蓮は黙って侍女たちの準備を受け入れるしかなかった。



雅国の神殿は、その壮大さと荘厳さで訪れる者の心を圧倒する場所だった。蓮が到着すると、すでに透花や神楽を含む他のドムたちが集まっていた。厳粛な雰囲気が漂い、普段の空気とはまるで違う。蓮は周囲を見渡しながら、その異様な雰囲気に軽く眉を寄せた。


「……なんなんだよ、この状況。」


ぼそりと呟いたその時、透花が蓮に駆け寄ってきた。その顔には緊張と興奮が混じったような表情が浮かんでいる。


「蓮さん! いよいよ始まりますよ!」


「何が?」


「『契りの試練』ですよ! これは乙女ゲーム『花ノ契』の中で、最初の大きなイベントなんです!」


透花は目を輝かせながら説明を始めたが、蓮には全く意味が分からない。頭を掻きながら呆れたような顔を見せる。


「ゲームだか何だか知らねえけど……それで、俺たちも何かやるわけ?」


「はい! ドムとサブの絆を試すんです! 緊張するー!」


透花が緊張するといいながら楽しみにしている様を見ながら、蓮は少しだけ考え込み、軽く頭を振った。


「まぁ、どうにかなるだろ。」


その軽口に、透花はかすかに微笑んだ。しかしその背後では、神楽が鋭い視線を蓮に向けている。冷静さを保ちながらも、その眼差しには何かを探るような意図が含まれていた。



神殿の中心に立つ久遠が、一同を見渡しながら口を開いた。


「これより、『契りの試練』を始める。これはドムとサブが互いの信頼を示し、真に契りを結ぶにふさわしい関係であるかを試すものだ。この試練を乗り越えなければ、次の段階に進むことはできない。」


その言葉に、神殿内が静まり返る。蓮はその言葉を聞きながら、肩をすくめた。


「信頼を示す試練って……何か面倒くさそうだな。」


隣に立つ神楽は、それを聞いてわずかに口元を上げた。


「お前が試されるのは当然だが、俺も同じだ。俺たちの関係がどうあるべきか、示す機会だと思え。」


「……また、そういう言い方する。」


蓮が不満げに呟くと、神楽は微かに目を細めて蓮を見つめた。


サブの選択と蓮の揺らぎ


久遠は次に透花に視線を向けた。


「巫女よ、まずは自らのドムを選び、共に試練を受ける意思を示せ。」


その言葉に、神殿内がざわついた。透花は驚いたように目を見開き、すぐに真剣な表情を浮かべて一人一人のドムを見渡し始めた。


蓮はその様子を見ながら、心の奥がざわつくのを感じた。透花が神楽を選ぶ可能性が頭をよぎり、理由もなく胸が痛む。


(透花が神楽を選ぶ……? いや、関係ないだろ。俺は俺だ。)


蓮はそう自分に言い聞かせたが、その考えが自分でもどこか空々しく響いた。


透花の声が響き渡ったのは、蓮が内心の葛藤を整理できないままのタイミングだった。


「私は、頼光様と共に試練を受けたいと思います!」


透花の宣言に、蓮は小さく息を吐き出した。同時に神楽の横顔を見て、彼もまた微かに息を吐いたように感じた。


「お前は俺のサブだ。試練を共にするのは当然だ。」


神楽が静かに言うと、蓮は肩をすくめ、苦笑を浮かべながら答えた。


「だろうな。どうせ他の奴とは組めないし、お前とやった方が楽そうだ。」


その言葉に、神楽の目がほんの一瞬だけ柔らかくなった。蓮もまた、自分が神楽を頼らざるを得ない現状を受け入れつつあった。


試練の第一歩はすぐそこに迫っていた。ドムとサブが互いにどこまで信じ合えるのか、そしてその先にどんな絆が築かれるのか。それを確かめる旅路が、いよいよ幕を開けるのだった。

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