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1-19 捕縛術の秘密

昨夜の侵入者の一件がまだ屋敷全体に緊張感を漂わせていた。蓮は部屋の縁側に腰を下ろし、朝の涼しい風を感じながらぼんやりと庭を眺めていた。昨夜の出来事を反芻しながら、どこか疲れた表情を浮かべている。


静かに襖が開き、神楽が姿を現した。


「昨夜の侵入者の件だが、検非違使が取り調べている。だが……まだ何も口を割らないらしい。」


神楽の声は冷静だったが、その瞳の奥には苛立ちが見え隠れしている。蓮は彼の様子に気づきながらも、軽く肩をすくめた。


「そりゃ、簡単には白状しないだろ。こっちも気長に構えておけばいいんじゃないか?」


蓮の飄々とした返事に、神楽は少しだけ眉間の皺を緩めた。蓮のこうした無頓着さが、逆に神楽の緊張を和らげるのだ。


その時、再び襖が静かに開き、検非違使の装束をまとった高位の男が現れた。



「櫻華様、昨夜の件でご報告に参りました。」


男は一礼し、神楽にも視線を向ける。慎重な表情を浮かべながら、彼は手に持っていた布包みを蓮に差し出した。


「こちらは、昨夜の罪人を縛った縄で間違いありませんか。」


蓮は布包みを受け取り、開いて中身を確認する。そこには、前世で愛用していた緊縛用の麻縄が綺麗に収められていた。その手触りを指先で確認しながら、蓮は少しだけ苦笑した。


「ああ、間違いない。ただの麻縄だよ。ちょっと手入れにはこだわってるけど。」


検非違使は頷きつつ、慎重に言葉を続けた。


「罪人は逃れようと暴れましたが、縛り目がさらに締まり、完全に動きを封じたと申しておりました。その縛り方が極めて特殊で……私どもでは見たことのない技術です。」


蓮はその言葉に考え込むように視線を落とし、やがて淡々と答えた。


「まあ、それもそうだろ。この縛り方は捕縄術の一つだからな。強く締め上げるだけじゃなく、暴れた時に自分で怪我をしないように計算されてる。」


検非違使はさらに身を乗り出し、興味深そうに問いかける。


「安全に確保するための技術……非常に有用です。もしよろしければ、その技術を我々にも教えていただけないでしょうか?」


蓮は手にした縄を見つめながら、少しだけ言葉を探した。


「……この技術は力だけでなく、相手の動きや体格を読む力が必要だ。中途半端に覚えたら、逆に怪我させることになる。」


蓮の脳裏には前世での出来事が蘇った。緊縛に夢中になるあまり、危険な縛り方をして相手を怪我させてしまった人たち――その光景が蓮には鮮明に残っている。


「俺も前の世界で、緊縛を間違って使って人を傷つけたやつを見てきた。だからこそ、簡単に教えるわけにはいかない。」


検非違使の男は蓮の真剣な口調に一瞬言葉を失ったが、深く頭を下げて言った。


「ご事情、よく理解しました。しかしながら、もしご決断いただける日が来れば、どうかご検討をお願いいたします。」


そう言い残し、検非違使は静かに部屋を後にした。



部屋に残されたのは蓮と神楽の二人だけ。蓮は手元の縄をぼんやりと眺めながら、小さく息を吐いた。


「緊縛ならまだしも、捕縄術を教えられるだけの技術はまだ俺にはないよ…」


神楽がそんな蓮の隣に腰を下ろし、淡々とした声で言った。


「確かに麻縄にしては手触りがいい。これもその知識の一つか?」


「手入れ方法は企業秘密だ。あ、コマンド使ってもダメだからな!」


蓮が少しムキになって答えると、神楽は薄く笑った。


「俺がその手入れ方法を知ってどうするんだ?」


「いつか緊縛に興味を持つかもしれないだろ?」


「……言うことを聞かないサブを縛り付けて、そばに置いておきたいとは思うな。」


神楽が冗談めかして呟くと、蓮はぎょっとしたように顔を上げた。


「ちょっ……俺は縛る側であって、縛られるのはごめんだ!」


蓮が慌てて反論するが、神楽は構わず手を伸ばし、蓮の手首を軽く掴む。その動きに、蓮の顔がほんのり赤く染まる。


「縛りたくなるくらい、お前が勝手に危ないことをするからだ。」


その低い声と真剣な視線に、蓮は言葉を失った。神楽の手はすぐに離れたが、その触感は蓮の肌に残ったままだ。

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