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1-18 夜の侵入者

夜の静寂を切り裂くように、微かな足音が響いた。蓮は布団の中で目を開け、耳を澄ませる。その足音は、普段聞き慣れた神楽や侍女たちのものとは違っていた。不規則で、妙に緊張感を伴っている。


「……誰だ?」


返事はない。ただ足音だけが徐々に近づいてくる。部屋の中に侵入者がいると察した瞬間、蓮は布団の中で身を縮め、状況を整理しようとした。


(まずい……どうする……?)


蓮の脳裏に浮かんだのは、透花から教えられた「インベントリ」の存在だった。慌てて目を閉じ、意識を集中させる。事故の際に持っていた荷物がすべてここに保管されていることを思い出し、祈るように探す。


「頼む……使えるものが……」


インベントリを開くと、目に留まったのは養父・椿から渡された催涙スプレーだった。治安の悪い地域での公演のために護身用として手渡されたものだ。


(これだ……効くかどうかは分からねぇけど、やるしかねぇ。)


侵入者の足音が布団のすぐそばまで迫る。蓮は静かに息を潜め、タイミングを見計らい――。


「今だ!」


蓮は布団を跳ね飛ばし、催涙スプレーを一気に噴射した。霧状の薬剤が侵入者の顔を直撃し、悲鳴が響く。


「ぐああっ……目がっ……何だこれは!」


侵入者が動揺している隙を逃さず、蓮はインベントリから取り出した縄を手に取り、飛びかかった。緊縛ショーで培った技術を駆使して、手際よく侵入者を縛り上げる。


「よし……これで大人しくなったな。」


蓮は息を整え、縛り上げた侵入者を見下ろす。その時、廊下から慌ただしい足音が聞こえ、神楽と侍女たちが部屋に駆け込んできた。



「櫻華! 無事か!?」


神楽の低く鋭い声が部屋に響く。入ってきた彼は、床に転がる侵入者と、縄を握った蓮を見て、眉をひそめた。


「……何があった。」


神楽が険しい顔で問いかけると、蓮は肩を軽く回しながら答えた。


「見ての通りだ。侵入者が来たから捕まえた。ただ、それだけだ。」


その淡々とした口調に、神楽の目がさらに険しくなる。そして、低く抑えた声で蓮を叱りつけた。


「勝手に対処するなと言っただろう! お前が何かあったらどうするつもりだ!」


その声には、いつもの冷徹さではなく、どこか感情の滲む怒りが宿っていた。蓮はその変化に気づき、少し戸惑った。


「……いや、大丈夫だろ。俺だって、これくらいは――」


「お前の“これくらい”がどれだけ危険なことか、分かっているのか。」


神楽は蓮の言葉を遮り、その目に苛立ちと心配を混ぜたような光を宿していた。


「お前は俺のサブだ。俺が守るべき存在なんだ。勝手なことをするな。」


「……守るべき存在、か。」


蓮は一瞬だけ言葉を詰まらせる。その表情には、神楽の真剣な言葉が心に響いたことが見て取れた。



「ぐっ……この縄……くそ……!」


侵入者がもがくたびに縄がきつく締まり、動きを完全に封じていく。神楽はその様子を見つめながら目を細めた。


「……ただの縄じゃないな。」


「ああ、暴れるほど締まる仕掛けだ。緊縛の技術ってやつさ。」


蓮が軽く答えると、神楽は一瞬驚いたように彼を見つめ、それから微かに笑みを浮かべた。


「……本当に、お前は何者なんだ。」


神楽の言葉には、呆れと興味が交じっていたが、その笑みはどこか温かかった。



侵入者が引き取られた後、部屋には再び静けさが戻った。神楽はその場を離れる気配を見せず、蓮のそばに腰を下ろした。


「お前、怖くなかったのか?」


「怖いとか考える前に動いてたよ。それより……俺の布団が汚れてないか気になるな。」


冗談めかして言った蓮の言葉に、神楽は短く息をつき、それから意外な行動に出た。蓮の髪にそっと手を伸ばし、指先で優しく撫でたのだ。


「……ふざけるな。本当に無事で良かった。」


「おい、過保護すぎるだろ……。」


蓮が呆れたように言い返すが、その手の温もりに微かな動揺を覚える。神楽の指が頬に触れた瞬間、蓮の心臓が跳ね上がった。


「櫻華、お前は俺にとって……大切な存在だ。」


低い声で告げられたその言葉に、蓮は返事ができず、ただ神楽の目を見つめた。


「次からは無茶するな。それが俺の願いだ。」


そう言い残して立ち上がる神楽の背中を見送りながら、蓮は静かに布団へ戻った。


「……なんなんだよ、あいつ……。」


胸に残る神楽の言葉と優しさを思い出しながら、蓮は目を閉じた。

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