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1-17 透花の推し

蓮と透花は邸の少し離れた庭の一角で向かい合っていた。透花のぎこちなかった態度も、蓮が穏やかに話しかけるうちに少しずつ柔らかくなっていった。


「透花って、本名じゃないんだろ?」


蓮が優しく問いかけると、透花は少し戸惑ったように視線を下げ、静かに頷いた。


「……はい。本当は“しおり”といいます。日本で……普通の高校生をしていました。それが、気づいたらこの世界にいて……。」


透花の声には不安が滲み、膝の上で組んだ手がぎゅっと力を込められているのが分かった。蓮はその様子に気づき、少し笑いながら言葉を続けた。


「そうか……俺も似たようなもんだよ。突然ここに放り込まれて、訳も分からないまま動いてるだけだ。透花……いや、しおりも、びっくりしただろ?」


その言葉に、透花は小さく頷きながらぽつりと呟いた。


「……本当に、怖かったんです。気づいたら見知らぬ場所で、何をすればいいのか分からなくて……。」


蓮はその言葉に少しだけ眉をひそめた。透花の不安定な姿が、自分の境遇とも重なり、胸が締め付けられるようだった。


「……お前が悪いわけじゃない。どっちにしても、俺たちにできるのは、ここでどうやって生きるかを探ることだけだろ。」


蓮の穏やかな声に、透花の表情が少しずつ和らいでいく。そして、透花は意を決したように口を開いた。


「……そうだ、蓮さん。この世界は……乙女ゲーム『花ノ契』と同じなんです。」


「そのゲーム、知ってるのか!?」


蓮は首を傾げる。透花は蓮を見つめながら続けた。


「はい。このゲームを何度もプレイしました。だから、この世界のことや登場人物のことも、ある程度は分かるんです。」


透花の言葉を受け止めながら、蓮は真剣に頷いた。


「つまり、お前はここにいる奴らのことを全部知ってるってことか?」


「そうです……。攻略キャラやイベント、全部覚えています。私の推しは頼光様なんですけど……。」


透花が少し申し訳なさそうに言葉を続けるのを見て、蓮は小さく頷いた。


「頼光な……いいじゃねぇか、推しがいるってことは。それで、俺のことはどう思ってたんだ?」


透花は一瞬ためらい、少しだけ視線をそらしながら答えた。


「……櫻華様はゲームの中では主人公のライバルでした。だから、正直なところ……最初は少し怖かったです。」


その言葉に、蓮は苦笑を浮かべながらも、柔らかい声で答えた。


「なるほどな。でも、俺はその櫻華蓮とは別人だ。ここにいるのは“俺”なんだ。だから、怖がらずに接してくれると助かる。」


蓮の穏やかな言葉に、透花の表情が少しずつ和らぎ、安心したように微笑んだ。その笑顔には、どこか温かさがにじんでいた。



透花は少し考え込んだ後、ふと顔を上げた。


「蓮様、この世界には転生者だけが使える特別な機能があるんです。“インベントリ”って言って……蓮様も使えるかもしれません。」


「インベントリ? なんだそりゃ。」


「心の中で“インベントリを開く”とイメージしてみてください。きっと、蓮さんの持ち物がすべて表示されるはずです。」


透花の言葉に少し戸惑いつつも、蓮は試してみることにした。目を閉じ、心の中で「インベントリを開く」と念じる。


すると、目の前に淡い光が広がり、小さな窓が現れた。その中には、リスト形式でアイテムが並んでいる。


「……本当に出た……。」


蓮は驚きながらリストを確認した。そこには、彼が転生前に持っていた荷物がそのまま収まっている。緊縛用の縄や衣装、スマホまでも――。


「……緊縛ショーで使ってた道具もそのままだな。」


蓮がぽつりと呟くと、透花は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに視線を逸らし、軽く咳払いした。


「そ、そうなんですね……でも、蓮様のお仕事のものなんですよね。すごいです……きっと何かに役立つかもしれません。」


透花が努めて平静を装う姿を見て、蓮は小さく笑った。


「まあ、使えるものは使うさ。」


蓮は画面を操作しながらふと目に留まった一つのアイテムに気づく。それは頼光を模した小さなぬいぐるみだった。


「……これ、みゆが押し付けてきた人形だ。」


ぬいぐるみを取り出した蓮を見て、透花は驚きと興奮を隠せなかった。


「頼光様のぬいぐるみ! それ、とても貴重なアイテムなんです!」


透花の熱心な様子に、蓮は苦笑しながらぬいぐるみを手に取った。


「……まあ、欲しいならあげるよ。俺が持ってても意味ないし。」


「本当にいいんですか?」


透花は信じられないような顔をしてぬいぐるみを見つめた。蓮は優しく微笑みながら差し出す。


「いいよ。お前の推しなんだろ? 大事にしろよ。」


その言葉に透花は目を潤ませながら深く頭を下げた。


「ありがとうございます……蓮さん。大切にします。」


その控えめで素直な姿に、蓮は微かに口元を緩めた。


「……まあ、役に立ててくれればいいさ。」


透花がぬいぐるみを抱きしめ、心から嬉しそうに微笑む姿を見て、蓮の胸に温かな感情が広がった。


(……案外、この世界でやっていけるのかもしれないな。)

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