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1-15 お見舞い

夜が静かに更ける中、蓮は布団に横たわりながら、葵がつきっきりで看病をしてくれる姿をぼんやりと見つめていた。葵は夜通し蓮の額に濡れた布を乗せ、優しい声で体調を気遣う。その丁寧さと穏やかさに、蓮は少しずつ心を開いていく自分を感じていた。


「櫻華様、少しだけお水を飲まれますか?」


葵は湯呑を蓮の口元に差し出し、そっと支える。その仕草にはためらいがなく、自然で、何よりも温かかった。


「……悪いな、葵。」


蓮は少し照れたように呟きながら、水を一口飲み込む。その冷たさが火照った体に心地よく染み渡る。


「お気になさらないでください。私は、櫻華様のお役に立てるのが何よりですから。」


葵の柔らかな微笑みに、蓮は何とも言えない安心感を覚える。神楽の厳しくも支配的な態度とは対照的な葵の振る舞いは、蓮の心に小さな隙間を作り出していた。



その時、襖の外から低く重い声が響いた。


「入るぞ。」


短いその一言の後、襖が開き、神楽が部屋の中に入ってきた。金色の瞳が蓮を鋭く見据え、その視線は部屋の空気を一変させる。


「神楽様。」


葵が柔らかく挨拶をすると、神楽は一瞬だけ視線を葵に向け、軽く頷いた。そして、すぐに蓮の傍に歩み寄る。


「蓮。体調はどうだ。」


「……まあ、だいぶマシになった。」


蓮は少し目をそらしながら答えた。神楽の存在感が部屋を支配する中、蓮の体温とは別の意味で緊張が高まる。


「葵がつきっきりで看病してくれたんだ。おかげで助かったよ。」


その何気ない感謝の言葉に、神楽の眉が僅かに動いた。その動きを見逃さなかった葵が、微笑みを浮かべながら席を立つ。


「では、私は少し外しておりますね。お二人でゆっくりお話しください。」


葵が静かに部屋を出ると、神楽は蓮を見下ろし、しばし無言で佇んでいた。その鋭い瞳に蓮がたじろぐと、神楽は口を開いた。


「葵のことがそんなに気に入ったのか?」


「……は?」


蓮は思わず目を見開く。その言葉に驚きを隠せなかった。


「いや、別に……葵が優しいから感謝してるだけだよ。なんでそんなこと聞くんだ?」


神楽は答えず、代わりに布団の端に腰を下ろした。その動きには普段の冷静さが滲んでいるが、どこか違和感があった。蓮はその様子に気づき、さらに問いかける。


「お前、もしかして……嫉妬してるのか?」


蓮の問いに、神楽の瞳が僅かに揺れた。しかし彼はすぐに表情を引き締め、低い声で否定する。


「馬鹿を言うな。ただ……お前が他の誰かを頼りにしすぎるのは、気に入らないだけだ。」


その言葉に込められた感情の揺れを感じ取り、蓮は思わず苦笑いを浮かべた。


「何それ……結局、嫉妬じゃねえか。」


蓮の言葉に神楽は一瞬だけ口を引き結んだが、すぐにため息をつくように言葉を続けた。


「お前は俺のサブだ。他の誰かに頼りすぎるのは、俺のドムとしての役目を否定することになる。」


その言葉の裏に隠れた感情を察し、蓮は少しだけ表情を和らげた。


「……お前、意外と不器用なんだな。」


蓮の何気ない言葉に、神楽の瞳が僅かに揺れた。その動揺を隠すように、神楽は立ち上がり、布団の端を整えた。


「しっかり休め。それ以上、俺を困らせるな。」


「お前が勝手に困ってるだけだろ。」


蓮が軽く笑いながら言い返すと、神楽はわずかに目を細めて蓮を見つめた。そして静かに部屋を出て行く。


神楽の背中を見送りながら、蓮は一人呟いた。


「……なんだよ、ほんとに面倒くさいやつだな。」


けれど、その声にはどこか安心感が混じっていた。

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