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1-13 お仕置き

邸に戻り、一息ついたと思った矢先、神楽が蓮の部屋を訪れた。襖を開け放ち、立ち尽くす彼の金色の瞳が蓮をじっと捉える。そして、静かで冷たい声が降り注いだ。


「仕置きが必要だな。」


突然の宣告に、蓮は思わず肩を跳ね上げた。


「し、仕置き!?なんだよ、それ……!俺が何をしたって言うんだ!?」


その声には、怯えと焦りが混じっている。神楽はその反応を冷静に見つめ、動揺をまるで楽しむように微かに口元を上げた。


「勝手に邸を抜け出し、俺の命令を無視した。それ以上に理由が必要か?」


「くっ……!」


心拍数が上がるのを感じながら、蓮はとっさに反抗するように声を張り上げた。


「痛いのは嫌だ!苦しいのも嫌だ!それに、お腹がすくやつも絶対に嫌だからな!」


必死の抵抗は神楽の耳に届いたのか、彼の片眉が上がり、冷たい威圧感の中にわずかな笑みが混じった。


「それじゃあ仕置きにならないだろう。」


その余裕に満ちた返答に、蓮はさらに身構える。


「……じゃあ、何をする気だよ。」


蓮の問いに、神楽は一歩近づき、その瞳を蓮に向けた。冷たさと威圧感に満ちたその視線が、蓮の反発心をさらに煽る。


「簡単だ。お前に、自分の行動がどれほどの影響を及ぼしたかを考える時間を与える。」


「考える時間……?」


「そこに座れ。何もせず、ただ夜明けまで自分がしたことを思い返せ。」


神楽が部屋の片隅を指差し、命じるように言った。その命令に、蓮は呆然とした表情を浮かべた。


「そんなの、仕置きでもなんでもないだろ!」


「お前が何も考えずに行動した結果、どれだけの人間が動いたか――それを理解しろ。」


冷徹な声とともに突きつけられた言葉に、蓮は言い返すことができず、ただ渋々と屏風の前に座り込んだ。



部屋が静まり返る中、蓮は膝を抱えて天井を見上げた。


(……仕置きだなんて言ってるけど、ただの反省会じゃねえか。)


そう思いながらも、神楽の言葉が頭から離れない。あの雨の中、わざわざ探しに来た神楽の姿がちらつく。


(……あいつ、本気で怒ってたのか?それとも……。)


疑問が胸をよぎり、無意識のうちに膝を抱きしめる手が強くなる。だが、何もない空間に放り出された孤独と静寂が、じわじわと蓮を追い詰め始めた。


(俺が逃げたことで、誰が何を感じたか……。)


最初は馬鹿馬鹿しいと思っていた言葉が、今になって重く響く。



時間がどれだけ経ったのか分からない。蓮の視界がぼんやりと滲み始めた。全身がだるく、頭がじんわりと熱を持っているのが分かる。


(……なんだこれ、しんどい……。)


やがて身体が言うことを聞かなくなり、膝を抱える力が抜けて床に崩れ落ちる。その瞬間、微かに冷たい空気を感じた。



神楽は襖の外に立ち、部屋の中の気配を探っていた。屏風の前でじっとしているはずの蓮の様子が気になり、眉間に皺を寄せる。


(こんな方法で意味があるのか……。)


蓮が反発してくるのは分かっている。それでも、彼に少しでも考えさせたかった。だが、不安が募り、神楽は意を決して襖を開けた。


「……蓮!」


目に飛び込んできたのは、屏風の前で崩れるように倒れている蓮の姿だった。神楽は一瞬で蓮の元に駆け寄り、その身体を抱き起こす。


「……熱があるのか。」


額に触れると、明らかに高熱だと分かった。


「……俺のせいか……。」


神楽は短く呟き、歯を食いしばった。



蓮を布団へと運び、神楽は侍女たちを呼び出す。部屋には葵が現れ、薬草の箱を手に蓮の状態を確認していく。


「高熱ですね。雨で冷えたのが原因でしょう。薬を飲めば、きっと回復されます。」


葵の柔らかな声が響き、神楽は微かに肩の力を抜いた。しかし、横たわる蓮の顔が蒼白で、無防備な姿が神楽の胸に刺さる。


(……こいつは、なんでこんなにも脆いんだ。)


神楽は無意識に蓮の髪を撫で、火照った肌の熱を感じ取った。その指先には微かな震えが残っている。


「……俺がもっと早く気付いていれば、こんなことにはならなかった。」


低く呟いた神楽の声に、葵は手を止め、そっと神楽に目を向けた。


「神楽様、あまりご自分を責めないでください。櫻華様も、きっとお気持ちは分かっておられるはずです。今は、この熱を下げることが最優先ですよ。」


葵の言葉はまるで静かな川の流れのようで、神楽の胸の中に少しだけ温かさを残した。


やがて、煎じた薬が完成すると、葵は湯気の立つ碗を持ち、そっと蓮の傍に膝をついた。眠っている蓮の額に優しく触れると、微笑みを浮かべる。


「櫻華様……お目覚めにはなれますか?」


その柔らかな呼びかけに、蓮は微かに眉を動かし、薄く目を開いた。まだ熱に浮かされているのか、焦点の合わない瞳で葵の顔を見上げる。


「そうです、そのまま。熱を下げるお薬を差し上げますね。少しだけお辛いかもしれませんが、頑張りましょう。」


葵は蓮の体を優しく支えながら、煎じた薬を唇に運ぶ。蓮は力なく眉を寄せるが、葵の言葉に従うように、ゆっくりと薬を飲み込んだ。


「えらいですね、櫻華様。これで少しずつ楽になられるはずです。」


葵の言葉に、蓮の表情がわずかに緩むのが見て取れた。その様子を見ながら、神楽は一歩後ろに下がり、複雑な思いで二人を見つめていた。


(今のあいつがあそこまで無防備な姿を見せるのは、俺にはない……。)


胸に込み上げる感情を抑えながら、神楽は静かに言葉を放った。


「葵、蓮のことを頼む。ただ、目が覚めたら俺に知らせろ。」


「かしこまりました。櫻華様のことは私にお任せください。」


葵は神楽の言葉に穏やかに頷き、再び蓮の髪を整えながら、微かな笑みを浮かべて蓮を見守り続けた。

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