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1-11 街での冒険

蓮は街を歩きながら、目に飛び込んでくる新鮮な光景に目を奪われていた。平安時代を彷彿とさせる街並みは、どこか現実離れしているのに、同時に懐かしい温かみを感じさせた。木造の家々が並び、通りには商人たちが露店を広げ、陶器や薬草、絹織物を売っている。行き交う人々の笑い声や談笑が、街全体を生き生きと彩っていた。


(本当に……こんな場所が現実にあるなんてな。)


蓮は感慨深く思いながら、ふと焼き団子を売る店の前で立ち止まった。香ばしい匂いが鼻をくすぐり、思わず食欲が湧く。


「……いい匂いだな。」


だが、蓮は自分が財布を持っていないことに気付き、軽く肩を落とした。そんな様子を見ていた商人風の男が声をかけてきた。


「若旦那、何かお探しかい?」


「ああ、いや……何でもない。」


そう答えながら再び歩き出す蓮。その姿を見て、商人は不思議そうに首をかしげていた。



蓮が街の奥へと進むにつれ、人通りが減り、静けさが増していく。視線の先に現れたのは、木桶で布を染める職人たちが忙しそうに働く姿。藍染めや紅花染めの美しい反物が軒先に吊るされ、風に揺れている。


(……懐かしい匂いだ。)


蓮は立ち止まり、職人の手さばきをじっと見つめた。その動きが、過去の記憶を呼び覚ます。椿の家もまた、染め物に囲まれた場所だった。蓮が孤独な少年だった頃、椿が彼を引き取ってくれたあの日のことが鮮明に蘇る。


椿が笑いながら、染めたばかりの布を広げて見せてくれた光景。蓮にとって、それは生まれて初めて感じた「安心」の記憶だった。


(……椿……。)


胸に広がる懐かしさと共に、蓮はどこか苦しさを覚えた。ここには椿はいないし、自分がその場所に戻れる保証もない。ただ、記憶の中で生きる椿の優しい声が、静かに耳元に響くような気がした。



蓮が再び歩き始めたその時、不意に背後から少年の声がかけられた。


「にいちゃん、どこから来たんだ?道に迷ったのか?」


振り返ると、小柄な少年が籠を抱えて立っていた。粗末な着物を纏い、日焼けした肌に明るい笑顔を浮かべている。蓮は少し戸惑いながらも、自然と声を返した。


「……俺か?」


「そうだよ、にいちゃんだよ。見かけない顔だからさ、どこから来たのかなって思って。」


少年の無邪気な質問に、蓮は一瞬返答を迷った。正直に答えるわけにはいかないが、完全に嘘をつくのも難しい。


「ちょっと遠くから来たんだ。初めてここを歩いてて、道に迷ったみたいだ。」


曖昧な返答をすると、少年は「そっか」と納得した様子で頷いた。


「都は広いからな。迷うのも無理ないよ。にいちゃんみたいな立派な着物の人が道に迷うのは珍しいけど。」


少年の素直な言葉に、蓮は苦笑を漏らした。確かに久遠が用意してくれた着物は、この街に溶け込むには少し豪華すぎた。


「そうかもしれないな。でも、この街にはどこか懐かしさを感じるんだ。」


蓮がそう言うと、少年は少し目を輝かせた。


「懐かしいってことは、にいちゃんもこんな街に住んでたことがあるのか?」


「……まあ、そんなところだ。」


蓮は曖昧に答えながら、少年の好奇心旺盛な瞳を避けた。自分の過去を説明するつもりはないが、少年の純粋な問いかけがどこか心に響いた。


「もし困ったことがあったら、この辺の人たちに聞くといいよ。都の人たちは親切だからさ。あ、俺はこれから手伝いがあるから、またな!」


少年はそう言って籠を抱え直し、小走りで通りの向こうへと消えていった。その後ろ姿を見送る蓮は、胸の中に広がる温かさを感じていた。


(……こんな風に無邪気に話しかけられるの、久しぶりな気がするな。)


少年との短いやり取りで、蓮の心は少しだけ軽くなった。そして、再び歩き始める蓮の足取りには、わずかに迷いが薄れていた。

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