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1-9 閉ざされた屋敷からの逃亡

蓮は目を覚ますと、異様な静けさに気がついた。いつもなら聞こえるはずの侍女たちの足音や廊下を行き交う見張りの気配が一切なく、外の空気は張り詰めたように冷たい。屋敷全体が不気味な沈黙に包まれていた。


(……どうしてこんなに静かなんだ?)


蓮は布団からゆっくり身を起こし、辺りを見回した。外はまだ薄明るく、障子越しの光が淡く部屋を照らしている。それでもいつもならもっと人の気配があるはずだった。胸の中に不安が広がりつつも、同時に心の奥で何かがざわつく。


(この静けさ……何かが起きてるのか?それとも……。)


蓮は一瞬迷ったが、すぐに決心した。この機会を逃せば、次がいつ来るか分からない。着物の裾を整え、襖をそっと開けると、廊下に足を踏み出した。周囲には誰の気配もない。


(これは……チャンスかもしれない。)


緊張に胸を高鳴らせながら、蓮は廊下を慎重に進んでいった。



廊下は広く、左右対称の作りがどこまでも続いている。屏風に描かれた雅やかな絵、柱の配置、そのすべてが蓮の視界を惑わせる。屋敷内を出るには、裏口を探す必要があった。


(裏口……どこだ?)


ふと、頭の中に「櫻華蓮」としての記憶が蘇った。かつて何度も屋敷から逃げようとした記憶――成功することはなかったが、その時見た光景や裏口の位置が、断片的に浮かび上がる。


(あの場所なら……。)


蓮はその記憶を頼りに、曲がりくねった廊下を進む。だがその途中、背後からかすかな足音が聞こえてきた。全身が硬直し、反射的に近くの柱の影に身を潜める。


足音は次第に近づき、数メートル手前で止まった。息を殺しながら蓮は祈るような気持ちで耳を澄ます。


「……気のせいか。」


低い声とともに足音が遠ざかる。蓮は静かに影から顔を出し、再び歩き始めた。胸の鼓動が速まり、息を整えるのも一苦労だった。



やがて蓮は、記憶の中の裏口にたどり着いた。簡素な木製の門は装飾も少なく、屋敷の華やかさからは浮いている。だが、それが「外」への出口であることを蓮は確信していた。


「ここだ……間違いない。」


周囲に見張りがいないことを確認し、蓮は門に手をかける。重たくきしむ音が響くと、冷たい風が門の向こうから流れ込んできた。その瞬間、蓮の胸に自由の予感が広がる。


門を抜けた先に広がるのは、初めて目にする街の景色だった。木造の家々が立ち並び、通りには行き交う商人たちの声が響いている。腰に刀を差した侍や、軒先で談笑する女性たち――すべてが、蓮の知る現実とは異なる世界の一部だった。


(ここが、この世界の……街か。)


蓮は呆然とその光景を見つめた。だがすぐに周囲の視線に気づき、俯きながら歩き出す。豪華な着物を纏った自分の姿は目立っていた。


(まずいな……目立ちすぎる。)


視線を避けるように通りを進む蓮の胸には、自由への期待と、この世界で生き抜くための不安が入り混じっていた。だが、屋敷を出た以上、もう後戻りすることはできない。


蓮は決意を新たに、足を止めることなく前へ進んでいった。

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