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第7話「届け物」

 医療魔法の専門家、それがキリウだ。決して外見的な傷を癒すだけでなく、精神でさえも蝕む邪悪を取り除くことが出来る。一歩間違えば、かなり危険な魔法だ。他人を操ったりするのも難しくなかった。


 ゆえに彼女は弟子を取らない。必要があるのなら自分を訪ねればいい。そういう考え方で、周囲からは浮いているところもあった。開拓した技術の独占だと叩かれた時期もあり、彼女の本質を知る人物は数が少ない。


「勇気が出る魔法……ありがとう」


 キリウはひらひらと手を振って目を合わせない。少し耳が赤い。


「どういたしまして。ああ、そうだ。マリー、お前は残れ」


「ええっ? わたくしにまた仕事を押し付けるんですの?」


「書類をヘカテーに届けてほしい。私はここの掃除をせねばならん」


 はあ、と頭を抱えて落ち込む。部屋の掃除はキリウにとって最も嫌いな仕事のひとつだ。とはいえ代理で片付けてくれる者もおらず、恩着せがましくエデルに任せようとも思わなかった。あくまで自分のけじめとしてやる事だ、と。


「仕方ありませんわねえ。書類はエデルに任せていいかしら」


「あ、うん。大丈夫だよ、私が届けよう。……あれ?」


「なんですの、そのエルダー・キリウのような話し方は」


 喉を押さえて、んんっ、と違和感に顔をしかめた。


「安心したまえ。私の創った魔法だから多少の影響は出る事は想定済みだ。じきに慣れる。それに、凛々しい言葉遣いだとは思わんか」


 くっくっ、と面白がっているのを見てマリーが「戻してあげてくださいな」と怒ったが、エデルはちっとも気にしていない様子だったので、拒否したキリウにそれ以上何かを口答えしたりはせず、「……掃除、しますわよ」と肩を叩く。


「くあ~っ、めんどくさい! しかしやらねばならん! 誰か一瞬で部屋がきれいになる魔法を考えてくれはせんものか。簡単だろう!?」


 頭をがしがしと掻きながら、健気に足の角を焦げさせた机の中から薄めの書類の束を出して、エデルに「お前はこれを頼む」と不満げな表情のまま渡す。


 書類には付箋が貼ってあり、『ヘカテー・フリッグ』と書かれてあった。エデルはそれが『第三の賢者』の名前だと分かる。


 掃除も始まって慌ただしくなり、エデルは「届けてきます」と部屋をあとにした。ひとまず下の階へ降りなくては、と石板のパネルに乗り込む。──のだが、動かし方が分からない。迷っていると、勝手にパネルが降り始めた。


 数階降りたところで、リンハルトがきょとんとした顔で彼女を見た。


「おや? どこにいたんだい、君?」


「えっと……キリウさんのところだよ」


「そう。なんだかハッキリ話すようになったね」


 ぽん、と優しく頭を撫でて一緒にパネルに乗った。


「どこか行きたい階はあるかな? その書類は?」


「キリウさんからヘカテーさんへ届けるように言われて」


「ああ、なるほどね。僕もちょうど執務室へ帰る途中でさ」


 足でこつんとパネルを踏むと、また淡く輝いて昇っていく。


「このパネル、ただ蹴ったり踏むだけじゃなくて、きちんと魔力を注いであげないと動かないんだ。君はまだ慣れてないから動かせなかったんだね」


「すまない、ケリドさんから魔力の使い方は聞いてたのに」


 リンハルトがぷっ、と笑った。


「まるでキリウみたいな話し方だ。魔法でも掛けてもらった?」


「あ……」


 こくっと頷いて、少し恥ずかしそうに俯く。上手く話せなかったので手助けをしてもらった事を伝えると、リンハルトは嬉しそうにうんうん聞いた。


「良い事だよ。君は見た目も中性的だし、キリウと同じで凛々しい声をしているから、別に違和感なく耳に入って来る。いきなりだったから、ちょっと笑ったけど」


 ぱちんと指を鳴らすと彼の手には金色の林檎が握られた。


「はい、これ。魔塔の中階層で果物とか野菜を栽培しててね。なんでも、一個で一日に必要な栄養素を全て補えるようにする研究なんだとか。ヘカテーは研究室から殆ど出てこないから食事もあまりしないし、届けてあげてよ」


 書類に林檎に、両手に抱える届け物。途中で止まり、エデルは先に降りてリンハルトが上階へ行くのを見送ってから、ヘカテーの部屋の扉を叩く。


 中から『入れ』と声が響き、ゆっくり扉を開けた。部屋の中は薄暗く、色鮮やかな大きめの魚が、大きな水槽の中を泳ぐのを、ひとりの魔導師が眺めている。烏羽色に金縁のローブ。最高位、ヘカテー・フリッグ。素顔を見せようとせず、被り込んだフードから紫苑色の髪が覗き、優しそうな口もとだけが彼女を微笑んで迎えた。


「儂のところへ来たと言う事はキリウの書類が届いたんじゃな」


「ええ、こっちはキリウさんから、それと林檎はリンハルトさんが」


「……? ふうむ、ぬしはよもや魔塔に入って日が浅いのか」


 書類を受け取り、自分の机に置いてから、彼女の手にあった林檎をもらってひと口齧る。少し戸惑うエデルを指差して、もぐもぐ食べながら。


「普通、敬称には階級(クラス)名をつけて呼ぶものじゃ。儂ならば『エルダー・ヘカテー』とな。ま、他の連中が教えなかったのなら気に病む必要はないがのう」


「すまな……こほん。すみません、気を付けます」


 くすくす笑ってヘカテーは手を振った。


「構わぬ。儂も同じように呼んでもらっていい。普通はそう呼ぶというだけで、実は規則にないんじゃ。誰ぞがキリウをそう呼んでから定着してしもうてのう。親しみを持った呼び方をしてもらえるのは悪くない気分になるわい」


 かみ砕いた林檎を呑み込み、んぐっ、と咳を押し込んで。


「では、例に倣って自己紹介とでも行こうかのう。──儂の名はヘカテー・フリッグ。第三の賢者の名を持つ、防御魔法の専門家である」

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