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第9話「課外授業」



────エデルは多くの魔導師から歓迎を受けた。才能があって魔塔へやってきたのもそうだが、なにより彼女は人柄が良かった。分け隔てなく優しく、自分が与えられなかった愛情を他人に与えられる。それが彼女の性格だった。


 魔塔にはすぐ馴染んだ。自分の部屋で研究も始めた。といっても、ケリドがこれまで積み上げてきた研究の成果に目を通すのが半日で、数時間は魔力を操る自主訓練だ。ときどきマリーが部屋にやってきて、魔力の操り方を丁寧に教えてくれる。


 一ヶ月が経つ頃にはエデルも、中位(ミドル)に並ぶ実力になっていた。


「……あの、なんでしょう、これは」


 ケリドの研究室で見せられたのは一枚の案内書だ。『課外授業のご案内』とでかでか記載されており、ケリドもニコニコしながら「見て分かんねえか?」と、きっとエデルが喜んでくれるに違いないと準備して待っていた。


「コイツは中位(ミドル)以下の二十歳未満のガキ共に配ってんだ。あいつら、魔塔に入ってから二年は外に出る機会がないからよ。たまには羽を伸ばしてもらおうって催しさ。場所としちゃあ、いささか危険も伴うが、魔導師には当たり前だ。引率には最高位(エルダー)が二人と高位(オーダー)が四人つくし問題もねえ」


 手の上でくるっとペンを回して差し出す。


「そいつは参加申請書にもなってんだ。オレが引率だから、マリーやフランにも同行許可が出てる。もちろん、お前にも。たまには休めよ。頭スッキリするぜ」


 当然、エデルはすぐにペンを受け取って署名した。まだ魔塔でやるべき事も多いが、彼女は元々、外を歩くのが好きだ。肌を撫でる風の優しさや、石や土を踏んだときの力強さ。……それから、人々の喧騒が好きだった。少し前までは。


「何があったかまでは聞きやしねえけど、そんなに暗い顔すんなって。お前が思ってるより、ここは良い所さ……あー、多分な。だから泣かずに笑おうぜ」


「……はい、ケリドさん。楽しんでも、いいですよね」


 今日まで誰を信じていいかも分からなかった。外見的には慎ましく穏やかに振舞っていても、心の中ではまた誰かに傷付けられるのではないかと恐れていた。そうでないと分かっていても信じられなかった。これは夢なのではないか、と。


「おう、そうさ。もし何かあったらオレの名前を叫びな。どんなときだって、必ず助けてやるよ。この大賢者、ケリド・エゼルレッドが約束する」


 差し出された小指を優しく握り返し、指切りをして笑い合う。


「よしっ。じゃあ約束もしたところで、こいつは預かっておくぜ。二時間後に出発だから用意しとけよ、着替えはいらねえけど、弁当は要るからよ」


「えっ!? に、二時間後ですか!?」


 肩をバシッと叩いてケリドは部屋を出て行こうとしながら。


「ウチじゃそれが普通なんだよ、決して忘れてたわけじゃねえぞ」


 絶対に忘れてただろうと言いたくなったが、呑み込んだ。


 部屋に残されたエデルは、そっと机に手を置いて息を吐く。こんなにも穏やかな日々が嘘ではないのだと噛み締めると、笑みがこぼれた。


 今にも割れそうな板のベッドで硬い毛布に包まって眠る事もない。足りない食事でお腹いっぱいだと気遣う事もない。優しい人たちに囲まれて、温かい言葉で迎えられるのが当たり前。怖い顔をした男たちに殴られなくて済む。運が良かっただけと言われればそうだとしても、魔塔に来てよかったと心から思えた。


「あの……何を浸ってるのか知らないけど、エルダー・ケリドは?」


 扉から不機嫌そうな顔をしたフランが覗く。


「うわっ。えっと、ケリドさんならさっき出ていったよ」


「アタシは亡霊か何か? もっと良い反応あるでしょ、ほんとムカつく奴ね」


「ご、ごめん……。あの、それは何?」


 彼女が両手いっぱいに抱えるのは石ころだ。きらきら光っている。


「魔石よ。これに魔力を蓄えておくの。講義とか実践で使うんだって、中位以下の魔導師でも上位の魔法が使えるようにするための貴重品。ま、あんたみたいな天才には、な~んの用事もない品かもしれないけどね? は~羨まし~!」


 明らかな敵意を向けてフランは部屋を出ていった。そんな事にもエデルは『何か怒らせるような事を言っただろうか』と、不安になる。ただの嫉妬から来る言葉でしかないとしても、ケリドの生徒である彼女がそんな人間ではないと思っていたから。


「あっ、そうだ。はやく出発の準備しとかないと」


 たった二時間。ゆっくりしている暇はない。自室にはキッチンがあるわけでもなく、どうやって弁当を用意するのか? と考えてから、思い立って食堂へ行ってみる。彼女以外にも、大勢の生徒たちが注文していたのか受け取りにやってきていた。


「うわあ……多いなあ……」


「あら、エデル。どうされましたの?」


 大きな紙袋を抱えているマリーが、美味しそうな匂いを漂わせた。


「お弁当を頼めるかなって……」


「そうでしたのね。でしたらちょうど良かったですわ」


 マリーはニコニコしながら紙袋の中身をエデルに見せる。


「実は注文しすぎましたの。御裾分け、如何(いかが)です?」

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