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ヴァンパイア・ヴァケーション!3

「おお、ようやくじゃ」

 ジョーゼフの声がそう言った。

「みな、あれを見よ。あの天を――」

 一族は一斉に空と海の方、曽祖父の示した先を見やる。ビーチに感嘆の声が漏れた。

 そう言えば、どうしてこの日だったのだろう。集まりの日時を言い渡された時に抱いたその疑問の答えが今、ユージーンは分かった。

 厚い入道雲の切れ目から現れたのは、白く丸く輝く満月だった。真夏の夜の空気の中、それはいつもよりも一段と明るく輝いている。それは、まるで――。

「ああ、やっぱり、ビーチでさんさんと浴びる光は、とってもとっても、良いものねぇ」

 曾祖母ブリジットの声が、しみじみと言う。ジョーゼフはその肩にそっと手を置いた。

「これを見せたかったんじゃ、一族のみなに、いや、他ならぬ君に。べディ」

 邪魔はできないなと、木箱を担ぎ直してユージーンは踵を返す。すると振り向いた目の前に妻アナベラがしかめ面をして立っていた。ユージーンは面食らって口を開く。

「あーー……、アイスは、いかがかな?」

「何か夏らしいものを、と言うことなのだけど……」

 そう言ってアナベラは手を差し出した。ユージーンはそれを見る。手の上にあったのは、貝細工の髪留め。ユージーンは弾かれたようにバッと頭を上げ、妻の顔を見た。

 依然として変わらないしかめ面。だが、天から差す明かりに照らされて、その蝋のように白い頬がわずかに染まっているのが分かった。アナベラは目を伏せたまま言った。

「こちら、着けてくださる?」

 アナベラの結った髪に、そっと優しく貝細工を留める。そうしてゆっくりと目を上げた妻のその瞳を見る。明るい青色の瞳。天からの光が照らすところの海と空の色。あの、夏の日の色……。

「君が私の太陽だ」

 思わずそう口を突いて出たユージーンの言葉に、アナベラはクスッと笑った。

「それ、ヴァンパイアとしては毒じゃあありませんか」

 そう言った後ではたとしてまた顔をしかめ、口を開く。

「……まさか本当に、その意味でおっしゃっているのではないでしょうね?」

 その牙の覗く口元を、ユージーンは、同じく牙の生えた口で塞いだ。牙のなかった頃と同じように、そっと優しく。

 

 切り立った崖、穏やかな波、天に浮かぶ月。ウクレレの音色、子供達の歓声、一族の談笑。その中でアイスを食べながらゆったりと砂浜に腰を下ろしている。傍らには妻が。

 ヴァケーションだ。ユージーンはそう思った。

 貴族間の覇権争いに明け暮れた過去も、吸血鬼狩りの鎚から逃げ隠れた日々も、もはや遥か遠くに去ったもの。今はこうして穏やかな日々を楽しむ。そう、この時はまさに、ヴァケーションなのだ――。

 時が流れていく。ゆるやかに揺蕩うように、そして同時に、駆け足のようにせわしなく。

 ユージーンはふっと顔を上げ、軽く開いたその口から、静かな声を漏らした。

「ああ、夏。なんと素晴らしき、短い夜か! 永遠なれ、永遠なれ、この夜よ――」



[End]

――本日二〇二二年八月十二日。

  今日この日はまさに満月の夜。

  もしかしたら、どこかのビーチで彼らが――

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