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04.太めの魔女

フトッテル王国の社交界に15年間君臨してきた美の女帝クッテネル・デヴ・ピザスキーの現在の身分は、ピザスキー男爵の未亡人であった。

クッテネルは貧しい身分に生まれた女だったが、スシクウ侯爵の養女、実際のところは若い愛人として身分を買い上げられて少女時代を過ごした。


痩せた貧しい少女だったクッテネルだったが顔立ちは美しく、美学者で目利きだったスシクウ侯爵は、

「この少女は肥えれば光る原石だ」

と、クッテネルに目をつけた。博打好きだったクッテネルの父親に金貸しを通じて莫大な借金を背負わせ、借金のカタに娘の身柄を買い上げることに成功したという成り行きである。


ことの経緯がどうであれクッテネルは太ることができ、自分が貴族令嬢として社交界にデビューできたという事を神に感謝した。

スシクウ侯爵は、暴力的だった実の父親よりも格段にクッテネルのことを大切にしてくれたし、宝物のようにクッテネルを愛でるだけで、あちらのほうはあまり要求してこなかった。


そしてクッテネルは侯爵の養女として、ピザスキー男爵のもとに嫁ぐことになった。

ピザスキー男爵は侯爵の息がかかった人物で、言ってみれば愛人の払い下げに近いものだったが。

ところが、男爵はやがて病で亡くなってしまい、クッテネルは未亡人となった。

男爵の遺言により財産を受け継いだクッテネルは自由気ままに過ごしていたが、いつのころからかピザスキー男爵夫人ではなく、デヴ夫人という呼ばれ方をするようになっていた。

デヴはピザスキー領地の飛び領地であり、結婚当初からクッテネルの個人所領として与えられていた土地でもあった。


それはさておき、15年間の社交界生活の中で、その美しさとふくよかさ、機転から人々のあこがれの的となっていたクッテネルには言い寄る男もたくさんいて、その中の少なくない人数とクッテネルは遊んでやった。

クッテネルを「お姉さま」と慕う若い淑女たちとも、ときどきは。


クッテネルはこの王国社交界に開いた毒々しい大輪の花であり、その地位は今後もずっと安泰だと思われていた。

少なくとも、メタボリカ・マンマールが社交界に現れるまでは。


みずみずしく美しいメタボリカは、まだ十代後半の若さにもかかわらず、中年女のような円熟した肉体を持っていた。

零れ落ちんばかりの贅肉に人々は目を奪われた。その重たげな肉の塊を腕に抱くことを想像して、男たちは密かに心の芯を熱くした。


メタボリカが初めてパーティ会場に姿を現した日のことをクッテネルは明確に記憶していた。

鎖骨が肉に埋まっている者だけが自信をもって身に着けられる、胸元まで肩の開いた白のドレスを着ていた。

後に聞いたところによるとそれは自分自身でデザインしたものだったといい、クッテネルはそのことにも驚いた。

明るい金髪に可愛らしい顔立ちで、その肉体は今後より豊かに肥えていくであろうと想像された。

男たちの視線を釘付けにする、鮮烈な社交界デビューであった。


(この私を脇役にしてしまうような美少女など、断じて許せない)


クッテネルはスシクウ侯爵の元で様々な教養の研鑽に励むうちに、薬学の知識も身に着けるようになっていた。

社交界で人の心を引き付けるには話術、特に人の話をどんな内容でも面白がって聞く能力が必要となる。

それがスシクウ侯爵の持論だったため、クッテネルは非常に博学であった。

そんな中でも、クッテネルは薬学、特に毒薬の知識に強い興味を抱いていた。


クッテネルは侯爵家から持ち出していた薬学の分厚い本をひもといて、メタボリカを毒殺する薬を作ろうかと思いついた。

しかし、殺人となると犯行がバレたときに自分が死刑になってしまう。

それならば、死よりも苦しい人生が待っているように、痩せて体が戻らなくなる薬はどうだろうか?


あの美しく豊満な肉体が見る影もなくやせ細り、醜くなってしまうことを想像してクッテネルは一人で哄笑した。

そして、研究の末その毒を開発し、男爵家の侍女を使って実験して成果を確信した。

そのやせ薬こそ、メタボリカを急激に痩せさせてしまった毒薬であった。


******

「言う事はそれだけか?」

暗く冷たい地下室の中で、冷酷な声がクッテネルの頭上に響いた。

「……話せることは以上よ」


どこなのか分からない石造りの地下牢には、斜め上に空いた明り取りの小窓からわずかに地上の光が入ってきている。

手足に鉄の枷をはめられ、この地下室に幽閉されたクッテネルは厳しい尋問と拷問を受けて、その仮面の男にすべてを白状した。

「私を殺すの? あなたはマンマール伯爵家の手のもの?」

「それは想像に任せる。お前はある日突然行方不明になった」

細身の男は太い声で言った。牢屋の中に男の声が小さく反響した。


「お前を殺したところで利益は無いが、王国にのさばられても困る。お前を異国に追放する。そこで生きながらえるが良かろう。もっとも、お前の魅力が異国でどこまで通用するかは分からんがな。肥えた女を好まないという国も多いのだ」

「追放!! それならばいっそ殺して!」

「残念だが、お前のために手を汚すほどお前に対しての情けは無い。断っておくが、我々結社はお前がひそかにフトッテル王国に戻ってきてもまた捉えてお前を追放するぞ」

「……」

クッテネルは絶望的な表情で沈黙した。


「追放先で少しでも生きながらえるように少しのたくわえを持たせてやろう。その代わり、お前が開発したやせ薬のレシピを我々に公開してもらう」

「あなたたちは一体何者なの? 結社ってなんなの?」

「余計なことは詮索するな。王国の経済を陰で支えている組織とだけ覚えておけ。お前の開発したやせ薬の成分を薄めてこの国で販売する。我々はそれでまた、少し組織を強力にすることができる」

背が高く痩せた仮面の男は、低い声で笑った。


********

「キレール、どうだ、この筋肉?」

「切れてます、切れてます!」

「本当か? このポージングは社交界ではやるだろうか?」

「良いかと思われます。ポヨン様、お茶になさいますか?」

「待ってくれ、そろそろメタボリカが来る頃だ」


お茶の時間になったころ、馬に乗って颯爽とメタボリカがやってきた。

やせっぽっちだった肉体にはほどよく筋肉が付き、衣装も動きやすい新鮮なデザインのものを着用している。

「また新しい服を考えたのかい? これは流行るかもしれないね」

「そうでしょうポヨン様。女がズボンをはくのもいいと思って」


ポヨンとメタボリカが歓談する横で、執事のキレールはそれをニコニコと見ていた。

デヴ夫人と呼ばれたクッテネルを捕らえて拷問し、秘密を暴いて国外に追放した仮面の男の正体こそキレールであった。

彼は王国を陰から支配する秘密結社インボウロンの一員である。

プニポヨ伯爵家に仕える一方で、彼はその結社にも忠誠を尽くしているのだったが、その話はいずれどこかで語られるかもしれない。


ポヨンとメタボリカは婚約破棄を破棄した。

そして、今は再び婚約者同士として、この王国に新たな美しさの価値基準を作ろうと動いている。

その過程で、キレールが属する結社もかなり儲けさせてもらった。ひとまずはこれでいい、とキレールは思う。

主人とその婚約者の戯れを見ながら、キレールは満足げにうなずいていた。


<完>

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