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03.筋肉の告白

プニポヨ辺境伯が錯乱したという噂はマンマール伯爵家にも伝わったらしく、ところどころ涙で文字がにじんだ手紙がポヨンのところに届いた。

差出人はもちろんマンマール伯の長女メタボリカである。一年前までポヨンの婚約者だった淑女だった。


「お手紙にはなんと?」

執事のキレールが遠慮がちにたずねてきたのへ、ポヨンは言った。

「痩せるなどと言う馬鹿なことはやめて、また丸くなってくれと。そして誰か良い貴族令嬢と結婚して幸せになって欲しいとあった」

ポヨンは昼食を済ませると、マンマール伯爵家を来訪することを決めた。


馬に乗って伯爵家を訪れると、来訪を告げられて出迎えたマンマール伯夫妻は驚きの目でポヨンを見つめた。

「おお、ポヨン様……」

「なんと申し上げたらいいのか。娘が無礼を働いたばかりに、そのようになられたのですか」

「私のことはお気になさらず。メタボリカに会いたいのです。会って話をさせていただけませんか?」

「娘はこのところずっと部屋の中に引きこもっています。ポヨン様が、その……お変わりになられたということがショックだったようで」

「お願いします。メタボリカの部屋に案内してください」


ポヨンは強引に言った。メタボリカの侍女がポヨンを彼女の自室に案内し、中のメタボリカに声をかけた後、ポヨンに頭を下げて立ち去った。

「メタボリカ! 私だ、開けてくれ。頼む!」

「ポヨン様……」

部屋をバタバタと片づける気配がした後、メタボリカがゆっくりとドアを開けた。

そして、ポヨンの姿を見るなり驚きに体を硬直させた。

「!! ポヨン様……変わり果てたお姿に」

「失礼するよ、メタボリカ」


ポヨンはメタボリカの部屋に入るなり、唐突に上衣を脱ぎ捨てた。そして、下に着ていたシャツまで脱ぎはじめた。

「! なにをなさるのですポヨン様っ! ひ、ひとを呼びますよっ!」

「呼んでもらっても構わないっ! 私にやましいところは無いっ!」

ポヨンは力強く断言した。そして、裸になった上半身をメタボリカの前にさらし、鍛え上げられた筋肉をその目にさらした。

メタボリカは両手で顔を覆ったが、その指の隙間から思わずポヨンの新たな肉体を見つめずにはいられなかった。


「私は社交界に、いや、この王国に新たな美の基準を作りたい。そのために私は肥満を捨てた。そして新たに得たのがこの筋肉だ!」

「ポ、ポヨン様……。おやめになって。は、はずかしいです」

「そう言いながらも思わず見てしまうだろう? 筋肉が恥ずかしいなど、いったい誰が言ったのか。神が作りたもうたこの肉体の機能美をたたえよメタボリカ! 肥満な肉体が美しいという基準を私は過去のものにする! メタボリカ、君も一緒に筋肉を鍛えないか?」

「筋肉を、鍛えるっ!?」

良家の子女であるメタボリカにとって、それは考えたこともないことのようだった。

「そんな卑猥なっ……!」

「卑猥ではないっ!!」

弱々しく抗議したメタボリカに向かって、ポヨンは力強く言い放った。


「時代は移り変わる。王国だってきっと永遠でない。命もいつかは尽きる。財産は使えば失われ、人の心だって時と共に変わるかもしれない……」

ポヨンの述懐に、メタボリカは何の話なのか、という顔をして見せた。

「だが」

ポヨンはメタボリカに向かってびしぃっと人差し指を突き付けた。

「筋肉は! 筋肉だけは自分を裏切らないっ!」

「!!」

メタボリカは雷に打たれた人のようにその場で大きく震えた。


「メタボリカ。僕は最初君の愛を取り戻すために、自分自身も痩せようと考えていた。そして、痩せた人のほうが美しいというように社交界の美的センスを上書きしようと考えていた。しかし、僕自身は痩せることに向かなかった。代わりにたどり着いたのが筋肉への道だった」

「ポヨン様……」

メタボリカはうっすらと涙ぐんでいた。

「僕は今でも君を愛している。そして同時に、筋肉への道に気づかせてくれた君に感謝しているんだ」

ポヨンは筋肉の鍛え上げられたその身体で、痩せたメタボリカの身体をがっしりと抱きしめた。

「メタボリカ、僕と一緒に来いっ! 美食にまみれて堕落し、腐敗したこの国の美的センスを根底から覆し、鍛え上げられた筋肉こそが美しいという新たな時代を僕と一緒に作ってくれないか?」

「わ、私は……」

メタボリカは抱き寄せられた腕から逃れようか、それともその裸の胸に身を委ねようか迷っているように、ためらいがちに言った。

ポヨンはメタボリカを抱く腕に、さらにほんの少しだけ力をくわえた。


「ポヨン様がこんなに強引なお人だとは知らなかったわ……」

やがてメタボリカは諦めたようにため息をついて言った。

「美しさを失ってやせっぽっちになった私でもいいとおっしゃるの? あなたが望むならどのようにふくよかな美女でもきっとその腕に抱けたでしょうに」

「どのようにふくよかな美女だろうと関係ない。私は君がいいんだメタボリカ。君でなくてはダメなんだ」

「私に筋肉などつくかしら?」

「別にムキムキになる必要はないさ」

ポヨンは笑いながら、メタボリカの両肩に力強く手を置いた。

それから、再び彼女を固く抱きしめた。


そしてポヨンとメタボリカは競い合うように身体を鍛錬して、その身に新たな筋肉をつけていった。

マンマール伯爵夫妻はメタボリカが筋肉をつけると言い出した途端気を失わんばかりに驚いたが、プニポヨ辺境伯の変わらぬ愛情には感謝の念を抱いたらしい。

もともとメタボリカが婚約破棄を言い出したときには、伯爵家がどうなろうとも娘を守りたいと思ったほど、娘を溺愛していた夫婦である。メタボリカが新たな幸せの形を探すというのなら、それが王国の常識とは違っていてもそれを応援すると言ってくれた。


身体を鍛える一方で、ポヨンとメタボリカは新時代を切り開く斬新なスタイルの衣服をデザインしていた。メタボリカには絵を描く才能があったのだが、それは衣服のデザインにも生かされることになった。

それはやがて王国社交界に衝撃を持って迎えられ、人々の美意識を根底からくつがえすきっかけとなったのである。

ポヨンとメタボリカは徐々に支持派を増やし、やがてフトッテル王国の社交界においては、人々がこぞって筋肉美を競うようになった。


かくしてポヨンとメタボリカの物語はいったん幕を閉じるのである。

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