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「はは、いきなりデレたね。」
「…」
黙っている私に浅葱君はさらに尋ねる。
「紅林さんって何で探偵が好きなの?」
思いがけない質問に、思わず返答に困る。
「何で、か…」
浅葱君は目を細め私の回答を待っている。
「何でだろうなぁ。」
言いたくないわけではない。ただ、うまく話がまとまらないのだ。
「浅葱君は何で文豪の本が好きなの?」
うまく答えられなくて、話を逸らしてしまった。
「あはは。長くなるからいいよ。」
浅葱君は笑う。
「聞かせてくれ。」
私が言うと、浅葱君の眉尻が下がった。
「うーん、じゃあ。」
それからこほんと咳払いをした。
「うん。」
「僕は体が弱くて、あまり外に出られないから、いつも一人だったんだ。」
「今でも肌が真っ白だもんな。」
浅葱君は透き通るような白い肌をしている。(実際、透き通っているのだが。)
「うん。色白美人でしょ。」
何も気にしていないと言う風に自分を指差してそう言った。
「まぁ、色白だし、綺麗な顔はしている。」
「えへへ。」
照れたように笑ったが、全く表情は変わらない。
「それで?」
「あ、ごめんね。えっとそれでね、部屋にある児童書はほとんど読んじゃって。でもまだまだ時間があった。仕方なくお父さんの書斎の泉鏡花の外科室を読んだんだ。」
「おお!外科室。あれは夫人が麻酔をしたがらない謎を明かす点で、探偵小説に通じるものがあるからね。わたしも読んだよ。」
好きな本のタイトルが出たので思わず口を挟んでしまった。
「さすが紅林さんだね。読んだらわかると思うけど、短い話だから1時間も有れば楽々読めちゃう文量なんだよね。」
浅葱君は話の腰をおられても特に気にするようすはない。
「ああ。短い映画にもなっているぐらいだしな。」
「そうそう。後で映画をみたらイメージが違って驚いたよ。って、あ!!また脱線しちゃった。」
「あぁ、すまない。余計な口を挟んだね。」
「ううん。まつりちゃん相手だと楽しくてついつい脱線しちゃうんだよね。」
「ふふん。」
私も褒められてもなんでもないというように、笑ってみたが、浅葱君のようには出来なかった。そんな私に浅葱君は微笑みを向けた。
「でね、当時の僕は、書いてあることを全然理解できなくて。だけど言葉の美しさはわかった。こんな綺麗な言葉選びができる人がいるんだなぁって驚いて、書いてある内容もきっと美しいに違いないって思ったんだ。だから、理解したくて色んな本を読んでみて、気づいたらどっぷりハマっちゃってたんだ。」
私も、泉鏡花の飄々として掴みどころがない煙のような文は、幻みたいに美しいと思う。
「へー。素敵だな。」
「泉鏡花の忍ぶ恋が美しいっていう思想も綺麗だなって思って。」
伯爵夫人は医師への秘密の恋を隠すため、麻酔を嫌がる。麻酔で譫言を言ってしまうのを恐れたためだ。「私を知りますまい」という夫人へ「忘れません。」と医師が返す、その言葉のなんと美しいことか。私はそうなりたいとは思わないが、ただその美しさにはなびちゃんを重ねた。