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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

破棄系

お願いです、私を殺さないで下さい

作者: アロエ




醜い醜い嫉妬に狂い果てた女は最後に己に報いが返ってきた時、命乞いをしたそうだ。


己の身には恐ろしいモノが宿っている。これを閉じ込めたまま、私は長く長く生きなければならないのだと。これを解放してしまえば国にこれまでにないくらいの大きな大きな禍が訪れるのだと。


もちろん、そんな世迷言を聞くものはいなかった。誰もが我が身可愛さに助かろうと適当な事を口にしているのだと。


罪に応じた相応しい刑が決まり、魔女は磔刑となり何度も何度も助けを求め続ける声をあげながらに華奢な体は交差した槍にて貫かれた。


女があげると思えないような苦悶の声を漏らす様子に観客が歓声をあげる。処刑人は人の死を知り尽くしたものたちである。故に、一突きで楽に殺せるやり方を知っているにも関わらずに、観客や彼女から害を受けたという被害者たちの憂さが晴れるよう、あえてじわじわと死に至らしめる角度をもって苛んだ。


今まで民がしているような過酷な労働というものさえ知らずにいた温室育ちの少女は体をガクガクと震わせ壮絶な痛みと戦い歯を鳴らした。か細く小さな指は己の手のひらを傷つけなお食い込みその痛みを物語っている。


涙の筋を幾筋も流して汗をかき、震えた息を吐いて吸ってを繰り返し。


それでも彼女は彼女にでき得る限りを生き長らえた。普通の少女であればとっくに痛みに気絶して更に痛めつけられることもあっただろうに、白目を剥きかけながらもそうなることはついぞなかった。


ただ、もう駄目だと小さく誰の耳にも届かないような言葉を零し天を見上げては息を深く吐き出し神様、どうか罪深き私たちにお慈悲をと救いを求め彷徨える仔羊のような懺悔をしてこと切れた。


歓喜の声はあがらなかった。それよりも先にどろどろと彼女の脇腹の傷から流れていた血液が黒ずんだ緑に変わり、彼女の美しいトパーズの目が紫に侵された。白目も虹彩もない。葡萄染色と化しケタケタと彼女の声帯を使い笑い出す。がっくりと項垂れていた頭が持ち上げられまるで裕福な少女たちが遊ぶ抱き人形のように生き物として不自然な動作で揺れる身体に複数人の悲鳴や驚きの声があげられた。


それがそのまま食い入るように見つめる大衆の目を引いたままに磔の台や槍をも軋ませる程に動く。


だんだんとその動きは激しさを増し、処刑人が慌てふためきながら槍を抜いて再度トドメを刺す一撃をとするも彼女の体を貫いた槍は抜けることはない。


それどころかずぶずぶと泥濘に投げた小石が沈んでいくように飲み込まれていき徐々に先端と柄が近付いていくのだ。


バキッと磔の右腕の部分が彼女の肘あたりで折れた。左腕も少し遅れて同じ状態になり、彼女は腹に巻き付く縄を気にもとめずに蛹から蛾が外界へと出ようとするように身を反らせて絶叫する。


断末魔とはまた違った獣の雄叫びのようなそれにその場にいたものたちは思わず耳を塞ぐ。


くねらせた体はやがて地に落ち、槍も縄もいつの間にやら無くなっていた。芋虫のように地を掻き這い回る悍しきものはしばらくのたうち回るように蠢いてからゆっくりと体を起こし大地に四肢を着いた。


その手足を着いた場所から黒い何かが滲むようにして湧き上がる。粘着性がありそうなどろどろとしたそれは水たまりのように大きく広くと広がっていき彼女の周りだけでなく観客たちの足下にまでとその手を伸ばした。


得体のしれない液体に触れるのを拒んだものらが我先にと逃げ出そうと動くも皆思い思いの方向にと動こうとするためにそれも叶わず渋滞した。


運悪く一番初めに触れられたのは死んだ彼女の従者をしていた男だった。主人の罪を暴くための証拠を数多く揃え、我が身をも同等の罪にかけられることも恐れず声をあげた彼は救国の忠臣であると名高く、特等の最前席を得られたのである。


それがまさかこんな悲劇を生むなどとは誰も予想していなかっただろう。


流れてきた黒いものは彼の靴の先にべたりとタールのように貼り付いた。そして直ぐにじゅうじゅうと煙がたち靴が溶けていく。鼻をツンとつく嫌な臭いも上り始めた。



「いぎゃあああ!?」



靴を溶かす威力のある液体だ、靴下のような薄い布などないと同じだとばかりに染み込むと男の素足をも溶かし始め驚いた男は足をぶんぶんと振って液体を何とか飛ばそうとしたが、まるで人を食うことに執着しているかのようにべったりと貼り付いたそれは僅かにでも取れることはない。


皮膚を溶かし筋肉や血管をも溶かして傷を酷くしていく。先程彼女が見せた死を耐える様よりも無様に男は糞尿を垂れ流して喚き、痛みを訴え誰か助けろ早くと大声で恥も外聞もなく騒ぎ立てた。


しかし誰も男を助けない。


そして男が絶命する前に次々にその液体は人を襲った。


そんな中でもとりわけ高く、何かが起こった際に逃げやすい位置に座を構えていた国王、王妃、王太子とその婚約者はそんな彼らを尻目に兵に護られ処刑場から逃れていた。


皆一様に顔色を悪くし恐れからか振り返り振り返り、化け物とも言えようアレが迫ってきていないかと確認しつつ馬車へと乗り込んだ。



「こんなことになるなんて」


「あの女が言っていたことは真であったのか」


「いや、そうではない。彼女自体がやはり良からぬものであったのだ。磔刑にした後に速やかに浄化の炎にて焼き払えば良かったのだ」


「処刑自体は間違っていなかった。ただ殺し方を誤っただけ。悪いのは悪魔を払うことを考えつかなかった聖職者や処刑人である」



愚かな民たちに自分たちは悪くないのだと知らしめるために馬車の中でそのような会話が飛び交った。そうして大方の方向性が決まれば自分たちの安全は確保されたことへの安堵に気を緩み始め、彼らは水分を求めて従者を呼ぶが返事がない。


おかしいと思うもつかの間だった。轟音と馬車を分断するかのように走る閃光が煌めいた次の瞬間、真っ二つに馬車は破壊された。


当然バランスなど保てるはずもなく馬が走り続けるままに馬車は崩れて中に乗っていたものたちは宙へと放り出された。悲鳴をあげる間もなく手足は空を掻いて必死に何かに掴まらんとするが、王妃は不運なことに投げ出された先にあった尖った木に背中から心の臓を突き刺され絶命した。


国王はそんな王妃の有り様をまざまざ見て叫びをあげるが彼とて今、着地もままならず無様に宙を舞っていた。王妃よりほんの少し遅れて強かに地面に打ち付けられ様々なところに打撲と擦り傷、切り傷を負って痛みに起き上がれず呻く。


どのくらい経ったか、ふとグルグルと声をあげるものが近付いてきていることに気付き恐る恐ると顔を上げればそこには五、六頭の狼が。ギラギラと獲物の垂らす鮮血の臭いに目をぎらつかせゆっくりと歩を進めてくる。死そのものをそこに見た国王は誰でもいい、我が身を助ける誰かを求めて大きく声をあげたがそれに返事を返すものはいない。それどころか狼は国王が声をあげ起き上がろうと急な動きを見せたことでゆっくりとした動きから素早く獲物を捕えるための狩りの姿勢に入り、迫りくる一匹が喉元に食らいついたのを機に一斉に群がり、肉を引きちぎった。




王太子とその婚約者は幸運にも二人ともに同じ草むらへと転げ落ち、傷はあれど何とか骨もおらず致命傷を負わずによろよろと覚束ない足取りながら支え合って歩き始めた。


そして半分ずつ別の場所に砕け、壊れた馬車の残骸がある場所へと辿り着き驚愕と恐怖に顔を歪める。


馬車が半分になっただけではなかったのだ。


御者の座っていたであろう場所には人の形をした黒ずんだシミ、得体のしれない臭いと刺激臭がそこから煙となって放たれ。更に護衛の続いていたはずの場所にも同じような黒いシミ。


それだけでおおよそ何が起きたかが予想がついた。


王太子の新たな婚約者となった娘がその場に膝をついて泣き出す。どこから、どのような手を使うかわからない敵に狙われ唯一自分の側にいる男は戦いのイロハなども知らない寧ろ足手まといにしかならないような温室育ちの王子。


確かにこれでは死を宣告されたも同然だ。


せっかくこれから幸せになれるはずだったのに死にたくない、とさめざめ泣く彼女を宥め、しかしいざとなったら化け物にこいつを差し出し己は逃げようとゲスなことを考える彼も彼であったが。



「泣いていても仕方がない。とにかく身を隠せる場所を探そう」


「……ええ、そうね。わかったわ」



獣が来る前に。破落戸に見つかる前に。


支え合ってこわごわと歩き出す二人は鬱蒼とした木々の中を進んでいく。時折何かの叫びと唸りを聞いた気がして足を止め周囲を確認してはまた歩を進めてと繰り返し繰り返し。


喉の渇きを覚え水源を求め始めるが見つからず汚れた小さな水たまりを見つけて背には腹を変えられず掬って飲もうとしては異臭に耐えかねやはり無理だとふらふら彷徨い。


どれほどの時間が過ぎただろう。腹の虫が鳴くのも耐えかねて躊躇いなく汚れたものを口に運ぶのにもなれてしまった。


最高級の服を身に着けていたがそれも今は見る影もなく汚れ果てきっと誰かが通りかかり見ても高貴な身分のものらとは気付けないだろう。


互いの姿さえもう気にも留められない。幻滅したなどといった思いさえ湧く気力もないほどに疲れやさぐれた気持ちでただただ自分の役に立たせるために互いを利用し合って生き延びていた。



そんな日々に終わりを告げる日がとうとうやってきた。


地を蹴る蹄の音。それも複数が響いたのに気付いたのは元王太子だった。きっとあれは馬車だ。


隣で力なく眠る女を起こしもしないで彼は駆け出していた。長く森で暮らしていたためにどこを進めば馬車の通る道があるかもある程度なら把握していた。


そして恐らく馬車が来るであろう場所に回り込んで腕を振り自分の存在をアピールする。


人の姿に驚いた馬と御者が少し前で馬車を止めた。



「助けてくれ!私は××国の第一王子だ!」


「はぁ?何国だって?そんな国聞いたこともないぞ。物乞いにしてももっとマシな嘘を言え。ったく、わかってるのか?お前は尊き姫の馬車を止めたんだ。それも嫁入りに向かう姫のな」



切り捨てられるだけで済むと思うなよという男の声が終わる前に馬車の前後とに現れる白い甲冑を着込んだ騎士や、黒い影のようなものらが王子を取り囲みあっという間に口を封じ、簀巻きにして担ぎどこかへと向かっていく。


騒がしい声が聞こえなくなってまた動き出した馬車の中、控えていた侍女と会話する麗しい女性が艷やかな唇を開いた。



「あの男が言っていた国、ひいおばあ様から聞いたことがあるわ。確か、体に魔を封じ国を守る依代様に罪を被せ処刑して魔を国中にバラ撒き滅んだおとぎ話のような言い伝えのある国だったかしら」



嫁ぐ前に随分とまあ懐かしい話しを思い出したものだと今はなき曾祖母を思って目を伏せた彼女は早くも家に帰りたいようなそんな切ない気持ちとなり、いいえ、それではいけないわと心の中で自分を励まし嫁ぐ先のこと。婚約者である王子の甘い笑みや優しい義理の父母たちを思い、気持ちを入れ替え向かっていった。





目を冷ませば隣にいるはずの存在がいない事に気付いた彼女はガバリと飛び起きた。まさか寝ている間に自分を捨て逃げたのではなかろうか。


目を血走らせ金切り声をあげた。


彼女の身分は低かれども誰からも愛され、大切にされてきた。妬まれることもしばしばあったが、簡単に奪われるくらいのものだったのだ。自分が活用してやるだけありがたく思えと思い、誰かの恋人だった男や兄や夫、婚約者などを取り上げては捨て、より己を満たして、より己を輝かせてくれるものにと理想を積み上げた。


そしてこれ以上はないほどの高みを勝ち取ったはずだったのに。何故、何故自分は今こんなにもみじめでひもじい思いをしているのだろうか。


これは全てあの不吉な女のせい。そうに違いない。あの女が王子を盗られたからと己を呪ったせい。



「あああの女ァア!!あの女が、あの女のせいで!ゆる、許さないんだからァ!」



神の奏でる楽器のようなとたとえられたような美しい声音は涸れ果て、代わりに醜い嗄れた老婆のような声が喉から地獄の響きを発した。


髪を振り乱し怒りのままに王子を探しに行こうと茂みから飛び出せばあてもないというのに凄まじ勢いで森を駆け抜ける。


幸いにして獣には合わなかった。代わりに湖の畔にと辿り着き、湖で何かをしている男女の姿を見、何かを嬉々として口走った。


女は目を見開き怯え顔色を悪くし美男子である男も険しい顔をして剣を構えていた。



「ねえ、そこの芋くさい女なんか捨てて私とお茶に行きましょうよ」



ボロボロの襤褸をかろうじてまとっただけの骨と皮だけになった彼女が美男子に手を伸ばし微笑む。いや、微笑んでいるつもりだった。


顔も露出した肌も長年の不衛生な日常に黄ばんでシミやイボを作っていた。美しかったブリュネットの髪も油で固まり、櫛も通さずにいたせいで虱とフケが蠢いて見える。


落とさずに何年も何年もつけていた化粧のせいで余計に顔だけが浮いて見え、その中でも目だけがギラギラと野心と欲望のままに光る様は異様だった。



鬼女とも何とも言いがたい存在を前に二人は竦み上がっていたが、怯え泣く彼女が腕にしがみつくのに意を決した美男子は剣を再度構える。



「何を狂ったことを!貴様のような化け物などお断りだ!どうせ俺と彼女とを別れさせ食おうと企んでいるんだろう魔女め!」


「ルーベンス様……」



守られたことにか、勇ましい様子に勇気づけられたか血の気が戻りつつある彼女に優しく眼差しを向けては控えていたのであろう護衛たちを呼び魔女か浮浪者の女を片付けさせるよう命じる。


主のためにと距離をできる限り置いていたも直ぐに駆けつけられる位置にきた護衛たちが途端に彼女を取り囲んだ。



「どぉして!どうして、化け物なんかじゃないわ、私は××一の美少女よぉ!!」



目の端が切れて血の涙が流れているような表情になりながら、少女だった老婆は叫んだ。


それに怯む護衛はいない。汚さや品のなさに顔を顰め嫌がるものは多少はいたが任務である。正気の沙汰じゃないと思いつつも老婆の相手などまともにはせずに二人の男女から見えない位置まで引きずっていきどんと突き飛ばし森の中へと戻した。



「××の美少女だかなんだか知らんが、一度自分の顔を見た方が良いぞ」


「ああ。せめてその襤褸をどうにかするか髪をだな……。いくらなんでもそれはねえぜ。女捨ててるレベルの話しじゃねえ」


「な゛っ」



口をパクパクとさせ酸欠でそのまま倒れそうなくらいに顔色を悪くする彼女にも誰も紳士な対応はしない。哀れみと蔑みの目を最後に振り向きもせずに去っていった。




そして彼女がその後どうなったかは今日(こんにち)まで誰も知るものはいない。



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