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フレイル・アドラ・キャメリアの受難

作者: エイト

 フレイル・アドラ・キャメリアは憤慨していた。目の前にいる酔っ払い共が彼女の絶対に触れてはならぬ逆鱗に触れてしまったからだ。彼女はこの酔っぱらい共が二度とフォークを持てなくなるまで痛めつけてやらねばならないと決意した。


 時は半刻ばかり遡る。


 フレイルはとある田舎の街を訪れていた。ギルドお抱えの冒険者 兼 王国騎士として依頼を受けた為だ。

 以前からこの街は何処かおかしいとの噂が立っていた。どんなに魔物が発生してもこの街には被害が一つも出ない。まるで災害がこの街を避けているかのように無傷なのだ。

 五年や十年ならばまだ偶然で片付くかもしれないが、それが五十年となれば流石に偶然では済まされない。しかしその街は魔物避けを常時使える程栄えてもいない。もっと言えば、この街に魔物避けが持ち込まれたという履歴も残っていない。

 数年前に国中でワイバーンが大量発生した時もこの街には被害が無かった。


 その理由を調べる為にフレイルはこの街に訪れた。


 のだが、街のギルドに入った途端五月蝿い酔っ払い共に絡まれていた。


「……何の用だ」


「なんの用ですって!見ない顔だから挨拶しに来ただけなのに!俺嫌われちゃった?」


「オメェのタラコ唇を好きになるやつがいるかよ!」


「違ぇねぇ!」


 フレイルの言葉が届いているかすらも危うい。男達、いや、正確には7名の男と2名の女達は軽口を叩きあってはひたすら酒を飲んで笑っている。


「……私はこの街のギルドに用があるだけだ。邪魔をするな」


 フレイルは些か鋭い性格であった。全てを馬鹿にしているようなこの酔っ払い共を今すぐにでも切り捨ててしまいたかった。


「ギルドに用があんのか!ウオッホン!『エ~ワタクシはギルド職員でございます』」


 髭面の男が馬鹿にしたように巫山戯た口調で話し出す。


「オイ兄ちゃん!アンタギルド職員なら俺の分の代金払ってくれよ!」


「『エ~嫌でございます』」


 そのやり取りで再び酔っ払い共は笑いだした。笑い転げて床に倒れる者もいた。


「……私を馬鹿にしているのか?」


「おうおう姉ちゃんそうカリカリすんなって。ここじゃ酒飲まねぇと始まらねぇのよ。ほれ、アンタも一杯どうだい?」


 酔っ払いの中から筋肉質の女がジョッキをひとつこちらに手渡そうとしてくる。


 フレイルはそのジョッキを払い除けた。

 当然ジョッキは床に転がり、酒を辺りにぶちまけた。


「あー!姉ちゃん何してくれてんの!勿体ねー!」


「これ以上私の邪魔をするのならその首を掻っ切ってやろう」


「ちぇ、つまんねーの」


 筋肉質の女は床に転がったジョッキと酒を片付け始めた。

 その姿を横目に通り抜けようとすると


「おい姉ちゃん!名前はなんつーんだ?」


 今度は小柄な男が声をかけてきた。


「貴様らに名乗る名など無い」


「でもよ、その肩のやつ国の騎士さんのやつだろ」


「だからなんだ」


「ほら、お国の騎士サマに媚び売っときゃなんかあるかもしれないじゃん!」


「おいそれ言っちゃったらダメなやつだろ!そういうのはコッソリやんだよ。コッソリな」


「……全て聞こえているが」


「ありゃ!一本取られた!」


 再び、いや三度笑いだした酔っ払い共に、フレイルはそろそろ我慢の限界が来そうであった。


「おい姉ちゃん!この街ではな、新参は俺達と腕相撲してそいつがどんくらい強いのかを試したりすんだよ!そいつに付き合ってくれたら解放するぜ」


「……その言葉は本当か?」


「ウ・ソ♪」


 眉間のシワは既に三本。脳の血管が切れるのも時間の問題だろう。


「騎士姉ちゃんさんよう、そんなに真面目に受けんなって。その調子だとどっかの力だけのバカ英雄達みたくなっちゃうよ?」


「貴ッ……様……!!」


 遂に限界が来た。髭面の酔っ払いは彼女の逆鱗に触れてしまった。ただでさえ堪忍袋の緒が切れそうであったのにそこに重ねて言ってはならないことを言ったのだ。彼女の憧れである9人の英雄達の逸話。それを小馬鹿にされたのだ。どうして我慢していられようか。

 フレイルはブチ切れた。


「貴様ら!!いい加減にしろ!」


 フレイルは目にも止まらぬ速さでレイピアを抜くと、髭面の喉元にその切っ先を突きつけた。


 つもりであった。

 レイピアの先には何故か骨付き肉が刺さっていた。ご丁寧に骨を丁度縦に貫通する形で、である。


「オイ!キサマラ! コノワタシノオニクレイピアデオニクニシチャウゾ!」


 細身の女がすかさず言った。裏声で。

 酔っ払い共は笑い転げていた。


 何が起こったのかフレイルには理解出来なかった。確かにフレイルはレイピアを突き出した。勿論殺す気は無かったが、それでも脅しをかけるつもりでいた。

 それなのにこれはどういうことだ。自慢のレイピアの先には骨付き肉が刺さっている。


 フレイルは混乱した。


「おいおい、こんなナマクラじゃドラゴンのウロコにも刺さらんぜ?」


 髭面の目付きがたしなめるように言う。


「そうそう。せめてこんくらいには研がないと」


 そう言ったタラコ唇の男が腰からナイフを抜き、横からレイピアをナイフでひと撫でする。


 するとレイピアは撫でられた先からが骨付き肉の自重で床に落っこちた。


 フレイルは再び混乱した。


「おーい姉ちゃーん。だいじょぶ?」


「…………」


 言葉が出なかった。力の差を見せつける為のレイピアとフレイルの突きが、こんなにもあっさりと敗れ去ったのだ。

 フレイルの自慢であった技は赤子の手をひねるよりも簡単にあしらわれた。


「おい、流石にナマクラだからって折っちゃうのは可哀想だろ。ほれ。姉ちゃんこれで新しいの買いな」


 フレイルは禿頭の酔っ払いに手渡された小さな布袋の中を覗くと、白金貨が五枚ほど入っていた。金貨ではない。白金貨である。

 貴族出身のフレイルも実際に見たことは無かった。

 こんな子供にあげるお小遣いのように白金貨を渡される経験なぞ他に出来る筈もない。


 フレイルは三度混乱した。


 彼女は目の前の状況を理解することも出来ぬまま、酔っ払いに手渡された布袋と共にギルドを後にしたのだった。

ちなみに筋肉質の女はルナ、細身の女はリリーというら名前だったりします。

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