不思議な名前と不思議な生い立ち
目蓋を通して感じる眩しさに私はまだ目を開けられないでいた。恐る恐る目を開けると、天井があった。これは私が泊まっていた宿だ。覚えがある。荷物を預ける必要があったため、一部屋だけとったままにしていたはずだ。
「あれ、荷物が無い?」
一緒にダンジョンに入った仲間達の荷物ごと、私の荷物が消えている。消滅した財布とさらに荷物まで失ってしまったら無一文だ。私は慌てて、鍵を開けてドアの外に出ると、ちょうど宿のおかみさんに出くわした。
「あら、いつ戻ったの?私今までカウンターにいたのに」
「はは…。タイミングが悪かったみたいで。あの、私の仲間達は…」
「ああ、1日前に、やどを引き払って、あなたがもし来たらまだ街で数日待つから伝えてって」
「ええ?何で引き払っちゃったんだろう?」
「さあ。パブの付いてる宿の方にでもいっちゃったのかしら」
不可解ではあったが、私はホッとして宿の外に出た。どこから探そうか、と逡巡していると、私を追うようにして男が宿から出てきた。ここ2日のこの男との冒険は、夢では無かったらしい。
「何だ、同じ宿だったのか」
「何だ、じゃ無いですよ。説明が多いか少ないか、極端なんだから。これは何です?」
「ああ、宿への瞬間移動がまあ、再現されたみたいだ」
男も寝起きなのか、目がうつろで言っている事がよくわからないが、陽の下でまじまじと見るとやはり顔の造詣は整っている。エルフの私でも見惚れてしまうような、絶妙に色気のある切れ長の目と、長い睫毛、その割りに大きく節立った男らしい手指。
「今、持ち帰ったアイテムを売りに行くんだが、あんたも一緒に行くか?」
「ダンジョンでは自己紹介の余裕もなかったし、一時的な関係だと思って名乗りませんでしたが。あんたはやめてください。名前、ラムール・アストラムルです。仲間はラミーと呼びます」
「ああ。僕は…風来の冒険者、トルンとでも名乗っておこうか」
胡散臭かったので、受付の宿帳を女将に見せてもらう。
「この、あまり見慣れない名前のコウサキって人は?」
「そっちの男の人だよ」
入り口の男の方を振り返ると、男は明後日の方を向いて私の視線を無視した。
コウサキ。それにしても、聞いたことの無いタイプの名前だ。コウサキでフルネームなのだろうか。
外に出ると、相変わらず早い足取りで、ギルド横の道具や素材の問屋街に入る。このコーカスという町は、大きくは無いがダンジョンに向かう前線となるいくつかの町の一つだ。中核都市のデネブにはもちろん及ぶべくもないが、こういった前線都市の方が手に入りやすいアイテムや素材もあったりする。賑わって並ぶ店舗の中で、男は有名なバラティア商店に入っていった。他の都市にも支店があり、商品の流通がなされている。
「コウサキ様、お久しぶりですぅ」
入るや否や、店員の男が話しかけてきた。いかにも商売人といった感じの風体の男で、身なりは細くメガネをかけ、髪は後ろに撫で付けられている。
「どうも」
コウサキは相変わらず無愛想に答え、どうぞどうぞと案内されるままに机の上にアイテムを広げた。コウサキは出したアイテムの半分ほどを説明し、店員は大袈裟にいちいち頷いて感心していた。確かに、あのダンジョンに落ちているアイテムの類は珍しいものばかりである。理屈としては存在が可能であるのだろうが、例えば周りのモンスターを動けなくするスペルカードなどは、その魔法自体の習得が難しい上、スペルカードはその魔法の特殊性に応じて加工も難しくなるので、現存しているのはコウサキがダンジョンから持ち帰るそれのみになるだろう。
「最初売る時、半信半疑だったのでは?素性のしれない人ですし」
私は小声で商売人に耳打ちした。
「まあ、確かに、当時は身なりも変わった出で立ちでしたので多少警戒したのも事実ですが…。目利きができなければ、商売人はつとまりませんのでね」
店員はそうさらっと言ってのけると、また値付けに戻った。
「待っているのも何だし、一応ギルドに報告にいくか」
「はあ?ギルドに報告?絶対やめた方がいいですよ!」
「しかし、冒険者なのだから、ギルドに睨まれるとこの先やりづらいだろう。旅の宿屋や食事処までギルドの息がかかっているところばかりだ」
だから、なおのことだ。現在の世界冒険者ギルドは国を跨いで力をつけすぎている。政治にも口を出すほどで、土地も痩せ資源に乏しい辺境の国などはダンジョンから得られる収入が財源の大きな割合を占め、武力を斡旋するギルドの存在が欠かせなくなっている。そして小国の若者はその対価に味を占め、いや、味を覚えさせられ、自身の貧しい国を捨てて冒険者を志望してしまうと言う。
ギルドの悪口を言っているうち、いつの間にか着いてしまった。受付が入場証を配っている。この入場証を首から下げると、プレートが発色し、その人間が持っている能力値に応じて文字と背景色が浮かぶ。「不思議なダンジョン」で言うところのステータスだ。これにより、暫定的な実力を示されることで、実力に見合った依頼に派遣される。
基本的に淡い色ほど弱く、文字も読みづらい。コウサキは自分でも言っていた通り、ダンジョンから出るとレベル1に戻ってしまうようだ。彼のプレートは良く見なければ白色だと見間違うほどの黄色しか発色されていない。黄の系統色は魔法使い系統だが、これでは肉体労働者以下の一般人だ。
「ああどうもお、こんにちは」
ギルド窓口の気怠げな女性が男に手を振った。妙に親しげである。
「どうだったあ?シベルベのダンジョンは」
「ああ、あそこは、実は支配型で、ダンジョンマスターの龍人が隠れていた。奴は倒したので、ダンジョンとしてのグレードは幾分か下がっただろう」
スラスラと、コウサキは重要事項を並べ立てた。ギルドにとって、ダンジョンを潰されてしまうのは大事のはずだ。しかし、女性は顔色も変えない。
「あらそうでしたか。すごいんですねえ」
どう考えても相手にされていない。それはそうだ。レベル1の人間が、ダンジョンクリアはおろか、龍人を倒した、など妄言にすぎないだろう。私はひとまずほっとした。コウサキは周りからの嘲るような視線を気に留める様子もなく、ダンジョンの記帳表を見せてもらっている。
「そちらの彼女はお連れ様?」
窓口の女性は私を指して聞いてきた。
「「いや、たまたまーー」」
コウサキと私の声がハモる。たまたまダンジョンでーと言ってしまうとモグリがバレてしまう。
「たまたま、宿が同じだったんですよね、コウサキさん」
嘘は言っていない。
「あらそうなの?二人で組めばいいじゃない。そうしたら、バランスもいいし、お互いレベルアップにいいんじゃないかしら?」
最初、私はその女性が言っている意味がわからなかった。ギルドは確かに、冒険者達がパーティを組むことを奨励している。しかし、バランスがいいとは何事だろう。レベル1のコウサキと、不思議なダンジョンでレベルが30にまで到達した私をーー。待て。不思議なダンジョンで?私は慌てて、コウサキのつけている受付カードをひったくり、自分の首にかけてみた。色が浮き出てこない。
「何で!?」
「何でって…。エルフさん、自分のレベルも知らなかったのお?エルフなら周りにステータス鑑定くらい使える人いっぱいいるでしょ?私なんかより正確に〜」
そう言って女性は私へ好奇の視線を向けた。気がつけば、隣接の酒場にいる周りの冒険者たちも私たちを見ている気がする。
「おい、兄ちゃん姉ちゃん、お前ら見た目いいんだからよ、客取ってきてやろうかあ?ダンジョン行くよりもうかるぞ」
そのうち、三人の男がこちらをからかってきた。テーブルには酒が置いてある。もうだいぶ飲んでいるようだ。
「コイツが買いたいってよ!病気持ちだけど!」
病気持ちと言われた男は「もう治ったよ!」と言って軽口を言った男の頭を叩いた。
「ああ?姉ちゃん、何だその目?文句あるのかよ?」
「笑顔だよエルフちゃん!この人怒らすと怖いんだから」
軽口を言った男はヘラヘラと近づき、私の手を取ろうとした。私は後ずさってコウサキの後ろに隠れる。窓口の女性も、奥にいる職員たちも、誰も私たちを助けようともしてくれない。
「おい、何で僕の後ろに隠れるんだよ。僕を巻き込むな」
「ダンジョンでは守ってくれてたじゃないですか。それにあなたもターゲットですよ」
「人の少ない午前中だったからさっさと終わらせると思ってたのに…」
小声でぶつくさ文句を言うコウサキは、もう一方の出口から逃げようとする。
「おいおいどこいくんだよ兄ちゃん!龍人倒せるくらいなら俺らから逃げることないだろ!」
「うわもう無理無理。ヤカラじゃん完全に」
コウサキはぼやきながら出口に一目散に向かっていくので、私も慌ててついていく。後ろから私たちをバカにする笑い声が聞こえる。
「くそう。何で私もレベル1になってるんですか!そうじゃなければあんなに舐め腐られなかったのに!」
「僕も人をあのシステムに巻きこんだの初めてだったし、勝手についてきたのはあんたの方だろ」
「ラムールです!本当にレベル戻らないんですか?本当に?」
「もう一度上げなおせばいいじゃないか」
「私がレベルを上げるまで、どれだけっ…!」
言っていていきなり涙が出て、自分でもびっくりした。ごまかすために、「あーもう!」と悪態をつく。
「あのバカどもに顔覚えられちゃったじゃないですか。わざわざギルドなんか行くからですよ、レベル1なのに」
「後から報告が無かっただの言われても困るだろ。こちらはあくまで義務は果たす」
「変なところまじめと言うか…」
「あんたみたいにモグリやるのも考えたが、万が一バレた時に面倒だからな。モンスターなんかより、人間の方がよっぽど恐ろしい」
モグリが嫌われるのは、冒険者の秩序を守り、乱獲を防ぐためと言うギルドの弁もあるが、素材やアイテムを独占し儲けようというギルドの思惑が大きいからだ、と私は思っている。
モグリを引き渡すとギルドから報奨金が貰え、さらにはレベルとは別の貢献度の査定に大きなポイントとして加えられるらしい。モグリ狩りをメインに行う冒険者もいるくらいだ。引き渡す、と言う体にはなっているものの、「モンスターに襲われ、引き渡す途中で殺されました」が定型文として認められている。
生きたまま引き渡すと言う面倒をする者は少ない。
「それにしてもいないなあ、すぐ見つかると思ったのに」
「ああ、あなたの仲間か?」
「名乗ったんだから、呼んでくださいよ。ラミーでもラムールでもいいですから」
「それこそ、モグリ狩りにあってるんじゃないか?」
私ももちろんその線は考えたが、モグリ狩りならもっと大々的に、ギルドの正面で晒し者になっているはずだ。
「もう少し、探してみますよ。街にはいるはずなんです。何せ、宿屋さんに言伝があったくらいですし」
「なんて?」
「いや、街で数日待つからって…」
「荷物は?」
「私が宿から出る時には、もう何も…」
「それ、街の中を探させるように仕向けて追いかけられないようにして、あなたの…ラムールさんの荷物奪って逃げてるんじゃないの?」
私はそんな訳ない、と笑おうとしたが、顔が硬って乾いた息が出ただけだった。
「もしそうなら、私、服もこれ1着で、無一文で、レベル1で、悲惨すぎません?ハハッ…」
「…そうだな、それはあんまりだな」
コウサキの顔が段々哀れみを帯びていくのを、私は見逃しませんでした。
「けっ…結局、見つからなかった」
私はエール杯を机に叩きつけ、さめざめと机に倒れかかった。店はコウサキが教えてくれた場所だ。少し隠れた路地裏にある、酒も料理も出すお店。そこそこ値が張るらしいので、今日ギルド横の酒場で飲んでいたようなヤカラはまず来ないだろうということだったが、無一文の私にはきつい。もちろん、コウサキに奢ってもらうつもりは満々である。コウサキは大して酒は強くないけどと言っているが、道具が思いの外高く買い取って貰えたためか上機嫌で、良い酒をじゃぶじゃぶ選んでいた。お互いいい酔い具合になってくる。
「うまいな。ちゃんと冷えてるし」
「冷蔵魔法を開発した魔術師様のおかげですね」
「氷魔法って、結構初歩的な気がするけど。ヒャドとか」
「何言ってるんです?一番最新の魔法ですよ…。全世界を風靡した。ていうか、前から聞きたかったんですが、コウサキさんってどこから来たんです?」
「ああ。ここからすると、異世界だ」
「はは、またまた…」
乾いた笑いをしながら、髭をたくわえたバーのマスターをチラッと見る。話が聞こえていたはずの、バーのマスターは無表情だ。酔っ払いの与太話など聞き飽きているのだろうか。
「じゃあ、あの魔法は?」
「向こうの世界で死んだ時、神様に聞かれたのさ。どういう場所に転生したいか。管理している世界の中から、選ばせてくれるって。俺は迷わず『不思議なダンジョンのある世界』と言った。そしたら、『何ですそれは。あなたの世界のゲーム?遊具?ゲームの世界などありません、残念ながら』って断られた」
「神様って…。まさか。それに何ですか?げーむって」
「これだよ」
そう言うと、何やら懐から見たことのない材質の、薄っぺらくて灰色で、曲線部の多い、細長くて、カラフルな丸い部品が付いていて、何か黒い太い紐?のついた…分からない、見たことのないものを取り出して私に差し出した。
「これが、僕が異世界人である証拠だ。これは『スーパーファミコンのコントローラー』という」
「何?…スーパーファ?魔道具?見たことがない。どう使うんですか?」
「使えない」
「はい?」
「これは、スーパーファミコンと言う部品の一つだ。これだけでは機能しない」
「確かに、この材質は見たことがありませんが、異世界の物だとして、どうやって持ち込んだんです?」
私がコントローラーとやらをプラプラ振ると、紐の先についた四角い部品が揺れてバーテーブルにガンと当たった。「おまっ…」とコウサキが必死の体で私からコントローラーを奪う。
「転送される際に、神に願ったのさ。スーパーファミコンを持ち込ませてくれと。断られたが、ダンジョンをクリアした際、解放される魔素に応じて望むものを変換できる『システム』にしてくれると言われた」
「じゃあ、今回も?」
「今回のはこれ」
そう言って、男は先端が三股に分かれた紐を出した。分かれた先には白、黄、赤の部品が付いており、その部品には金属が組み込まれている。
「これは?」
「これもパーツの一つ。この世界にもヴィジョンはあるだろう。スーパーファミコンとは、ヴィジョンに映して楽しめる遊具だ」
「ヴィジョンに映す?」
ヴィジョンは離れた場所同士を繋いで映像を映し出す、主に軍用に使われていた装備だが、今では都会なら施設の中に有料の通信装置として設置されている。
「それは贅沢な遊具ですが…。ヴィジョンに何かを映して、相手とボードゲームでもするんですか?」
「ううん、説明が面倒くさいな…。マスター、あれ貸して」
そう言ってコウサキは店主に何か呼び掛けた。マスターは手持ちサイズの写し板を取り出す。黒色の薄い板で、触れて念じるだけで文字や絵を写し出し、計算・記録までできる便利な魔道具だ。こう言った飲食店には必ず置いてあるし、よく普及している部類に入る。
「これだこれ」
コウサキはそう言って、何かの図を見せてきた。真ん中に帽子を被った人?らしきものが剣を構えており、周りを四角に囲まれた部屋の中で、モンスターらしき絵も描かれている。
「見覚えがないか」
「そんなのある訳が…」
そう言いかけて気がついた。画面の中には自分の見覚えのある数字の羅列が並んでいたからだ。
「ステータス…、マップ、これって、コウサキさんの魔法にそっくり」
「違う。俺の魔法『が』この画面にそっくりなんだ」
そう言って、コウサキは写し板の画面を変えた。先程の人とモンスターの位置が若干変わっており、距離が若干近づいている。さらに、画面が目まぐるしく変わる。絵が動く様に、中央の人が剣を振るい、次にモンスターに反撃されている。
「あ…あ。これ、ダンジョンの時の私たち!」
「逆なんだけどな。これがゲームと言うやつだ。このコントローラーで画面内のキャラクターを操り、アイテムを拾い、モンスターを倒し、食べ物を食べ、ダンジョンをクリアすることを目的としている」
私はバーのマスターに「これ信じられます?」と目配せしたが、髭のマスターは真顔でちょっと肩を竦めるばかりだ。
「コウサキさんの誇大妄想だとしても、神様の話が真実だとしても、私の目の前に起きたことは事実ですし、実際持ち帰ったアイテムを売買しているところを見ると、夢でもなかった様だし…」
「俺の方が夢の中にいる気分だけどな」
「あっ、でも、神様に断られたのに、何でこの世界に?」
「断られた後粘り続けたら、このゲームになるべく近くて、この『不思議のダンジョン化魔法』が発動しても不自然では無い世界を探し当ててくれた」
「いや思いっきり不自然でしたけど…。というか神様に対してそんなに粘ったんですか」
「現象としては不自然でも、この世界ならありうるアイテム、レベルの概念、そしてダンジョンの存在がこの世界にはある。材料は同じで、組み立て方が違うだけだ」
「おにぎりは?」
「この世界のどっかにはあるんだろ、料理はなくとも原料が」
確かに、モンスターもこの世界のものしか居なかったし、挙動以外に不自然な部分はなかった。
「ここのマスターに聞いて、この世界の魔法については一通り学んだ。マスターの見立てでは、僕の魔法は無系統魔法でありつつも、リスクや制約がその発現と釣り合いを取ることで独立して成立しており、大規模な魔素への干渉を可能にしているのでは無いかと言うことだ」
「マスター何者なんですか?」
マスターは、表情を変えずにグラスを磨いている。
「まあ、理屈はいいです。何故、神があなたにそこまでの肩入れをしてるのかが気になりますよ。どの宗教の、何神様だか分かりませんが」
「何らかの崩壊を止める為とか何とか。ただ、好きなようにしていいと言われたがな」
「えっ…崩壊?」
流石にバーのマスターも初耳だったようで、グラスを拭く手を止めて今日一番の真顔になっている。
「今、どちらかと言うと平和な世の中になったとこなんですが…」
「そんなの、来て一年も経ってない僕にはわからない」
「ははあなるほど…」
崩壊という言葉を聞いて、私は酔いが冷めてしまいましたが、コウサキはそんな私を気にもとめず、楽しそうにげーむとやらの話をし続けました。