不思議な食べもの②
満腹度が0になるまで約70ターンだ。階段までたどり着く前に尽きるだろう」
「オニギリ、オニギリを…」
「ダメだ、俺も今はこれ一つしかない。半分に分けたりする事も出来ない」
「そんな意地悪しなくても」
「意地悪で言っているわけではない。そういうルールだ」
半分わけてくれるくらい…。と納得しかねるまま、階段はあっさり見つかった。
「良かったあ」
「アイテムが少ないな…。落ちてるのは草だけか」
男はいつものようにアイテムを懐にしまう。
「あの、草では回復しないんですか?満腹度ってやつは」
「どの草でももれなく5パーセント回復だ」
「じゃあ下さいよ!草でいいので」
「でも、未識別の草だからなあ…」
「未識別って、そんなの見たら分かるんじゃ」
「ほら」
男が懐から出したいくつかの草はなぜかどれもぼやけて見えて、実態がつかめず、ぼやっと色だけは判別できる状態になっている。なんだこれ。
「赤い草、白い草、としかアイテムウィンドウにも表示されない。飲んでみるか、識別のスペルカードを読むか、識別の壺に入れるか、もしくは…」
「植物なら、悪くて毒草ですよね?貰いますよ」
男の講釈が長かったので、切羽詰まった私は勝手に男の手から一把の草を取って口に入れてみた。するといきなり、体がものすごい勢いで浮遊し、天井にぶつかると思った瞬間にはどこかに着地していた。どこにも男の姿は無くなる。
「きゃ…えっ?」
叫ぶ間も無く着地したので、私は動転した感情の行き場が無くなってしまった。階数が変わった?他のダンジョンに移動してしまった?しかしこの綺麗な真四角の部屋は、あのいわゆる「不思議なダンジョン」だ。あの男は、自分に近い場所にいるときだけこれが発動すると言っていたので、恐らく同じフロアなのだろう。
そう必死に落ち着くよう考えていたら、視界にいきなり何か浮かんできてまた叫びそうになった。落ち着いてよくみると、これはマップだ。恐らく出口らしき部屋が表示されている場所と、自分の位置らしき表示とは丁度対角線で真逆の場所だ。
「うぉぉ…」
たどり着く前に、恐らく満腹度とやらは尽きるだろう。私は情けなさに声が出てしまった。しかし、あんなワープする草などあるだろうか。不思議な草は色々あるが、聞いたことがない。しかもなぜ、壁などにぶつからず一瞬で別部屋に着地するのか。理不尽すぎるしうちだ。一体なんなんだ、「システム」って。
「うう…」
満腹度を見るとたしかに5パーセント回復して12パーセントになっていた。しかし、モンスターと戦いながら階段に向かっているうちにすぐまた10パーセントを切り、大きな腹の音が鳴ってしまう。この腹の音は生理現象ではなく、システム所以の警告音であるらしい。私がこんなに追い込まれながら戦っているのに、襲ってくるツノうさぎは無表情だ。
一撃でモンスターを倒せればいいのだが、大抵不意打ちを食らってしまう。歩きながらでも体力はやや回復はするが、モンスターが湧いているのかコンスタントに遭遇する。
「やばいやばい普通に死んでしまう」
しかし魔法は使えない。満腹度はもう10パーセントを切っている。足踏みターン消費による回復もできない。ふと、カバンの上に手を置く。もう食べるしかないかもしれない。野菜と茹でた卵を挟んだパンだ。…元々は。
卵の白身部分は青緑に変色しており、野菜は原型を失って黒くなっている。パンは元々黒パンで、麦の香ばしさをそのまま色にした様な茶褐色だったが、所々白いカビのようなものがまだらに浮いている。
「ああああ…」
食べられない。これは食べてはいけない。身体が拒否している。そもそもエルフはここまで空腹にはならない。1日食べられなかった時などざらにあったが、種族的に人間のように本能に振り回されて貪るような下品な真似をすることはないのだ。
「くく…」
しかし、食べなければ死だ。私は鼻を通さないように息を止めて、サンドイッチだったものを口に入れた。本来無いはずのぬめりのようなものが口内に纏わりつき、息を止めていても生ゴミ臭を鼻の奥に感じる。床がぐにゃりと曲がって見える。これは比喩では無い。本当に平衡感覚が失われているのだ。まっすぐに歩けずふらついていると、通路からモンスターが入ってくるのがわかった。コドモドラゴンだ。ふらついて歩いた先がコドモドラゴンの射程に入ったらしく、不可避の火球が私の右肩にぶつかる。20ダメージとステータスには表示された。残りは38だ。彼は直線上にいなければ良いと言っていたと思うが、考えれば直線上ってなんなんだ。身体を向ければ全て直線上では無いか。
なんとか彼がやっていたようにジグザグに動いて射線上から逃げようとするが、そもそもがまっすぐ歩ける状況では無いので、2撃目が当たり私は完全に追い詰められた。満腹度は回復したが、36パーセントだ。背に腹は変えられないと、回復魔法を使う。
「視界も回復した!」
天井と床が逆転したような歪みが無くなった。男に倣い、対峙した正面に対し右左斜めに歩くと、コドモドラゴンもそれに沿って近づいてくる。殴り合える距離で杖を振り下ろすと、まっすぐに攻撃が当たる。炎を一度吐かれたが、相手の爪を一度かわせたのでダメージは大したことがない。
「ああ、また満腹度が下がってしまった…」
「なかなか良い判断だった。使い渋りで死ぬ程、後に繋がらない死に方はない」
平気な顔で、通路から男が出てきた。
「見てたなら助けてくださいよ!ゴブリンの時みたいに!」
「普通に歩いたんじゃターン数が足りなかったし、倒せると思ったからな。無駄遣いと使い渋りはまた違う。それに直線上にいなければ、場所替えの杖を振っても意味がない」
「そう、その直線上ってなんなんですか?私から見たら全部直線ですけど!」
「このダンジョンでは、45度で区切った八方向しか向けない様になってるだろ。それで正面に対峙し合う形のことだ」
言われて見て、その場でくるっと回っていたが、確かに男の言う通り、鳥が上空から見ている視点で45度ずつしか回転することができなかった。
「何これ、気持ちわる!どおりでなんか動きがずっとぎこちないと思った!」
男は私の反応を鼻で笑うと、通路に引き返した。一応、私を探そうとはしてくれたらしい。草を勝手に食べた事はそこまで怒っていないようだ。
「混乱の副作用が出ていたようだが、運がよかったな。眠りの効果が出ていたら死んでいたかもしれない」
「それより問題は味ですよ!味!」
「ダンジョンによっては、腐った食べ物だけで満腹度を繋がなくてはならないものもある。慣れておくことだ」
ここを出たら二度とは巻き込まれるまい、と私は心の中で誓うのでした。