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不思議なダンジョンで1000回救える風来の異世界大冒険  作者: 野介
エルフ、不退転を強いられる
3/30

不思議な食べもの①

「あの、食料ってこれですか?食べ物なの?」

杖や呪文が書かれたスペルカードなどがアイテムとして床に落ちているのは分かったが、食料まで落ちているとは知らなかった。しかもよくわからない、三角形の白い粒の塊に薄く黒い紙か何かを貼ってある物が床に直置きされている。一応何かの食べ物の様であるが、見た事がない。しかし男は、それをいそいそと拾って懐から謎の小さな壺を取り出し、そこにしまった。

「その、床に落ちてるものを食べるんですか?」

「なんだよ」

失礼なのは承知で言ったわけだが、実際床はモンスターが土足で歩いており、糞尿は垂れ流しだろうし、大なめくじやら、毒を持ったスライムやら、腐ったアンデットやらが這いずっているダンジョンの床だ。

「俺はダンジョンに入る時点で自分の衣服しか持ち込めない様になっている。食料確保は死活問題だ」

「それがこの魔法の制約なんですか?おかしいですよね、制約がないと、ここまでの魔法は…」

男はまた喋り過ぎたかもしれないと思ったのか、ハッとした様に口を半開きにする。

「それに、俺はこれを気に入っている。腹を壊した事もない」

「美味しいんですか?」

「…」

食べたくて聞いた訳じゃなかったし、向こうもそれを分かっているのだろうが、何も答えないところをみると単なる好物というよりかは並々ならぬ思い入れを感じた。

「なんていうんです、さっきの」

「おにぎりだ」

「オニギリ…」

これでも、冒険者としてはそこそこの大陸を渡った方だが、あんな食べ物は見た事がなかった。パウディという、蒸した穀物を潰してクッキー状にしたものなら知っているが、あれは茶色かったし、油で焼くので焦げ目がついている。

「わかるまい」

男は小声でそう呟く。それは何処と無く憂いげで、長く黒いまつ毛がしっとりとした艶を出している様に見える。沈黙が続いたが、そこで私の腹の音がダンジョンに響いた。なんでこんな時に、と思いつつ、私は恥ずかしくてしゃがみこんだ。小部屋だったので、音が思いの外大きく響いたのだ。

「何をやってる?」

「何って…」

「早くステータスを確認しろ」

そんな事言われても、何が何だかわからない。ステータスって何語?しかし、その言葉を思い浮かべると、しゃがみこんだ私の視界に文字の羅列が浮かんできた。

【LV25、HP112、14984G、剣の強さ8、盾の強さ7、満腹度20%、ちから8/8、経験値16865】

「何これ!?」

「それで自分の状態がわかる。満腹度は基本的には10ターンに1パーセント下がると考えてくれ。ひとマス歩いたり、剣を一回振るごとに1ターンだ。20%、10%を切ると警告音が鳴ったりメッセージが出たりする」

「警告音って…。0%になったら死ぬんでしたっけ!?」

「前に説明しただろう。これだから…」

そこにモンスターが現れ、一旦会話をやめて戦うことになった。と言っても、手際が良いというのか、戦闘はすぐに終わってしまう。普通の様にモンスターの死骸が積み重なる訳で無く、倒したら忽然と消えるし、漫然と攻撃していれば急所など狙わずとも倒せるらしい。攻撃も一撃一撃、相手と変わりばんこに攻撃している。これも、彼の魔法によるものだと言っていたが、モンスターの行動も制御できる様になるのははっきり言って異常だ。

 対人や、スライムなど行動原理が単純なモンスターに対しては魔法研究が進んでいる事もあって精神干渉をする魔法もあるが、先のゴブリンの様な亜人種や、今戦っているコドモドラゴンなどのドラゴン種まで物理干渉無しにルールに従わせるのはどう考えても尋常でない。

「この手の遠距離攻撃してくるモンスターは、直線上に位置しない様に斜め右、左と動けば相手はそれに合わせてジグザグに移動するので近接して倒せばいい」

男は宣言通りに動き、正面からの打ち合いでコドモドラゴンをあっけなく倒した。

 本来なら、コドモドラゴンはこんな直線的で単調な動きをするモンスターでは無い。防御力こそ弱いが、森に住まう小動物の様に鋭敏で、小さな翼は魔力を帯びて小回りが利き、炎を火花の様に吐き出して視界を奪ったり、渦の様に曲線的に吐き出してこちらに火をつけようとしてくる。爪には毒こそないが、大抵のモンスターのキバの様に雑菌があるため、傷を受ければ体の調子を崩す事もある。

 冒険者は、基本的には攻撃を受けてはいけないのだ。打ち合い鍔迫り合いなんて絵本の話。その為の創意工夫が、パーティーを組む事であったり、魔法や道具を活用する事であったりするのに、『ジグザグに移動するので近接して倒す』って一体どう飲み込めばいいのか。この空間では本当に、自分の培った知識は役に立たないらしい。

「ああそうだ、満腹度の話だったな。これによって、同じフロアで無尽蔵にレベル上げやアイテム稼ぎが出来ないように制限を受ける。ダンジョン全体のゲームバランスを保つと言う素晴らしいシステムだ」

自分の魔法を自画自賛している。しかもそう言うことを聞きたいわけではない。

「それで食料って」

「手持ちを食べればいいだろ」

「あの、さっきの変な液体でくさってしまったので…」

「それでも食えるぞ。20から30%ほど回復するはずだ。状態異常になる可能性は高いが、運が良ければパラメータにたいした被害もなく済む」

「いやいや…」

そう言う問題じゃなく、と言いたいのだが、彼の瞳は真っ直ぐすぎて言い出せない。珍しい、灰色の綺麗な瞳だ。この美形に見つめられると弱いが、それでもこれを口にするのは無理がある。

「あの、次食べ物が落ちてたら私に分けていただけないでしょうか…」

「さっき俺が地面から拾ってるの見てあんな顔してた癖に?」

じとっとした目で睨んでくる彼に泣き落としはきかなそうだったが、とにかく拝み倒してなんとか食糧は分けてもらえそうになる。なんで食糧一つでそこまで言われなければならないのか。

 中規模ダンジョンに挑めば大抵は2、3日以上野営することになるが、大抵は後方支援や盾役など俊敏な動きが要求されない者に荷物を持たせる。私は前衛でこそないが、前線に立つ者たちに対して逐次補助魔法を行わなければならない。前衛の余裕がない時は自分自身に強化魔法をかけて戦う事もある為、あまり装備を重く出来ないのだ。場合によっては、魔素を生体エネルギーに変換する魔法も覚えているのだが、この不思議なダンジョンのルールでは何故か出来ないようだった。

「あの、私普段なら回復魔法ができるんですが、この状況下でも出来るでしょうか?」

「知らん」

「知らん!?そんな無責任な」

「なんか勘違いをしているようだがな。俺の魔法はダンジョンに入った時点で、自分の意思とは関わらずオートで不思議なダンジョン化する。そしてその不思議なダンジョンのルールに沿ってモンスターや巻き込まれた人間は動くことになるが、それ以外は知らない。そもそも、他人を巻き込まないタイミングでダンジョンに入るようにしているからこうして人間と同じ空間になったことはない。お前、ギルドに記帳せずに潜ってただろう」

またモンスターが入ってくる。今度は三匹だ。

「理由は聞かないし、聞きたくもないがな。モグリは確か罰則規定が…」

「…私も戦います」

ビッグトードは舌でこちらを引きつけてくる。しかし、引きつけて頭突きをしてくるのみだ。いつもの様に、厄介な粘液を出して、こちらを滑らせるような事はしてこない。彼に倣って、私も単純に打ち合う。攻撃を受ける度、HPという数字が下がっているが、2ターンのやり取りで同じように敵を倒し、煙とともに「G」という模様が書かれた布袋が出てきた。拾って振ってみると、チャリチャリ音が鳴った。

「これは?中から金属音がしますが」

「金だ」

「この模様は?」

「ゴールドとか、ギタンとか…。通貨の頭文字だ」

「見たことのない文字や通貨単位ですね…。あなたの国の文字ですか?」

「いやうちの国では…。まあ、中身は普通にルピアだから」

言われて中を確かめると、金属貨幣のルピアが中に入っていた。細かいのも入っていて、534ルピアほどになる。

「なんか随分細かいし、布袋に入ってわざわざ出てくるんですね。これは便利なシステムですけど」

「便利ならいいだろ。つっこむなよ」

それから男はブツブツと、現実だと少し滑稽かと呟いていたが、気を取り直したようにこちらを向いた。

「その回復魔法、試しに自分に使ってみればいいだろう」

「え、でもまだ体力に余裕はあるみたいですけど。ターン経過で治るんじゃ無いですか?」

「こういうのは一度使ってみないと、いざという時に使えないんだよ」

そう勧められ、いつものようにスタッフを掲げて回復魔法を使ってみる。魔法は発動し、HPは満タンになる。少なくとも、HPの半分以上は回復することがわかった。

「なるほど。薬草以上の効果はあるようだ。あとは、回数制限があるのかだが…」

「グゥ!」

一方的に分析してくる彼に対して、私は大きな腹の音で返事をしてしまった。満腹度を見てみると、7パーセントになっている。

「ええ!?なんでなんでなんで?」

「あー。回数制限じゃなくて満腹度消費か。さっきまで17くらいだったから、ちょうど10パーセント消費するようだな」

「なんでよりによって!」

「このシステムの中は、魔力ってパラメーターがないからな。満腹度を消費するのがゲームバランスとして丁度いいだろう」


彼が何を言っているのかは分かりませんでしたが、私はこうして腐った食料に大きく一歩近づき、一刻も早い脱出を決意したのです。

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