不思議な冒険者②
「あの、何で一歩一歩空中で素振りをしてるんですか?」
あまりに長い間それをやっているので、私は耐えられず聞いてしまった。これでもかなり我慢したのだ。男は当然の様に無視をする。
「あのー…」
男は何かボソボソと言っているようだが、聞き取れない。同じ行動をくり返す。
「え、何です?」
「僕はなあ、あんたみたいな顔の奴に無視され続けて生きてきたんだ」
「ええと、エルフ族に差別されたって事でしょうか」
「ふん。かえって、種族が違うくらいなら諦めがついて良かったよ」
それだけ言うと、また空を切って素振りする。一方で、狭い通路に入るとその素振りはやめて急に高速移動を始め、何故か私もそれに追従できている。その理屈はわからない。少なくとも男は、複数の魔法を同時発動していることになる。明かりの魔法や、瞬間移動の魔法、停止の魔法、他にも色んなものを隠し持っている様子だ。
「おっ」
男が空振りするのと同時に、床から煙が立ち、三角形をした魔法陣のようなものが浮かんだ。男は嬉しそうにしたが、それを無視するように横に歩いた。
「何ですか、これ」
私が興味本位でそれに触れると、魔法陣が光り輝いた。
「バカが!」
「えっ?」
体が一瞬こわばり、動けなくなる。次の瞬間、魔法陣から緑色のぬるま湯が吹き出し、私の頭から足にかけて全てを水浸しにした。
「なっ…くっさ…。なにこれ!なに!」
男は可哀想なものを見るような目でこちらを見てくる。
「腐りぬるま湯の罠だよ…。持っている食べ物が腐るんだ」
「腐りぬるま湯!?罠って言ったら矢が飛んできたりとか、落とし穴とか…」
「まあそういうのもある」
それだけ言うと、男はさっさと行ってしまった。もちろん、ハンカチを差し出されたりなんて事は期待していなかったが、腐った液体が滴っている女性がいてこれはあんまりじゃないか。カバンの中のパンや、非常食やお菓子のクッキーまで変色して液体と同じ匂いを放つようになっている。男は待ってくれない。無機質な戦闘音が通路の奥で聞こえる。私は涙を目の淵に堪えながら、通路を超えて追いついた。
その先で私が見たのは、ものすごい勢いでその場で腿上げをする男の姿だった。
「えっ…トレーニング?」
「体力を回復してるんだ」
男はほぼ独り言のような声量でそれだけ言うと、男はその場で全力腿上げをし続けた。私は、もうついていけないと思った。
「あのそれ、むしろ体力を消費している様な…」
男は息も切らさずにそれを終えると、フロア上にいきなり真四角に切り取られたような階段に向かった。
「隣接しなければ、離れ離れになるぞ。僕も二人プレイは初めてだからわからんが」
男はそう行ってこちらを手招きした。
「でも、私、さっきので匂いが…」
「指示通り動くって言ったのに…」
仕方なく、私は男の近くに寄って、階段を下りることになる。階段は螺旋状になっており、すぐに下の階についたが、男がフロアに足をついた途端に階段が消えた。繋がっていたはずの天井も塞がっている。
「えっ?えっ?」
「あー…」
私のリアクションに、男は面倒臭そうに生返事する。
「あの、本当に本当に簡単でいいんで、基本的なことだけ教えていただけないでしょうか!?さっきのも、これもあなたの魔法なんですか?」
「その基本がややこしいから、ここでは人と関わらないようにしてる。他人に話されても困る」
それだけ言うと、黙り込んでしまった。私もそれに合わせて口をつぐむ。男はまた剣の素振りを始めたが、少ししてそれをやめて立ちすくんだ。
「…でも、腐り湯の罠にかかったよしみでちょっと言うけど」
男は渋々といった様子で話し出した。沈黙に耐えられなかったのかもしれない。
「僕が入った瞬間、ダンジョンは不思議なダンジョンのルールになる。それが僕の魔法だ」
「不思議なダンジョン?え、これが魔法?でもダンジョンって元々不思議なものじゃあ…。あ、すみません続けてくださいすみません」
不穏な空気を感じた為、私は慌てて平謝りする。
「元々のダンジョンの規模に応じて階数が決まる、フロア型ダンジョンになる。ここは元々中の上のダンジョンだから、だいたい30フロアくらいに変換されているだろう。1フロアごとの広さは固定だが、構造や落ちてるアイテムはランダムだ。下に降りる階段の位置もな。フロアごとに部屋が複数出来て、それらは人一人が通れる細い通路で繋がり、ランダムにモンスター、アイテム、罠が配置される。罠はそのままでは目視できないが、投げたアイテムが落ちたり、踏んだり、ひとマス前で素振りすると発見出来る。または、罠を察知できるアイテムもある」
それで、さっきから素振りをしているらしい。やはり、知っているのと知らないのでは大違いだ。ただの奇行にちゃんとした理由づけがされていくとこちらも心構えが違ってくる。そんな魔法あるんかい、というツッコミはこの際置いておく。
「あんたがさっきかかった罠は腐りぬるま湯の罠だが、ただの嫌がらせのような罠に見えて命に関わることもある。不思議なダンジョンでは満腹度と言われる能力値があり、行動ターン数に応じて低下していく。定期的に食料を摂取してそれが0パーセントになるのを避けなければならない。0パーセントの状態では体力値が下がっていきダメージも回復できず、死に至る。罠で食料が腐ってしまうのはかなりの問題だ」
「なるほど…。行動ターンというのは?」
「行動ターンは、例えば1マス先に歩くだとか、道具を使うだとか、そういう行動の1単位が1ターンとしてカウントされるんだ。モンスターに攻撃したら、次は相手に反撃される。その積み重ねと繰り返しでダンジョンを攻略していく訳だ。逆に、俺が何もしなければターンは消費されない。さっきあんたを助けた時もそうだったろ?相手は足踏みするだけで、攻撃も特技も使ってこない。それを利用して、次のターンで最も冴えた行動を取れる様に考えたり…」
「あの、ていうか思ったより話してくれますね」
今までボソボソと一言しか話さなかったギャップに驚いたのと、感謝の気持ちもあって口に出てしまったが、すぐにそれが失敗だった事に気がついた。案の定、「じゃあもういい」とだけ言ってヘソを曲げて、通路に歩いて行ってしまう。
「違うんですよお〜」
男はさっさと通路に入った為、例の高速移動をして、私もそれに強制的に付き従う格好になり、私の情けない声はその速度に置き去りにされてしまいました。