不思議な冒険者①
ダンジョンの中、仲間とはぐれ気がつけば一人となり、最小限の荷物しか持っていなかった私は追い詰められていた。松明の残りが少ない。こんなことなら照明魔法を覚えておけば良かった。
もう少しで先人の置いた結界地点があると言うのに、先ほどから嫌な気配がする。モンスターはこういう時を見逃さない。ダンジョンの難易度が上るほど、モンスターは狡猾になっていく。後続の冒険者の情報は私達が入る時点ではなかったし、先行者もギルドの記帳によると数日前だ。希望的観測をすると、先行者に合流出来るかもしれない。それだけを頼りに、先へ進んでいた。
「あっ!」
松明が最後に照らしたのは、大男ほどのサイズの成人ゴブリン三匹が、先行していた筈の冒険者達の装備を漁っている姿だった。ゴブリン達は上機嫌そうにしていたが、こちらを見ると表情を険しく変えた。そこで松明は途切れる。
襲いかかってくる!私はそれを恐れて、とにかく杖を振った。奴らは目が利かなくても、鼻が利く。魔法や特殊能力が使えなくても、力は私よりも強い。魔力がほとんど切れた私に敵う相手ではない。当てずっぽうで杖を降る。自衛ではなく、ほとんど恐怖からくるヒステリーに近いことは自分でもわかっていた。
「おい、無駄振りはやめろ!」
急に、男性の声が聞こえた。目を開けてみると、ダンジョンは明るくなっており、ゴブリン三匹が目の前で足踏みしている。私はその光景に、身を後ろに引きそうになる。
「無駄歩きもよせ!下がるなら斜め右後ろだ」
先ほどよりも強い口調で叫ばれる。気がつけば、自分の右斜め後ろに人が立っている気配がした。
「先行していた冒険者の方ですか!?助けてください!」
「いいから、斜め後ろに下がるんだ」
「だって、そこまで来てる!」
「わかった。じゃあそのまま動くな」
動くな、と言われても、ゴブリンがそこまで迫って来ているのに!そう思いながら私は杖を構えるが、不思議と前方三方向にいるゴブリン達は目の前で足踏みをし続けている。
「え?え?何、これは!?」
私はパニックになりながらも、指示通り動かないでいる。ボン!っと音がすると思ったら、急に視界からゴブリン達が消えた。そして、先ほどの自分の位置に、長身で黒髪の男性がゴブリンに囲まれている。
「金縛りのスペル!」
男性が紙を持ってそう叫ぶと、紙は塵になって消えていく。そして、三体のゴブリンは立ったまま静止した。
「ああ、もったいない…」
男性は見た事のない人相をしていた。他種族の血が入った人間?いやクォーターだろうか。肌が浅黒くて髪も黒いのだが、顔は整っており背丈もある。見慣れない皮製の盾を持ち、鋼の長剣を手にしている一方で、鎧の類は着ていないし、兜も被っていない。ただの布の服だ。男性はその場で踵を返し右のゴブリンに向き直ると、手品のように左手の盾を鉄製の物に持ち替えた。
「ええっ!?」
そしてそのまま男性は剣を構え、動かないゴブリンに向かってゼロ距離で降り下ろす。当然、急所に一撃で当てるものと思われたが、何故か剣は「ピロリ」と変な音を出して外れた。外した、この距離で!?動かないゴブリンに?
一気に不安になる。熟練の冒険者の様な振る舞いだったのに、剣の腕は最悪なのではないだろうか。そして、止まっていた右のゴブリンは動きだし、また足踏みを始めた。男性は二撃目を加える。それは普通に当たったが、ゴブリンに反撃を食らう。
それらの戦いはかなり不自然なものだった。一撃ずつ、まるでお互いルールに則って順番に攻撃している。そうしているうち、三撃目でゴブリンは倒れた。残り二人はまだ止まっている。男は同じ様にゴブリンに切り掛かって行き、攻撃を外したり外されたりと単調な戦いを終えると、ようやくこちらに向かってまっすぐ歩いて来た。
「君はエルフ?」
「見ての通りですけど…。あっ、すみません、助けていただいて」
「ふうん」
何か言いたいことも有り気だったが、男性はまた瞬間的に盾を皮製の物に変えた。
「それ、それどうなっているんですか?一瞬で」
「あー…」
顔こそ良いが、無愛想なその男は、質問に答えないままそのままどこかに行ってしまいそうになった。
「ちょっと待って下さい!あの、松明が消えてしまって戻れないんです。結界地点まで、一緒に連れて行ってもらえませんか?」
「結界地点?ああ、そんなものがあるのか。そこに辿り着きたいなら、別行動するしかない」
「え?あの、寄っていただけるだけで良いんですけど…」
「寄りたくても寄れない。そう言うシステムになってる」
言葉は通じ合うのに、全く共通のものがない様な、そんな気配がする。松明もない現状、私はこの男性について行くしか生き延びる道はない。私はなんとか下手に出るも、どうにも男と会話が噛み合わない。
「あのっ、わかりました。全部言うことを聞きますので」
「全部?指示通り動けるの?」
危なく、話を切り上げられそうになったところで、男は心底嫌そうに呟いた。
「私、魔力が回復すれば補助呪文も一応使えますし…。後衛なら…」
「補助呪文を使えるんなら、照明魔法くらい覚えておけば良かったのに」
遠慮なく嫌味を言われた。ぐっと言い返したくなるのを堪えて、私はこの男の後ろに一旦ついて行くことになる。
これが、長い付き合いの始まりになるとは知らなかったからです。