1話
朝、目が覚める。
残念ながら異世界に転移したのは夢ではなかったみたいだ。
目に映るのは、俺の部屋ではなく昨日と同じ部屋。
勝手に動き回るのもどうかと思い、かけられていた布団を剥がし、ソファーに座って待っていると、程なくしてアリアさんがやってきた。
「あ、起きてたの。おはよう」
「おはよう。布団ありがとう」
「どういたしまして。熱くなかった?」
「うん。全然」
「なら良かった。相当疲れてたみたいだけど気分はどう?」
「バッチリ」
「じゃあ仕事もできるわね」
「仕事ってどんなの?」
「今日は脱走したペットの捜索。探すのはこの子。名前はティガよ」
アリアさんから紙を渡された。
紙には、猫みたいな動物が3色のペンで描かれていた。
「居なくなってどれくらい経つの?」
「2週間くらい経つらしいわ」
「結構経つね。もう遠くに行ってるんじゃない?」
「大丈夫よ。この街は壁に囲まれているから外には出れないから」
「そっか。なら大分楽だね」
探す範囲が街の中だけに絞られるのはありがたい。
「ところでイオリはその緑の服しか持ってないの?」
「うん。やっぱりおかしいかな?」
「そうね。そんな蛍光色な服着てる人いないわね。ちょっと待ってて」
そう言うとタンスの中を漁り始めた。
「確かこの辺りに服があったような……」
そう言って彼女が引っ張り出して来たのは、黒を基調とした革製のつなぎみたいな服だった。
彼女はそれを俺に合わせ頷いた。
「うん。ちょうど良さそうね。ちょっとこれ着てみてくれる? 隣の部屋使っていいから」
「これ使っていいの?」
高級そうに見えるのだけど。
「ええ。どうせ着る人いないんだし気にしなくていいわよ」
「ありがとう」
俺は服を受け取り隣の部屋に。
服は見た目よりも意外と着やすく、体にもフィットした。
うん、いい感じだ。
着替えが終わったので元の部屋へと戻る。
「うん。それなら街を歩いても浮かないわ」
「本当?」
「嘘ついてどうするのよ」
それもそうだな。
「さて、準備も出来たみたいだし行きましょうか」
「目星は付いてるの?」
「いいえ」
「じゃあ街の中をしらみつぶしに探す感じ?」
「そうね。やる気なくなった?」
「まさか」
そんなわけがない。この仕事をこなせればここで生きていける自信になる。
だから絶対に役に立ってやるとやる気は充分だった。
街にくりだし、猫がいそうな路地裏なんかを手当たり次第に見て回る。
2時間は探し回っていると思うが、目的の猫は見当たらない。
仕事として依頼が来るぐらいだからそう簡単には見つからないか。
と、
「あ、アリアちゃんだー!」
細い路地の奥からアリアさんを呼ぶ声がした。
見ると、髪を両サイドで縛った小さな女の子が駆け寄って来ている。
「あ、ミアちゃん」
ミアちゃんと呼ばれた女の子は、勢いそのままにアリアさんに抱きついた。
ミアちゃんは抱きついたまま顔を上げる。
「ねーねー、ティガちゃん見つかった?」
「ごめんなさい。まだなの」
「そっか……ティガちゃんお腹空いてないかなぁ」
そう言ってミアちゃんは顔を少し暗くした。
アリアさんは優しい笑顔で、ミアちゃんの頭を撫でる。
「もう少し待っててね。私が見つけるから」
「うん!」
さっきまでの暗い表情が嘘のようにミアちゃんは笑顔の花を咲かせた。
「こらこらミア。アリアさんに迷惑かけるんじゃないぞ」
奥から気の弱そうなヒョロヒョロっとした男の人と優しそうな女の人がこちらに歩いて来ていた。
多分両親だろう。
「いいんですよ。それより何か新しい情報とかありましたか?」
「いえ、ないです」
父親が首を横に振る。
「アリアさんの方は?」
「すみません、何も」
「そうですか。一体どこに行ったのやら……」
「この街は広いですから。根気強く探しましょう」
「それしかないですね。では自分達は向こうの方を探して来ますので」
「バイバイ! アリアちゃーん」
元気に手を振りながら一家は別の場所に移動して行った。
「あの人達が依頼主さん?」
「そうよ。依頼主のオリバ夫妻と娘のミアちゃんよ」
「あの人達も探してるんだね」
「それだけじゃないわよ。オリバさんの友人も手伝ってくれてるみたいだし、こうして張り紙も貼ってるのよ」
ティガが描かれた壁の張り紙を指差す。
「それで情報はないんだ」
「ええ。一体どこにいるのかしら」
「さあ。でもこの先にいないのは確かだね」
オリバさん達がこの先から来たので、いないはずだ。
「そうね。オリバさん達は向こうを探しに行ったし、私達はアッチを探しに行きましょう」
俺たちは探す場所が重ならないよう別の場所に向かった。
それから午前中いっぱい使っていなくなったペットの捜索をしたが、手がかりはゼロだった。
「少し休憩にしましょうか」
「そうだね」
お腹を満たすのと、休憩を兼ねて飲食店へ。
俺が頼んだのは魚介パスタのような食べもの。
少し薄味だと感じたが、素朴な味で嫌いじゃなかった。
「午後はどうするつもり?」
食事が終わったところでアリアさんに聞いた。
「午後も一緒よ。街の中を探したり、人に聞いたりして探すわ」
「ちなみに午前中で街のどれくらい探せた?」
「そうね……だいたい3分の1くらいかしら」
「結構探せてるね」
探した場所が多少被ってるとしても、オリバ夫妻と合わせると今日だけで半分は探せた計算になるのか。
「オリバさん達もこの2週間ずっと探しているんだよね」
「ええ。暇を見つけては探してるみたいよ。ミアちゃんも友達と一緒に探しているみたいだし」
「それでこの2週間情報なし?」
「そうよ」
「やっぱりこの街にはいないんじゃない?」
「それはないわよ。イオリも見たでしょ? この街が高い壁で囲まれているの」
「確かに壁で囲まれていたけど、門からなら外に逃げられるよね?」
「守衛さんに聞いたけど、見てないって」
「うーん」
見逃した可能性はゼロじゃないだろうが、それを言い出したらキリがなくなるか。
ここはティガがこの街のどこかにいると仮定して考えよう。でも一体どこにいるんだろう?
猫がいそうな路地裏は探してる。逆に大通りはあまり探してないけど、大通りにいるのなら貼り紙も貼ってあるのだし情報が入りそうなものだ。
猫が1カ所に留まらず動き回ってるにしろ全く情報がないのは不自然だ。
他にこの街の中で人目につかない場所といえば……。
「家の中」
口の中でボソっと呟いた。
「何?」
「家の中にいるのかもしれないと思って。それなら外を探して見つからないのと合致する」
「それはなくない? オリバさん達が1番に家の中は探してるでしょ」
「オリバさんの家じゃないよ。他の人の家」
「保護されてるって事? でも張り紙も結構してあるのよ。届けにきそうなものじゃない?」
「保護されたのならね」
「どういう事?」
「誰かに連れ去られた可能性もあるんじゃないかと思って」
「わざわざ人のペットを攫たりする?」
「普通はしないよ。けど、高価だったなら狙われてもおかしくないかなって。張り紙見せてくれる?」
アリアさんは張り紙を取り出し渡してくれた。
「この絵を見る感じ、その辺にいる猫と変わらないわよ」
「でもこの猫、三毛でしょ?」
俺は白黒茶で描かれた猫を指す。
「そうだけど、それが?」
「オスなら貴重なんじゃないかなって。向こうの世界ではかなり貴重だったからこっちでも貴重かもしれないと思って」
「どれくらい貴重なの?」
「確か3万匹に1匹とかしか生まれないって聞いたことある」
「なるほどね。それだけ貴重なら攫われた可能性もあるわね。まずはオリバさんに性別を聞きに行きましょう」
「だね」
俺たちはオリバさん達を探すために店を出た。