1話
夢を見た。
小学生くらいの男の子2人が出てくる夢だ。
夢と言う割にはっきりと見聞きしたものを覚えている。
その夢のおかげか覚悟が決まり、緊張は消えていた。
「……行くか」
ベッドから起き上がり、いつも通り顔を洗い歯を磨く。
服を着替え腰に剣をそれぞれ差す。
よし。準備完了。
コンコンコン。
ちょうどのタイミングでドアがノックされた。
部屋を出ると廊下には先に準備を終えた2人が待機していた。
「もしかして待った?」
「いえ。私達も今来たところよ」
「そう。ならよかった。じゃあ、行こうか」
と俺は言うが2人は動かない。
「どうしたの?」
「最後の戦いよ。やる気の出る一言とかないの」
「やる気の出る一言?」
そんな飲み会の音頭みたいなの必要? と思ったが2人は期待した目で見てくる。
「そういうの苦手なんだけど」
「いいから」
ふぅ、と俺は一つ息を吐く。
「今日の戦いで全てが終わる。泣いても笑っても最後だ。でもやっぱり最後は笑って終えたいよね」
「ええ」
「もちろんです」
「だから絶対勝とう。そして明日も明後日も笑っていられる世界にしよう!」
近くから見る塔は大きく、まるで所有者の権力を鼓舞するかのようだった
その塔の入り口に男が立っていた。
やけに爽やかな笑顔をした男、クレスだ。
「そこを退いて貰える?」
「いいよ」
思いがけない返事が来た。
「ただしイオリ君だけ。そこの2人はここで待っていてもらう。さすがに3対1じゃイリマ君も厳しいだろうからね」
「断る、と言ったら?」とアリアさん。
「戦うしかないね。本当は平和的に解決したかったのだけれど」
クレスからのプレッシャーを感じ、アリアさんは剣に手を伸ばし、ジルさんもバリアを展開する。
俺はそれを左手で制した。
「わかった。俺だけ行くよ」
「本気?! どんな罠があるかわからないのよ」
「そうだけど、従った方が被害は1番少なくてすむ」
「3人で戦うというのは?」
ジルさんが言った。
「それは得策じゃないと思うよ」
耳ざとく聞きつけたクレスが忠告してくる。
「残念だけどクレスの言う通りだ。3人で戦っても簡単に勝てる相手じゃない。それなら俺だけでも入間のところに行った方がいい」
クレスは3人でかかれば無傷で勝てるような相手ではない。そんな相手が戦わずに通してくれると言ってくれてるのだ。従う方が賢明だ。
「ま、そういうわけだから2人は大船に乗ったつもりでここで待っててよ」
言うと2人は押し黙った。
それを賛成と捉えた俺は1人、塔の入口へと歩いて行く。
「イリマ君は1番上にいるから」
「どうも」
本当にクレスは攻撃する気がないらしく、横をすんなり通れた。
警戒は怠らずゆっくり歩を進めて行き塔の中に入る。
すると、背後から轟音が聞こえ、振り返った。
土煙が上がっていてよく見えないが戦いが始まったようだ。
どうして戦闘が!?
状況がよくわからない。
でも戦闘になったのなら2人が心配だ。
俺が2人の所へ戻ろうとしていると、土煙を切り裂きながらアリアさんが走り込んできた。
「アリアさん! 何が起きたの!?」
「セシル団長が来てくれたの」
「セシル団長が!?」
怪我治ったんだ。よかった。
「兵もカナリの数いたからいくらクレスと言えど、負けないと思うわ。だからここは任せて私達は上を目指しましょう」
「……わかった」
ここは頼んだよ。 ジルさん。それにセシル団長。
俺達は後ろを振り向かず走って前に進んだ。
伊織が塔に入った直後の事。
突如地面が隆起し、クレスの周りから土槍が現れた。
クレスは後方宙返りで土槍による攻撃を避ける。
さらに複数の槍が地面から現れ、クレスを貫こうとする。
クレスは魔力を右手に溜めるとすぐさま電撃を放出し、襲いかかる土槍を砕いた。
辺りに土煙が舞う。
「走れ!」
セシルの声を聞き、土煙が舞う中をアリアは塔の入口へと駆ける。
それを見てクレスがアリアに向け電撃を放つ。
しかし土壁が地面から現れ電撃を防ぎ、アリアに当たる事はなかった。
「ふぅ。いいところで邪魔してくるなあ」
「そういうタイミングで攻撃しているからな」
「うーん。厄介な人が来たな」
クレスが呟く。
その視線の先にいるのはセシルだった。
「お前は行かなくてよかったのか?」
セシルがジルに聞く。
「セシルさん1人じゃ荷が重いでしょう?」
「……相変わらず言いにくい事をズバッと言うな。だが大丈夫だ。味方も連れてきた」
セシルは後ろを指差す。
その先には百人ほどの兵士達がやって来ていた。
「かなりの人数いるね。いいの? 王都が手薄になるんじゃない?」
「問題ない」
「今僕らの兵が王都に向かってると知っても?」
「ああ」
「へえ。言い切るとは自信があるみたいだね」
「絶対の自信がある。何せ向こうには陛下が残っているからな」
「陛下?」
「知らないのか。だとしたらリサーチ不足だったな。3人いるレベル5。俺とジル、それに陛下だ」
王都正門前。
王都に地鳴りを響かせながら大軍が押し寄せて来ていた。
「こ、これはマズイ。早く門を閉めなきゃ」
大軍を見つけた門兵が慌てて門を閉じようとする。
慌てふためく門兵を横目にオールバックの男が門から外に出た。
しかもその男、ただの男ではない。
「へ、陛下!」
だった。
「おお。沢山来てるなあ」
正門から出てきた国王が呟く。
「へ、陛下! ここは危険です! 城に戻られてください!」
「私なら大丈夫だ。それより門を閉める必要はない。もうすぐ兵士達も来るからな。では」
「陛下!」
門兵の忠告を無視し、国王は飛び出した。
「は、速い……」
止めようと思ったが、追いつかないと悟った門兵だった。
「止まれ! 誰かいるぞ!」
シュバルツナイツの兵を率いる指揮官が声を張り上げると、馬に乗った兵達は一斉に止まった。
指揮官は1人立っている男の顔を確認すると口を歪めほくそ笑んだ。
「これはこれは国王陛下では御座いませんか」
声高々に指揮官は言う。
「わざわざこのような場所まで。ご足労な事です。和平を結びに来られたのでしょう? ですが! こちらにその気は全くありません!! ハハハハ!」
下品に笑う指揮官を呆れた顔で王は見ていた。
「こっちにも和平を結ぶ気などない」
指揮官の笑い声が止まる。
「はあ? では貴様は何をしに来た?」
「決まっておる。貴様らを倒しに、だ」
「は?」
次の瞬間、指揮官の天地はひっくり返った。
何が起こったかわからない指揮官の目に王の顔が映る。
王は目にも留まらぬ速さで指揮官に詰め寄り指揮官を馬から降ろした。
「寝てな」
ゴン!
頭部を強く地面に打ち付けられた指揮官は気を失った。
「さて、次」
王は敵兵達の間を素早く動き回り、一撃で敵達を倒れて行く。
「う、うわああああ!」
敵の1人がこの密集地帯で風弾を放った。
当然矢よりも速く動いている国王に当たるはずもない。逆に味方に当たる始末。
指揮官をやられ錯乱した敵達はそれぞれ魔法を放った。
だが、その全てが当たらず同士討ちになる。
狂乱の戦場で敵兵の1人が堪らず逃げ出した。
その後は早かった。敵達は蜘蛛の子を散らしたように退散して行く。
「ま、こんなもんかな」
パンパンと手を打ち合わせながらニカっと王は笑った。




