4話
「入間にも生きてるってこと報告してやれよ。心配してるから」
会計を終え、外に出ると木戸から言われた。
「入間は学校でどんな感じなの?」
「それがあいつも最近学校に来てないんだよ」
「そうなんだ」
「だから連絡してやれよ。現金な奴だから伊織が生きてるってわかれば一気に元気になるぜ」
「……そうだね。あとで連絡するよ」
「じゃあな。出来るだけ早く帰ってこいよ!」
「もちろん」
手を上げながら去って行く木戸を見送り、俺らは再びビルのエレベーターへ。
今度はさっきと違い、1人でエレベーターに乗り込む。
そういえば木戸が乗ってきた5階って何があるんだろ。このビルあんまり商業施設入ってなかったと思うけど。
5階の表示を見る。いかにもアダルティーな名前が。
……よし。見なかったことにしてやろう。
その後、もう一度挑戦したが、エレベーターを使った異世界転移の方法は失敗に終わった。
仕方ないので、家に帰って作戦会議を開く。
「イオリはどうやって向こうに来たの?」
「わかんない」
「でも普通に過ごしても魔力は回復しないから、その日か前日くらいに何か特別なことしたんじゃない? ちょっと思い出してみて」
アリアさんに言われ、その日の事を思い出す。
あの日は朝から剣の声で起こされて、いつも通り学校に行って……あ、その日は全校登山で、やたら入間のテンションが高く厨二な発言ばっかしてたな。
……厨二?
そういや入間があの山はそういう力で満ちているとかなんとか言ってたような。
あの時はただの厨二発言だと思ってたけど、入間の言うそういう力というのが剣の言うマナだとしたら……?
「何か思い当たる節があった?」
「うん。入間が言ってたんだ。万部山はそういう力が満ちているって。そういう力って言うのがマナの事かもしれない」
「ちょっと、どうしてそんな大事な事言わないのよ! 絶対そこじゃない!」
「ごめん。でもその時は入間も向こうに行けるとは思ってなかったから気にしてなかったんだ」
「まあいいわ。ならその山に行ってみましょう」
「ただ遠いから移動手段がね」
「馬車とかないの?」
「馬車はないね」
車ならあるけど母さんは運転できないし。
「ただいまっ! 伊織はまだいるか!」
ちょうど求めていたタイミングで父が帰って来た。
「あ、ちょうどいいところに帰って来てくれた」
「お、伊織も父さんに会いたかったか!」
「うん」
俺は大きく頷いた。
父は感動に震えているようだ。
「それでお願いがあるんだけど、俺たちを万部山まで送ってくれない?」
「え?」
てなわけで、俺らは準備をしてから父さんの車で山に向かった。
「ここでいいのか?」
「うん。ありがとう」
山の麓に到着し、車から降りた。
「この山を登るんですか?」
嫌そうにジルさんが言う。
「そうだよ」
「イオリさんおぶってくれます?」
「流石に親が見てる前でそれは……」
「ですよね」
「私がおぶろうか?」
「うーん。さすがにそれは悪いです」
俺にも悪いと思って欲しいなあ。
「アリアさん。肉体強化のコツを教えて貰えませんか?」
「コツというか、感覚としては魔法を使うときに似てるわ。ただ集めた魔力を身体に行き渡せるというか」
「魔力を体に行き渡せるですか……うーん、難しいですね」
アリアさんに聞いたコツ通り試しているようだが、さすがにそう上手くはいかないか。
「ほらジル。遠慮せずに乗りなさい」
「……あ、できた」
「「え!?」」
「多分できました。じゃあ登って行きましょう」
そう言ってあのジルさんが自分の足で山を登り始めた。
「なんか不思議な所ね。向こうの匂いがするというか」
山の空気を吸い込んだアリアさんは言った。
「そうですね。わかります」
確かに何か他とは違う感じがする。これがマナがあるという事なんだろうか。
1時間は登っただろうか、俺が転移した場所の近くまでやってきた。
「魔力が回復してますね」
「そうだね」
「はい。だから眠くなってきました……」
「それ関係あるの?」
眠さと魔力回復の相関関係はわからないが、魔力が回復してきたのは確かだ。
そう言えばこの山は有名なパワースポットだったな。
パワースポットというのはもしかしたらマナが満ちている場所の事を言うのかもしれない。
『いい感じに魔力が溜まってきたな』
炎の剣が言った。
(もう向こうに行けそう?)
『ああ』
俺はラケットケースから炎の剣を取り出し握り、両親の方を向いた。
「じゃあ、行ってくる」
「そうか。気をつけてな」
「無事に帰ってきてね」
「うん。約束する」
別れ際に言って、2人から少し離れた場所で炎の剣に魔力を注いだ。
『行くぞ』
グラリ。あの時と同じように光に包まれ目を閉じると目眩と頭痛に襲われた。
何度経験しても慣れない感覚だ。
少しずつ頭痛と光が引いていき目を開けた。
俺たち3人は炎の剣があった洞窟の中にいた。
無事転移できたらしい。
「帰って来たの?」
確認するようにアリアさん。
「うん」
洞窟を出ると、目の前にはあの平原が広がっていた。
もはや懐かしいとも感じる景色。
確かあの辺りでアリアさんと出会ったんだったな。
「ここ、もしかしてイオリと初めて会った場所あたりかしら?」
「そうだね」
あの時は世界を救うような旅に出るとは思いもしなかった。
「へー。それが2人の馴れ初めですか?」
「な、馴れ初め!? そんなんじゃないわよ!」
「え、2人は恋人同士じゃないんですか?」
「違うわよ! 何で私がイオリなんかと!」
なんかってひどい物言いだな。
『ククク。酷い言われようだなイオリ。まあそう気にするな』
『ドンマイ! イオリ!』
『恋とは得てして難解なものです。落ち込む必要はないですよ』
(別に落ち込んでないし!)
慰めの言葉を口々に言う剣達に言い返した。
「そうなんですか。意外でした」
「いや、逆にジルさんがそう思ってた事が意外だよ」
「だって2人はずっと一緒にいるじゃないですか」
「それを言うならジルもでしょ?」
「いえ。私は夜中までイオリさんと一緒にいませんから」
「「!!???」」
「夜、宿屋からイオリさんが出て行ったらすぐアリアさんも出て行きますよね?」
な、何故それを知ってる?!
「お、起きてたの?」
「起きてたというか、気配で気付きますよ。それでどうなんですか?」
「どうって、別にそれはやましい事をしているわけじゃないわ! ねえイオリ!」
「そうだよ! 一緒に修行しているだけだよ。ねえアリアさん!」
「一体夜中に何の修行があるというんですか」
「剣だよ!」
「ああ、なるほど。それならよかったです」
ジルさんはホッと息を吐いた。
よかった? まさか知らずの内にジルさんとフラグが立っていた!?
「恋人同士がいるパーティーなんていずれ面倒ごとが起きますからね」
違った。ただ面倒ごとに巻き込まれたくないだけだった。
結局俺がダメージを受けただけで、この話は終わった。
「ねえ、街の方から煙が上がってない?」
街が見え始めた時、アリアさんが言った。
「本当だ」
「祭りでもあってるんですかね」
もしかして、と俺は思った。
「もしかして入間が攻めて来たんじゃ……?」
「可能性あるわね」
「行きましょう。イオリさんおぶってくれますか?」
「もう自分で走れるんじゃないの?」
「ある程度は。でもまだ2人のスピードにはついていけないです」
表情から察するに走るのがめんどくさいから言ってるのではなさそうだ。
「わかった。乗って」
「すみません」
俺はジルさんを背中に乗せ走り出した。
徐々に街が近くなって来て、全容が明らかになってきた。
街の入り口で敵と街の兵士達が戦っていて、火の手が上がっていた。
敵の数は1000人程度だろうか。数はそれなりに多いがクレスのような凄腕はいないみたいだ。
今の自分たちの魔力でも進行を食い止めれる。
「2人とも戦える?」
俺は確認する。
「もちろんよ」
「はい」
「じゃあ行くよ!」
敵陣を突っ切って走り、戦場のど真ん中でジルさんを降ろした。
「何だてめえらは!」
敵の1人がジルさんに剣を振り下ろす。
剣が触れる前にジルさんはバリアを張り剣を弾き返した。
そして四方八方に光線を出す。
周りにいた10数人が光線に貫かれ、倒れる。
「ここは任せたよ!」
「はい!」
俺はジルさんを置いて戦場の最前線、正門を目指す。
「はぁっ!」
途中、襲い掛かってくる敵に土の剣を振って土柱で攻撃する。
数人がそれにぶつかり、吹き飛ばされて行く。
さらに俺は地面を隆起させ門を壊そうとしている兵士達に攻撃した。
『イオリ、アリアがピンチだぞ!』
「え?」
炎の剣に言われ振り返る。
アリアさんは敵3人から攻撃を受けていた。
敵の攻撃をどうにか躱しているが、ピンチなのは間違いない。
でもどうして魔法で攻撃しないんだろう?
……そうか。水を持ってないから氷が作れないのか。
『……イオリさん。私をアリアさんに渡してください』
水の剣から話しかけられた。
「水で襲ったりしない?」
『しません』
「……オッケー。信じるよっ!」
俺は敵を土柱で蹴散らし、アリアさんのもとへ。
「アリアさんっ!」
「あ、イオリ。ありがとう……」
アリアさんは何故か申し訳なさそうな、それでいて辛そうな顔をした。
「大丈夫? どこか怪我した?」
「いや、してないけど」
「ならよかった。じゃあ、はい」
俺は水の剣の柄をアリアさんに向けた。
「何これ?」
「水の剣。水の剣がアリアさんに力を貸してくれるって」
「ほ、本当!?」
「本当だよ」
「でも私に使えるかしら」
「大丈夫」
躊躇っているアリアさんに俺は頷いて見せる。
「何かあったら俺がどうにかするから」
言うと、強張っていたアリアさんの表情が緩んだ。
「何かあったらどうにかするって、まるで具体性がないわね。けど、信じるわよ!」
アリアさんは水の剣に触れ、握った。
けれど水に襲われない。
その代わりに
『はじめましてアリアさん』
「声が……」
『はい。水の剣です』
アリアさんにも水の剣の声が聞こえているらしい。
「力を貸してくれるって本当?」
『はい』
「私でいいの?」
『アリアさんがいいんです。貴方は力に溺れたりしないでしょ』
「当然よ」
アリアさんが言い切ると水の剣は光を発し、アリアさんへ吸い込まれて行った。
同調完了だ。これで水の剣は使えるはず。
「じゃあ使い方だけど……」
『それは私が教えます。イオリさんは街の方をお願いします』
「わかった。アリアさんもそれでいい?」
「ええ。任せて」
アリアさんの目に強い光を感じた。
「任せたよ!」
俺はアリアさんを残して街に入ろうとしている敵を倒しに行く。
『まずは私に魔力を集中させて下さい。魔法が使えるアリアさんになら簡単に出来るはずです』
「オッケー……こんな感じ?」
『そうです。後は溜まった力を解放するだけです』
「こう?」
アリアは伊織を真似て剣を振るう。
三日月型の水の衝撃波が放出された。
衝撃波に運悪く当たった敵は吹き飛ばされて行く。
『やっぱり! 見込んだ通り筋がいいですね!』
「凄っ……」
呆気にとられるアリア。
少しの魔力であの威力が出るなんて……力加減を間違えないようにしなきゃね。
『また、前から敵が来てますよ』
「っ!」
前からは2人の敵が刀を持って接近していた。
「はっ!」
アリアは力を出来るだけ抑え、剣先から水弾を2発放った。
クリーンヒットし、2人は吹き飛ばされて行く。
今度は少し離れた敵に水弾を放つ。
「ぐはっ……」
これも命中し、敵は倒れる。
伊織、アリア、ジル3人の活躍で、敵はみるみる内に少なくなって行く。
「な、何だこいつら化け物か。撤退だ! 撤退するぞ!」
敵が引いて行く。
勝ったのか。
正直、魔力はあまりなかったから助かった。
「とりあえず、終わりですかね」
ジルさんが寄ってきた。
「だね」
いつもなら来るはずのアリアさんが来ない。
もしかして、と思い辺りを見渡す。
アリアさんはというと、魂が抜けたかのように呆然と立ち尽くしていた。
「アリアさん?」
近づいて呼びかける。
「!!」
俺はギョッとした。アリアさんの大きな瞳から光るものが流れ落ちたからだ。
「ど、どうしたの?」
ボロボロと流れる涙は量を増して行き、顔もクシャッと潰れた顔になった。
「……今まで2人の邪魔にしかなってなかったけど、これからは少しは役に立てる」
子供のように涙を流すアリアさん。
俺とジルさんは顔を見合わせ、ふっと笑ってしまう。
そんな事全くないのに。
「何言ってんの。役に立ってたよ」
「スン……スン。どこで?」
「ム……」
ムードメーカー的なところで、と言おうとして辞めた。
多分アリアさんが欲しいのはこんな抽象的な答えじゃなくもっと具体的な答えだ。
具体的……具体的。
あっ!
「偽の土の剣の装飾を作ってくれたこととか」
「それくらい私じゃなくても出来るじゃないっ!」
怒られてしまった。
いや、あんな精巧な作り、誰でも出来るものじゃないと思うけど。
少なくとも俺にはできないし。
怒るアリアさんの肩に、ジルさんがそっと手を置いた。
「私は知ってますよ。アリアさんが気を使ってくれていること。こうして仲良く3人で旅ができたのはアリアさんのおかげだと私は思っていますよ」
「ジルぅ……ありがとう」
アリアさんがジルさんをハグする。
このままじゃ気まずいので俺は付け加えた。
「そう。アリアさんはこのパーティーのムードメーカーなんだよ」
「それジルが言った事と一緒じゃない!」
やっぱり怒られてしまった。
「ごめんなさい。取り乱して」
落ち着きを取り戻したアリアさんは顔を真っ赤にして謝った。
「気にしてないよ。ただまさかアリアさんのあんな姿が見れるとはね」
さっき怒られた腹いせに意地悪な事を言ってみた。
「本当です。夢にも思いませんでした」
ジルさんまでアリアさんを揶揄う。
「もう! その話はしないでよ!」
真っ赤な顔で頰を膨らませ、ゆでダコのような顔をした。
そうやってアリアさんを揶揄いながら向かっている先は国王陛下のところだ。
今の現状を陛下に伝え、対策を練る必要がある。
「おお! 君たちだったか! 凄腕の3人が敵を逃走に追い込んだというのは」
陛下に会うとそう言われた。
確証が持てないので曖昧に答える。
「たぶんそうだと思います」
「しかしその内の1人が急に泣き出したという噂も入っているが、何かあったのか?」
あ、絶対俺らの事だ。
「いえ、何もないですよ。見間違いではありませんか?」
「噂だしな。そうかもしれん」
アリアさんの言葉に国王は納得した。
「あの、街の被害はどんな具合ですか?」と俺。
「君たちのおかげでほぼ被害はなしだ。ありがとう」
よかった。
「他に何か情報は入ってませんか? 敵の本陣がどこにあるとか……」
「残念だがまだそういった情報はない」
「そうですか……」
「何人か敵兵を捉えた。彼らから何か聞き出せるかもしれん。情報が掴めれば連絡しよう」
「お願いします。それとすみません。陛下に謝らないといけない事がありまして……」
「ほう。何かな?」
「剣は3本取る事ができたんですが、1本取られてしまいました。すみません」
俺は国王に頭を下げた。
「ハッハ! 謝る必要はない! むしろよくやってくれた。ありがとう」
今度は国王が頭を下げた。
「剣は戦いが終われば返します。それまで持っていてもいいですか?」
入間を止めるにはどうしてもこの剣達は必要だ。
「構わんよ」
「ありがとうございます。そういえばセシル団長の具合はどうですか?」
今日ここに来る途中ですれ違いもしなかった。
やはりまだ悪いのだろうか。
「……まだ目が覚めん」
「そうですか」
「まあその内目覚めるさ。その時まで待つしかない」
暗い場の雰囲気を嫌うように陛下は明るい声を出した。
「そうですね。待つしかないですね」
希望を込め俺は言う。
「敵兵から吐かせるのに少し時間がかかると思うが、君達はこれからどうするつもりだい?」
「自分は近くの宿屋に泊まろうかと」
「何で? ウチに泊まれば」
お、おう。何と男らしいセリフ。けどそのセリフどうなんだ?
陛下とジルさんは予想通りニヤついている。
「あ。も、もちろんジルも泊まるでしょ」
慌ててアリアさんが付け加える。
「いやあ。2人の愛の巣に行くのは心苦しいです」
「だから違うって言ってるじゃない!」
「そうだよ!」
「冗談です。まあ一緒の方が何かと便利ですし、お邪魔させていただきます」
「決まったかな? では情報があればアリア君の家に連絡をいれよう」
「お願いします」
それから俺らは3人揃ってアリアさんの家に行き、情報を待った。




