2話
財布など当然持っていないわけで、徒歩で移動する事に。
幸い、飛ばされた場所は近くの神社だったので実家への道がわかった。
俺たちは異世界でのカッコのまま、大通りを歩き家を目指す。
「ねえ、なんだか見られてる気がするんだけど……」
「奇遇ですね。私もそんな気がします」
通行人がジロジロと無遠慮な視線を浴びせて来る。
「もしかして敵と見なされてる?」
「どうでしょうか。そういう類の視線ではないと思いますが。イオリさんはどう思いますか?」
「そうだね……」
通行人のヒソヒソ声が聞こえる。
「コスプレ? 今日この辺でなんかあるの?」
「わかんねえけど、後ろの2人可愛くね」
「それ思った。やべえよな」
どうやらこの格好はコスプレに見えるらしい。
そらこんな2人がこんな格好で歩いてたら目立つよね。
「まあこっちではこんな格好しないから。珍しいんだよ」
やんわり濁した。
そんな感じで好奇の目に晒されながら、なんとか実家に到着した。
大きな家とは言い難いし、築10数年経つので所々汚れもある。
そんな家を見て嬉しくなる日が来るとは思っていなかった。
1ヵ月ぶりくらいかな。もっと久し振りのように感じる。
向こうでの生活は毎日濃かったからな。
俺は、インターホンを押した。
ピンポーン。
チャイムの音が響く。
「何!? なんの音?」チャイムの音に焦るアリアさん。
「チャイムの音。このボタンを押したら音が鳴って中にいる人に来客があった事を知らせるんだ」
「へー。すごいわね」
「これは何ですか?」
今度はジルさんに聞かれた。
指差しているのはカメラだった。
「ああ。これはわざわざ外に出なくても誰が来たかわかるものなんだ。口で言っても想像できないだろうから、後で試してみようか」
「はい」
そんな話をしながら待つ事数秒。
家の中からドタドタと廊下を走って来る音がした。
バンッ!
扉が勢いよく開かれ、母親が出て来た。
「伊織っ!?」
「ただい……ぶっ」
ただいまと言い終わる前に抱きつかれた。
「ちょ、ちょっと!?」
2人が見ている前で抱きつかれ、恥ずかしかった俺は無理やり母親を剥がした。
「よかった……生きてたんだ」
目に涙を溜めながら母は言った。
そうか。俺、山で行方不明扱いになってたんだろうな。それも1ヵ月も。親には相当な心配をかけた事だろう。
そういえば少しやつれている気がする。
「ごめん。けど無事だったよ」
「よかった……よかった」
母親が落ち着くのを待ってから家に入った。
今はだいぶ落ち着いて普通に会話ができるまでになった。
「帰ってくるとは思ってたけど、まさかこんなかわいい女の子達を連れて帰って来るとはね」
落ち着いたと思ったらコレだ。
まあそこはイジられると思ってたけど。
「いろいろあったんだよ」
「いろいろって何? 聞かせて」
「言っても信じないと思うよ」
「かわいい息子の言う事よ。信じるって」
「山登り中に異世界に飛ばされて、そうこうしているうちに2人と世界を救う旅に出ることになったんだ。で、その途中でまたこっちに飛ばされた、と」
「あらあら。あんた、まだそんな夢見てるの?」
このクソ母親め。全然信じてないじゃん。
「本当なんだって。この服とか剣とか見て何も思わない?」
「銃刀法違反で捕まんなくてよかったね」
「そこ!?」
「ウソウソ。なかなか信じ難い話だけど、伊織の目が本気な所をみると本当なんでしょ」
……信じて貰えたのだろうか。
「いやー、この世界いいですねー。私気に入りましたよー」
ジルさんの声。
そっちを向くと、ビーズクッションの上でダラけていた。
すごいな。もうこの世界に順応している。
それに引き換え隣のアリアさんといえば、さっきから押し黙り、椅子に小さくなって座っている。
借りてきた猫状態という非常にアリアさんらしくない光景だ。
「あなたお名前は?」
そんなアリアさんに、母がニコニコ顔で話しかけた。
アリアさんは日本語がわからないので俺が代わりに答えた。
「彼女はアリアさん。向こうのクッションに座ってるのがジルさんだよ」
「アリアちゃんにジルちゃんか。可愛らしい名前ね」
「可愛いい名前だねだって」
「あ、ありがとうございます」
アリアさんは控えめなお辞儀とともに言う。
らしくないしおらしい反応だ。
「どうしたの? なんかおかしいよ。熱でもあるの?」
「ないわよ。たぶん」
「そう? ……あ、わかったお腹空いてるんでしょ? それで元気ないんだ」
「そんな子供みたいな理由じゃないわよ!」
「じゃあ何で元気ないの?」
「元気ないわけじゃないわよ。ただ……」
「ただ?」
「緊張してるのよ」
「ええ……アリアさんが緊張とかするんだ」
「失礼ね! 私を何だと思っているのよ!」
おっ。いつものアリアさんらしくなった。
「ふふふ」
それを見ていた母が笑った。
「言葉わかるの?」
「いいえ。でもとっても仲良さげなのはわかった。楽しくやれてたみたいね」
「まあね」
そう言われ、ちょっとだけ恥ずかしい気持ちになり頭を掻いた。
話がひと段落ついたところで、家の鍵を回す音がしてドアが開いた。
「伊織が帰って来たって本当か!?」
誰かと思えば父親の声だ。
勢いよくリビングに飛び込んで来た父親は、俺を見るなりピタリと動きを止めた。
「い、伊織……」
名前を呼びながら父親が近づいて来た。
「よく帰って来てくれた。信じていたぞ」
肩を優しく2度ポンポンと叩かれた。
「心配かけてごめんね」
「いいんだ。こうして帰って来てくれたんだから」
そして父は母の方を向く。
「母さん! 今日は寿司にしよう! 特上のを頼む!」
「わかりました。あなたのお小遣いから引いときますね」
さらっと小遣いを引かれる父だったが、聞こえなかったようだ。
どうも他の事に気をとられているみたいだ。
「……ところで母さん。あの2人は誰だい?」
2人を見ながら父が母に聞く。
「伊織が連れて来た娘達ですよ」
「い、伊織が!? か、母さんっ、赤飯も頼む!」
「はーい」
「ちょっと! 赤飯は違うよね!?」
何故女の子を連れて来ただけで赤飯を炊かなきゃ行けないんだ。
「何を言ってる。伊織が女の子を連れて来たんだぞ。まるで夢みたいじゃないか。それくらい祝ってもいいだろ!」
「俺が帰って来た事の方が夢みたいじゃないの!?」
「はっはっは! そっちは夢だと困るからな!」
大口を開け豪快に笑う父だった。
「それにして一体どうやって1ヵ月も山の中で生き延びたんだ?」
「それが山にいたわけじゃないんだ」
「ならどこにいた?」
「異世界」
「は?」
「嘘みたいだけど本当の話なんだ」
「か、母さんも聞いたか?」
「はい」
「そ、そうか。にわかには信じられないな。でもまあ伊織が帰ってきたんだ。なんでもいい」
まあ信じれないだろうね。
俺だったら異世界に行ってたなんて言われたら信じられないもん。
……ん? 異世界? あ! こんなゆっくりしている時間はなかった!
「アリアさん、ジルさん! こんなゆっくりしている場合じゃなかった! 急いで向こうに戻らないと」
「そうね。イオリは戻り方知ってる?」
「いや知らない」
「イオリさんが知らないなら戻れないですね」
「剣なら知ってるんじゃない?」
「前に聞いた時は知らないって言ってたけど……」
『知ってるぞ』
炎の剣の声がした。
(本当?)
『ああ。俺に魔力を集めろ。そしたら俺が向こうへ転移させてやる』
(そんな事できるの?)
『当たり前だ。お前が向こうに来た時も俺がそうした』
(そうだったんだ……あれ? でも前聞いた時知らないって言ったよね?)
『ああ。あれは嘘だ。帰らせろと喚かれたらたまらんからな』
(嘘だったの!?)
めっちゃ俺困ってたのに!
今更言ってもしょうがない事だけど。
「……大丈夫。帰れるみたい」
「そう。よかったわ」
「ではすぐにでも帰りましょう」
『それは無理だ』
ジルさんの言葉を剣は即座に否定した。
(どうして?)
『魔力が足りないからだ。今のイオリに向こうに転移できるほどの魔力は残っていない』
「ごめん。それが今日は魔力が回復してないから無理って」
「別に謝ることじゃないわ。今日はゆっくり休みましょう」
「アリアさんの言う通りです。休みましょう」
帰れないものは仕方ない。
「何の話してるの?」
母から聞かれた。
「これからの事。向こうに戻らないといけないから」
「ああ、そうね。2人は向こうの人なのよね」
「うん。まあ2人だけじゃなくて俺も向こうに行くけどね」
「え?」
言うと、両親は真顔になった。
「どうして? 伊織の家はここでしょ」
「そうだけど」
「何か理由があるのか?」
「うん」
父の問いかけに俺は頷いた。
「ま、まさか……2人と結婚して家が他にあるとか言わないよなっ。母さん! やはり赤飯を!」
「はーい」
「違う! 全然そんなんじゃないから!」
「じゃあどうして向こうに行くんだ?」
「今、向こうで困ってる事が起きようとしてるんだ。それを止めに」
「それはお前が行かなきゃいけないのか?」
「うん。口でいくら言っても信じれないだろうから庭に行こう」
両親と一緒に庭に出た。
俺は土の剣を抜く。
「危ないから少し下がってて」
「何するつもり?」
母が心配そうに聞いてきた。
「その辺りから柱を出すから見てて」
言って、俺は土の剣を振った。すると俺が指し示した場所から土の柱が生えてきた。
「「!!」」
突然現れた柱に2人は口をあんぐり開け驚いた。
「凄いでしょ」
「あ、ああ。どうやったんだ?」
「この剣に魔力を集めたら土を自在に動かせるんだ」
俺は土の剣を見せて父さんに説明した。
「魔力?」
「うん。異世界に行って魔法が使えるようになったんだ」
もう一度土の剣を振り、盛り上がった地面を平らに戻した。
「どうかな。異世界に行ってたって信じてくれた?」
「そ、そうだな。なあ、母さん」
「私は最初から信じてましたから」
「ええっ!」
驚いて見せた後、父さんは居心地の悪さを晴らすようにコホンと咳払いをした。
「ま、まあ伊織が異世界に行ってたというのは信じよう。でもどうしてまた向こうに行くんだ?」
「それは俺にこういう力があるからだよ。今、向こうは大変な事になっていて俺はそれを救えるんだ。だからすぐにでも向こうに行かなくちゃいけない」
「なるほどな。そういう理由か……」
「ダメかな?」
「ダメと言ったら?」
「無理にでも向こうに行く」
父をまっすぐ見据えて言った。
「いつから親の言う事を聞けない子になったのやら。父さんは悲しいぞ」
「反抗期ってやつですかねえ。母さんも悲しいわ」
「いや、別に反抗期で言ってるわけじゃ!」
「行って来い」
「え?」
「聞こえなかったか? 行って来い」
「いいの?」
こんなにあっさり許されると思ってなく、確認する。
「ああ。その代わり条件がある」
「何?」
「元気な姿で帰って来い。守れるか?」
「もちろん!」
俺は力強く返事をした。
その後、俺たちは久しぶりのオフを満喫した。
アリアさんは初めて見るテレビに腰を抜かしたり、ジルさんはビーズクッションに腰を下ろしたまま動かなかったり。それぞれがそれぞれの楽しみ方で過ごした。




