1話
街のすぐ外にはクレスの用意した幌馬車があった。
「どうぞ」
促されるがまま、俺たちは荷台に乗り込む。
「乗ったね。じゃあ出るよ」
クレスが言うと、馬は走り出した。
「こんなすぐに2本も剣を集めるとは。いやー、大したものだよ。短期間でかなり強くなったね」
「おかげさまでね。で、これはどこに向かってるの?」
「閣下の所だよ」
「閣下って誰?」
「シュバルツナイツのトップ」
「その人は俺らに何の用があるの?」
「会えばわかるよ。まあいきなり殺されはしないから安心していいよ」
「アジトに連れられてるのに安心できる人なんていないよ」
「そう? そっちの2人はそうでもなさそうだよ」
言われて2人を見る。
2人はすぅすぅと寝息を立てて眠っていた。
ええ……よくこの状況で寝れるな。
「イオリ君も寝たら? 疲れたでしょ」
「敵の前で全員寝るわけにはいかないよ」
「大丈夫だよ。何もしないから」
「何もしないって台詞、何かする人の常套句だよ」
「あははは、違いないね。けどさ、僕が本気になったら寝ていようが起きていようが関係ないと思わない?」
「一理あるね」
「なら寝てていいんじゃない? まあ僕は君達に危害を加える気は無いんだけどね」
その言葉、信じていいのだろうか。
『イオリ、寝ておけ。今は少しでも体力を回復させておいたがいい』
(でも……)
『奴に動きがあれば起こす』
(……わかった)
俺は炎の剣を信用し瞼を閉じた。
『イオリ、目的地に着くぞ』
剣の声が頭の中に響き、俺は目を開けた。
どれくらい寝たのかわからないが、少し疲れは取れていた。それでもクレスと戦えるほどではない。
馬車が止まる。
「さあ、着いたよ」とクレス。
俺は寝ている2人を起こす。
アリアさんはすぐに起きてくれたが、ジルさんはなかなか起きてくれなかった。
今も微睡みの中って感じだ。
馬車から降りると、そこは大きな塔の前だった。
建物の全容を見ようと上を向いたが、高すぎて首を痛めそうになったので辞めた。
「ここは?」
「僕らのアジト。といってもここには基本閣下しかいないんだけどね」
「いいの? そんなところに俺らを案内して」
「いいんじゃない。そうしろって言うんだし」
そう言いながらクレスが重そうな扉を開けた。
扉の向こうには上と下に続く階段があり、クレスは下へと降りて行く。
俺たちもその後に続き薄暗い階段を降りていく。
「これだけ暗いと眠くなりますね」
「ジルはいつもでしょ」
アリアさんは嘆息した。
アジトに連行されたってのに2人ともマイペースだな。
『しかし、凄い自信だな』と炎の剣。
(誰が?)
『クレスだ。お前なら敵に背を向けて歩けるか』
(うーん、できれば避けたいね)
『だろ。なのにあいつはお前らを背にして平気で歩きやがる。おそらく奇襲されても返り討ちにできる自信があるんだろうな』
『ただ何も考えてないだけじゃない?』
『それは土の剣だけですよ』
『ヒドイ!』
3人のやり取りを聞きながら進んで行くと、階段が終わり彫刻が彫られた木製のドアが現れた。
「この部屋の中に閣下がいる。失礼の無いようにね」
と、含みのある笑顔でクレスが言う。
この奥にシュバルツナイツのトップがいるのか。
「どうぞ」
クレスがドアを開けた。
中は眩しくて目を細めながら入った。
入るとドアが閉められた。
書斎のような部屋に、黒い革服の男が背中を向けて座っていた。
アレが閣下……なのか?
後ろ姿だけだから何歳か正確にはわからないが、若そうな感じだ。
「よく来てくれたな」
閣下と呼ばれた男が言った。
聞き覚えのある声。
それによく見ると後ろ姿も見覚えがあるような。
まさか……いや、そんなはずは。
椅子がゆっくりと回転し顔が見えた。
「伊織よ」
「入間!?」
閣下と言うのは友人の、あの入間新だった。
「驚いたか?」
「そ、そりゃ……。え、ていうか本当に入間なの?」
信じられなくて、そう聞いた。
「ああ。入間新だ。たった1ヵ月で友人の顔を忘れたのか?」
忘れた訳じゃない。信じられないんだ。
「し、出席番号は?」
「1103」
「得意科目は?」
「数学」
「誕生日は?」
「3月21日だ。お前、俺の誕生日知ってるか?」
「……そういえば知らないな」
でも他は全部合ってる。入間に似た人ではなく本当に入間新なようだ。
そんな俺らのやり取りを聞いてアリアさんから質問された。
「知り合いなの?」
「うん。元いた世界の友人」
「ふん。何を言ってる。友人などという安い関係ではなくもっと上の関係だろ」
異世界でも相変わらず独特な言い回しだ。
しかも微妙に誤解を受けそうな言い回し。
「もしかして2人ってそういう関係……?」
アリアさんから疑われた。
ここはきっちり否定しとかないと尾をひくかもしれん。
「そうだ。物分かりがいいな」
「何言ってんの!?」
俺は入間に突っ込んだ。
「いや、入間が言ってるのは親友とかそういう意味だから」
「何よそれ。喋り方といい彼ってちょっと痛い人?」
俺にだけ聞こえる程度の大きさでアリアさんはささやいた。
残念だけど否定できないな。
「親友ということはイオリさんは向こうの味方なんですか?」
「へ? どうなんだろう……」
クレスと同じ組織という事は敵っぽいけど。
とりあえず俺は呼ばれた理由を聞いた。
「入間はどうして俺らを呼んだの?」
「伊織が俺の右腕になれるほど強くなったという話を聞いてな。ガーディアンを2体も倒したそうだな」
「俺だけの力じゃないけどね」
「知ってる。だからその2人もここに呼んだ。3人を我が軍に迎い入れるために」
そう言う事か。なぜクレスがあの時俺を殺さなかったのかわかった。俺が強くなるのを待っていたんだな。
「1つ聞きたいんだけどその軍は何をするの?」
「決まっている。世界征服だ」
世界征服……?
俺が聞き間違いかなと考えていると、入間が追加情報をくれた。
「もちろん世界征服を果たした際にはそれ相応の領地と権限を与える。悪い話ではないと思うが」
「ちょ、ちょっと待って。世界征服!?」
聞き間違いじゃないとわかり話を止めた。
「そうだ」
「世界征服っていうのは……?」
「言葉通りの意味だが。今の国家を打倒し俺が1番上に立つ」
「ど、どうして世界征服をしたいの?」
「欲しいものがあってな。それを手に入れるためまずはこの世界の1番上に立つ」
今度はアリアさんが質問した。
「なら世界征服は私利私欲って事?」
「まあ、そうだな。だがさっき言ったように伊織達にも其れ相応の領地や権限を与える。どうだ? 悪い話じゃないと思うが」
入間が聞いてきた。
「たしかに。俺にとっては悪くない話だね」
「では……」
「けど俺は世界征服には付き合えない」
「どうしてだ?」
「だってそんな事すれば大多数の人が不幸になる。違う?」
「違う、とは言えんな」
「だから付き合えない」
「そうか。残念だ。他の2人はどうだ?」
「私も賛同できないわね」
とアリアさん。
「私は楽な方が……」
俺とアリアさんはジルさんをジト目で見た。
「いえ、私もあなたの意見には賛同できません」
「……よくわかった。では話は終わりだ。帰ってくれ」
「いや、帰らないよ」
「何故だ」
「当たり前だよ。世界征服をしようとしてる人を見逃しわけには行かない」
「そうか。なら無理にでもお帰りいただこうか」
入間が椅子から腰を上げ、剣を鞘から抜いた。
手に握っている剣は細くて刀身が波打っている剣。
キャメロンさんの家で見た風の剣にそっくりだった。
俺らは戦いに備えそれぞれ構える。
すると入間は剣を地面に突き刺した。
突き刺した場所から光が溢れ出す。
あまりの眩しさに目を瞑った。
「じゃあな」
あの頭痛と耳鳴りがした。
忘れもしない、この感覚……異世界に転移した時の感覚だ。
「くっ……」
時間の経過と共に耳鳴りと頭痛が徐々に収まって行き、俺は薄眼を開けた。
先ほどまでいた入間の姿は消えていた。それだけじゃない。部屋の中にいたはずなのに今は野外、もっと詳しく言えば神社の本堂前にいた。
空気も排ガス混じりの匂いがする。
……間違いないここは地球だ。
「ど、どうなってるの?」
「わかりません。幻覚でも見せられているのでしょうか」
焦る2人をよそに、俺は1人歩き始めた。
「ちょっと。下手に動かない方がいいわよ」
「いや、大丈夫」
神社は高台に建てられていて、少し歩くと街を一望できた。
ビルが所狭しと立ち並んでいる。
「な、何あれ?」
街を見てアリアさんが幽霊でも見たかのような声を出した。
「俺が住んでいる街だよ」
「住んでいる?」
何かを察したジルさんが言った。
「うん。ここはアリアさんとジルさんから見ると異世界だ」
その返答にアリアさんは目を見開いて驚いた。
「う、嘘でしょ?」
「本当だよ。向こうと景色が違うし、空気も違うでしょ」
「そうだけど……でもどうして異世界に」
「多分、入間が何かしたんだと思う」
「あー……」
アリアさんはまだ頭の整理ができていないのか少し呆けている。
「異世界ですか。どうりで見慣れない物が沢山あるんですね」
一方のジルさんはすんなりと異世界に飛ばされた事を受け入れたようだ。
「イオリさん。あの高い建物はなんですか?」
「何ですかって言われても……ビルとしか」
単なるビルだし、中に何が入ってるか知らない。
「ビルと言うんですね。へー」
「興味あるの?」
「まあ。絶対あそこには住みたくないなと思って。上に行くだけで疲れそうです」
「エレベーターがあるからそこまで大変じゃないよ」
「エレベーター……ですか?」
聞きなれない単語にジルさんは小首を傾げる。
「うん。自動で上に行ったり下に行ったりできる機械の事だよ」
「おお! こっちにはそんな素晴らしい物があるんですね」
ジルさんは目を輝かせた。
めんどくさがり屋なジルさんからしたらこっちは天国かもしれない。
ここにこれ以上いても仕方がないので、別の場所に移動したい。
俺はアリアさんの様子を伺った。
今は落ち着きを取り戻しているように見えた。
「じゃあここにいても仕方がないし、移動しようか」
「そう……ね。でも異世界に飛ばされたのならどうしようかしら?」
「とりあえず俺の家に行こう。そこで今後の事を話そう」




