4話
5年前。スズイミの港は今よりも活気付いていた。
「どうだ! 凄え大物釣り上げたぞ!」
港に帰ってきた若い漁師が、獲物を吊るし上げ、自分と大きさを比較しながら言う。
獲物の魚は人の3倍ほどの大きさだった。
「うわー、でけえな。この前のやつより大きくないか。なあ。モロー」
大物を見上げながらベテラン漁師の1人、ビリーがモローに意見を求める。
「ああ。こっちの方がデカそうだ。よく捕まえたな」
「へへ! こんぐらい余裕よ!」
褒められた若者は照れ隠しに鼻の下を掻いた。
「しかしこんな大物がこの辺りにいるとはな。一体どこで漁をしている?」
「いくらモローさんでもそれは教えられねえよ。商売敵でもあるんだから!」
「そうだぜ、モロー。若者が見つけた漁場を横取りしようなんてカッコ悪いぞ」
「そういう意味で聞いたわけじゃない。ただ……」
言いかけてやめた。何を言ってもからかわれそうだったから。
「冗談だっての! そう深刻な顔するなよ」
笑顔のビリーに小突かれた。
(……まあ。いいか)
それからも若者達は大物を取って来た。
ベテラン漁師達もそれに負けじと大物を取った。
港がかつてないほど活気付いている時だった。
事件が起きたのは。
ある日、若い漁師の1人が血相を変えて港に乗り込んできた。
「助けてくれ!」
「どうした?」
モローは青い顔をした男に尋ねた。
「仲間が魔物に襲われた! 船を壊されて海に落ちた!」
「何? それは本当か?」
「ああ! こんな嘘言わねえよ!」
若者の表情は真に迫っていたので、演技ではないとモローは思った。
何よりこんな嘘をつく意味がない。
「魔物の種類と数は?」
「1匹。種類はわかんねえ。見たことないやつだった」
「特徴は?」
「竜のように細長い体だった」
「大きさは?」
「馬鹿でかい。10メートルはあったと思う」
(10メートルある竜に似た魔物だと?)
「おーい、どうかしたか?」
ちょうど漁から帰って来たビリーが2人の元へ船を寄せた。
「魔物に襲われて船が転覆したらしい」
「何!? 助けに行かないでいいのか?」
「もちろん行くさ。お前も来い。助けに行くぞ」
「了解!」
若い漁師の案内で漁をしていた場所まで行く。
「ここを真っ直ぐ行った場所らへんで漁をしてたんだ」
「この辺って……」
ビリーが言った。
「ああ。禁足地だ」
その領域は、入ると生きては帰れないと漁師の間で伝えられ、禁足地とされている場所だった。
(やはりか)
モローが漁場を聞こうとしたのはそれが理由だった。
モローは睨むように若者を見た。
「禁足地には大きな獲物がいるんだ。それで……」
(最近、若者が大きな獲物を取ってきたのはここで取ってたからか)
船はどんどん目的地へと進んで行く。
「あの辺りだ! あの岩場の近くで漁をしてたんだ!」
「どうだ。いるか?」
「いや、見当たらねえ!」
3人が海面に漂う人がいないか、確認する。
「あっ!!」
若い漁師が大きな声を出す。
「いたか!?」
「あ、アイツだ! 船を襲ったのは!」
全員が若い漁師の方に移動する。
その先には長い首を海面から出した怪物がいた。
「なんだアイツは……」
長年漁に出ているモローやビリーですら見たことのない魔物。
その魔物が口を大きく広げた。
次の瞬間。
魔物の口から大きな水弾吐きだされ、モローの視界は暗転した。
「……んで気がついたら俺は病院のベッドの上で、仲間達は死んだと聞いた。……要は俺の逆恨みさ。勝手に魔物のテリトリーに入って襲われた。そう考えるとヤツは何も悪くない。悪いのはこっちだ。わかってる。でもな、そう簡単に割り切れるもんじゃねえんだ」
俺に大切な人を失った経験がないから、モローさんの胸中を推し量る事はできない。
だから何も言えなかった。
「魔物退治はそういう理由だ。悪いな復讐につき合わせてしまって」
復讐は良くない事だと思う。
けど、俺にはそれがどう間違っているのか言葉にできなかった。
アリアさんもバツが悪そうにして海を見ている。
と、
「ん? あれ!」
アリアさんが大きな声を出した。
「魔物がいた!?」と俺。
「いや、そうじゃなくて! あそこにあるの剣じゃない!?」
俺はアリアさんの指差す先を追った。
そこには海面から顔を出した岩に剣が突き刺さっていた。
あの形には見覚えがあった。
「水の剣だ!」
ここにあったのか。
「モローさん! あの岩場に船を寄せて貰っても……」
bモローさんの方を向くと、ワナワナと震えていた。
「モローさん?」
「この場所……間違いない。ここだ! あの魔物が出たのは!」
モローさんが叫ぶ。
なんだって? じゃあもしかしてモローさんの言う魔物って……
『剣を守るガーディアンだな』
(やっぱりっ!)
あのゴーレム並みに強い魔物がいるって事か。
「モローさんの言う魔物ってアレですか?」
騒ぎに気がついたジルさんが船の中から出てきて言った。
そちらを見ると10メートルはありそうな、細く長い影が海面に映っていた。
『水の剣のガーディアン。リヴァイアサンだ』
炎の剣が言った。
『気をつけろよ、イオリ。海の中は向こうの土俵だ。船から落とされないようにしろよ』
(わかった)
「出やがったな!」
モローさんは船の運転を放棄し、銛のような武器を持って魔物のいる方へ。
俺たちもそちら側に集まり、各自臨戦態勢に入った。
各々、魔物が海面から顔を出すのを待ち構える。
そんな俺たちを嘲笑うかのように、海中から船に体当たりしてきた。
衝撃で船が大きく揺れる。
俺たち3人は手すりを掴み海に投げ出される事はなかった。
しかしモローさんは銛を持っていたせいで、手すりを掴めず海に投げ出された。
「どわっ!」
「モローさん!」
モローさんが海に投げ出された。
マズイ! まだリヴァイアサンは近くにいる!
「俺に構うな! お前らは船の上にいろ!」
構うなだって? そんなの無理に決まってる。
俺はモローさんを追い、すぐに海に飛び込んだ。
素早くモローさんを捕まえる。
「アリアさん!」
俺は海中からモローさんをアリアさんに向け、投げた。
アリアさんは空中でモローさんを受け止める。
「ナイスキャッチ!」
「イオリ! 後ろ!」
アリアさんに言われ、振り返る。
後ろからは鋭い歯をした龍のような魔物が迫っていた。
魔物が凶悪な口を大きく開く。
「っく!」
俺は2本の剣をクロスさせ、噛みつかれるのを防ぐ。
だが魔物は構わず俺を押し、海底へと連れて行く。
このままじゃヤバイ。海の底まで連れて行かれる。
俺は炎の剣に力を込める。
剣が輝き出し、熱を持ち始めた。
「ギャアアア!」
熱さに驚いた敵は悲鳴を上げながら離れて行く。
「逃すか!」
俺はその隙を逃すまいと、炎の剣から衝撃波を出した。
しかしそれはみるみる間に萎んで行き、離れて行く魔物には届かなかった。
『俺、炎だから』
(水の中じゃ使えないって事!?)
『使えないわけじゃない。ちょっと威力が落ちるだけだ』
(今ののどこがちょっとだよ!)
8割減ぐらいだったよ!
水中じゃ炎の衝撃波は使えない。
でも剣そのものが使えないわけじゃない。
また今度奴が近付いてきた時に力を溜めて切ればいいんだ。
水面に上がって行きながらそんなことを考えていると、敵が離れた場所から口を大きく開くのが見えた。
まさか違うよね。やめてよ。フリじゃないからね。
ドンッ!
魔物の口から螺旋状の衝撃波が吐き出された。
フリじゃないのに!
「くッ!」
俺は剣を振り炎で応戦する。
相手の水弾の威力は幾分減らせれたが、何割かは喰らってしまった。
痛っ!
カマイタチでも食らったように全身に切り傷ができた。
……遠距離からの攻撃となると炎の剣は役に立たない。
なら頼りになるのは。
(ねえ! 土の剣! 君って水の中でも使える!?)
『そうだね……海底の土を持って来れれば使えるよ!』
(わかった! 実質無理って事だね!)
『申し訳ない』
『しかしマズイな。リヴァイアサンは今のイオリに取って1番相性の悪い相手だ。俺も土の剣も水中じゃ力を発揮できない』
『だね』
(冷静に分析してないで一緒に倒す方法考えてよ!)
『『……』』
(何もないの!?)
ここまで離れてしまったら船に戻る事は無理だし、だからと言って水中じゃ勝ち目はない。
どうすればいいんだ!




