1話
馬車を使った旅は思ったよりも快適だった。キャメロンさんが豪華な馬車を手配してくれからだろう。
俺たちが乗っているのは客車に屋根があり、両側にはドアと窓が取り付けられている昔の貴族が乗っていたような馬車だった。
「スー……スー」
乗り心地が良いせいかジルさんは寝っぱなしだ。
「ふああ……」
俺も眠くなってきた。
寝ようかな。
目を瞑りかけた時だった。
ドドドドド!
何かが猛スピードで近付いてくる音がした。
俺は窓から外を確認する。
音の原因は体長3メートルはある魔物が走ってくる音だった。
鼻先から伸びている鋭いツノに小さな耳と、サイに似た容貌の魔物。
「ビックライナーね」
アリアさんが俺の横から外を覗きながら呟いた。
「どんな魔物なの?」
「普段は大人しい魔物よ。ただ今は群れからはぐれたからでしょうね。興奮してるみたい」
「戦った方がいい?」
「そうね。街に行けば被害が出るわ」
俺は御者さんに声をかける。
「自分が囮になるんで、少し離れていて下さい!」
「だ、大丈夫何ですか?」
「はい! お願いします!」
「手伝うわ!」
「いや大丈夫。アリアさんは乗っといて!」
俺はそう言い残して、1人馬車から飛び降りて外に出た。
「おーい! コッチ! コッチ!」
魔物に向かって大きく手を振る。
「ブフォー!」
こちらに気がついた魔物が狙いを俺に定め、地鳴りを響かせながら魔物が突進してくる。
敵が最高速に達したところで土の剣を振った。
地面が隆起し一瞬で壁が出来た。
魔物はその壁に衝突し、轟音が辺りに響く。
地鳴りが止んだので、壁を地面に戻すと魔物が横たわっているのが見えた。
打ち所が悪かったのか魔物はピクリとも動かない。
「し、死んでないよね」
心配になった俺は魔物に近づく。
呼吸する音が聞こえた。
よかった。気絶しているだけだ。
一応倒し終わったので、少し離れた場所に停留している馬車に戻った。
「ねえ、アリアさん。あの魔物って普段は大人しいんだよね」
「ええ」
「人襲ったりしない?」
「普通はしないわ」
「だったら殺さなくていい?」
「難しいわね。群れからはぐれて殺気立っているのなら人を襲う可能性が高いでしょうし」
「うーん」
そっか。群れに返さないとダメか。
群れは近くにいないのかな。
俺は外に出て周囲を確認する。
見える範囲には群れはいない。
もっと遠くにいるのかも。
俺は土の剣を使って地面を隆起させ、高台を作った。
高台からだと遠くまでよく見えた。
はぐれたのならそう遠くには行って居ないと思うけど。
手をかざして遠くを見渡す。
いた!
俺は魔物の群れを見つけた。
オアシスのような場所で水を飲んでいた。
後はあの魔物を群れに返すだけだ。
土の剣で土を隆起させ、気絶している魔物を持ち上げる。
その状態で土を動かし、魔物を群れの近くまで運んで行く。
近くまで運んだところで地面に下ろした。
気がついた何頭かが気絶している同胞のそばにより、心配そうにつつき始めた。
気絶していた魔物がゆっくりと目を開け、立ち上がる。
よかった。無事みたいだ。
「もうはぐれないでね」
聞こえるはずないと思うが呟いてみた。
俺は高くしていた土を下ろし、馬車に戻った。
「すごいわね。いつの間にあんなに土の剣を使えるようになったの?」
「いやあ、たまたまだよ」
「たまたまねえ……」
アリアさんはたまたまで出来るような使いかたではないと言いたげだ。
「乗りましたね。では出発します」
御者さんの一声で馬車は走り始めた。
結局その日も目的地であるスズイミには到着せず、途中の街で一夜を過ごす事に。
夜も更け街も寝静まって来た頃。
俺はいつものように宿屋を抜け出し、修行をしに外へと向かう。
『わざわざこんな夜にしなくてもいいんじゃない? 他にも時間あったよね』
(まあそうなんだけど、努力してるとこはあんまり見られたくないじゃん)
『うーん、そうかな。俺にはわかんないや。炎の剣はわかる?』
『わからなくはないな』
『ふーん』
土の剣はイマイチ納得できていないようだった。
納得できなくても修行には手伝って貰うけどね。
今日の修行場は岩以外何もない荒野だ。
土の剣を手に入れたおかげで、何もない場所でも1人で修行ができるようになった。
「はっ!」
土の剣を振ると地面から2メートルぐらいの大きさの柱が3本出て来た。
俺はそれら目掛け炎の剣を振り衝撃波を出す。
バン、バン、バン! と3本全てに命中し岩柱は粉々に崩れた。
『ふむ。大分よくなってるな』
「本当?」
『ああ。なあ土の剣?』
『うん。自分のこともかなり使えるようになってるよ。アリアさんも驚いてたしね』
「じゃあ次クレスにあったら勝てる?」
『それはまだ無理だな』
「だよね。ちょっと修行したくらいで追いつくはずないよね」
剣達と話している後ろで、砂を踏む音が聞こえ急いで振り返った。
魔物!?
しかし立っていたのは魔物ではなくアリアさんだった。
「なんだ。アリアさんか」
「なんだとは何よ」
「いや、魔物かと思ったから」
「もしかしてイオリ、毎日こうして修行してたの?」
「まあそうだけど……」
詰問するような声音に少したじろぎながら答えた。
やっぱりこんな遅くに修行するのは迷惑だったかな。
「差をつけられて当然ね」
ボソッと何か呟いたけど、俺にはよく聞こえなかった。
「えーと、アリアさんは何しにここに?」
機嫌を伺うように聞いた。
「あのさ……」
「な、何?」
「私も一緒に修行したいんだけど、ダメ……かな?」
意外な答えが返ってきた。
「別にダメじゃないけど、急にどうしたの?」
「ち、ちょっと汗を流したい気分になったのよ」
「こんな夜に?」
「それは……」
アリアさんが目を逸らす。
やはり汗を流したいからという理由は嘘らしい。
「本当の理由は?」
真意が知りたくて追及する。
「……強くなりたいな、って」
「? 充分強いんじゃないの?」
前、レベル4はそうそういないと自慢していたと思うけど。
「そう思ってたけど、ジルの方が私よりずっと強いし! イオリだってどんどん強くなるじゃない! なんか私あんまり役に立ってない気がして……」
「役に立ってると思うけど」
「もっと役に立ちたいのよ! それで一緒に修行させてくれるの? くれないの?」
何故かちょっとキレ気味で言われた。
「いや、まあ別に一緒に修行するのは構わないけど」
「本当!?」
アリアさんが顔を一気に明るくした。
「う、うん」
あまり見たことない表情だったので、少しうろたえた。
「絶対追いついてみせるからね。覚悟しておきなさい!」
そしてよくわからない宣言をされた。
「じゃあまずさっきみたいに岩柱作って。私がそれに攻撃していくから」
「オッケー」
俺は土の剣を振って岩柱を作り出した。それにアリアさんが氷柱で攻撃し崩す。
次は少し遠くに作り出したり、アリアさんの後ろに出したり。簡単に壊されないよう大きい岩を出したり、土の剣にコツを教わりながら固くしてみたり。
そうやって夜が明けるまで修行を続けた。




