5話
剣の明かりを頼りに前に進んで行く。
不思議な事に壁は人が手を加えたように滑らかだった。
そのせいか洞窟というよりダンジョンといった感じがして、まるでゲームの世界を実体験しているような気分になった。
だからといって楽しんだりして気を抜いたりはしない。
俺はいつ魔物が出て来てもいいように警戒しながら進んで行く。
けれどいくら進もうと魔物は影すら見せない。代わりにいくつか骸骨はあったのだけど。
「魔物は飢餓で死んだんですかね?」
「でも死体すらないのは不自然じゃない?」
「じゃあどこかに隠れているんですかね?」
「かもね。油断はできないよ」
「そんな事よりまだ着かないのかしら」
おっかなびっくりでついてくるアリアさん。
「ここの大きさがわからない以上何とも言えません。極端な話し何年もかけて攻略するようなつくりかもしれませんし」
「やな事言わないでよ!」
ダンジョンの中にアリアさんの悲鳴にも似た声が反響した。
さらに前に進んでいるともう何度目かの分かれ道が。
今度は左に曲がり、しばらく真っ直ぐ歩くと壁が現れた。
「行き止まりか……」
残念ながら間違った道らしい。
俺はくるりと反転する。
「戻ろうか」
「戻るのはいいけど、今までの道全部覚えてる?」
とアリアさんが聞く。
「私は覚えていないですね」
「ど、ど、ど、どうするの!? もう地上には戻れないの!?」
アリアさんは青ざめた。
今日はいつも以上に表情豊かで面白い。
「それなら大丈夫。俺が壁に傷をつけているから。これ辿れば戻れるよ」
俺は壁に沿ってつけた線を明かりで照らした。
「やるじゃない!」
普通何かしら道を覚える工夫をすると思うけど。
まあ、アリアさんにはそんな余裕がないし、ジルさんはめんどくさくてやらなかったんだろう。
俺たちはその線を頼りに引き返して行く。
しかしその線が一本道の途中で突如途絶えた。
「あれ?消えてる」
「え! ウソ! 幽霊の仕業!?」
「幽霊なら実体がないからこんなことできないよ」
でもどうして消えているんだろう。
ずっと左側に傷をつけていたから、右に曲がるとき傷が飛ぶことはある。
けれどここは真っ直ぐの道なのでずっと傷が付いているはずだ。
この辺りだけ壁が固くて線がつかなかったのかな。
疑問は消えないが、真っ直ぐの道なので前に進む。すると道が左に曲がっていた。
「おかしいですね……」
「だね」
「何が!? 幽霊!?」
「いや幽霊はいないから落ち着いて」
俺は暴れ馬を落ち着かせるようにドウドウとなだめる。
「じゃあ何がおかしいのよ」
「アリアさんはこの道に入る時どっちに曲がったか覚えてる?」
「それくらいは覚えているわよ。左でしょ」
「だよね。その後は?」
「その後はずっと真っ直ぐだったじゃない」
「そうだね。じゃあ元の道に戻るにはどっちに曲がればいい?」
「左に曲がって来たんだから戻るには……右に曲がればいいんじゃない? あれ? でも道は左に曲がってるわね。しかも丁字路じゃない」
そう。左に曲がって来たなら元の道に戻るには右に曲がるはず。なのに道は左に曲がっていた。それに加え丁字路じゃなくなっている。
「もしかして曲がり損ねた?」
「それはないよ。右側はずっと壁だったから」
「じゃあ……」
ゴクリとアリアさんが固唾を呑む。
そしていつになく真剣な表情で言う。
「幽霊?」
「だから違うって」
俺は即座に否定してやった。
「それにしても不思議ですね。全員が道を間違えて覚えてるとかありますかね」
「絶対ないとは言えないけど限りなく低いと思う。そんなに時間が経っているわけではないし」
不思議だ。
こう思うのはこのダンジョンに入って何度目のことだろう。
魔物に襲われた形跡のない骸骨達だったり、人が作ったとしか思えないほど平らな壁だったり、つけたはずの線が忽然と消えたり、道が変わったり……
これだけ不思議な事がこのダンジョンの中にあった。
実はこれらが関わりあってるとしたなら?
「アリアさん」
「何?」
「俺の顔つねって」
「えい」
「イタタタッ! もういい! もういいから離して!」
まさか理由も聞かれず思いっきりつねられるとは。
でも、これで催眠にかけられてる線は消えた。
頬を押さえ痛がっていると、不思議な生き物を見るような目のジルさんに聞かれた。
「……イオリさんはそういうプレイが好きなんですか?」
「違うよ! ただもしかしたら催眠術にかけられてるのかもって思ったから!」
「なら自分でつねればよかったのではないですか?」
「た、確かに。でも元いた世界では催眠術にかけられたかどうか見極める時は、人につねってもらうのが定石なんだよ!」
「そっかー。イオリはそういう趣味があったのかー」
スススーっとアリアさんが音も立てず遠ざかって行く。
「だから違うって!」
くっ……これは名誉を挽回せねば。
でも催眠術じゃないならなんだ。
もう1度状況を整理しよう。
あの人はどうして出口付近で骸骨にならなきゃいけなかったんだ? 魔物もいないのに。 迷った? 出口まで一本道なのに?
でも現に俺らは迷っている。なぜ迷う? 壁に引いた線が消えたから。
線が消えたのは? 誰かが消した? 一瞬でそんな事できないか。
じゃあ道が変わったんだ? これも一瞬では無理か。
……いや!
溢れた疑問が1つの答えに向かって収束して行く。
俺は1つ、この不思議な状況を全て説明できる現象を思いつき歩き出した。
「どこ行くのよ」
「もしかしたらわかったかも」
「本当!?」
俺は石でつけた線が出てくる場所まで戻った。
そしてその横の線がない壁をコンコンっと手で打ってみた。
うん。間違いない。
「危ないから少し離れてて」
2人に離れてもらい、俺は剣を振り衝撃波を壁にぶつけた。
壁が砕け奥へ続く道が現れた。
その道の右側には石でつけた線が奥に続いている。
やっぱり。
「これが俺らが来た道だね」
奥へ続く道を炎の剣で照らした。
道に壁を作っていたんだ。
多分あの骸骨の人達はこの仕掛けが分からず、出口のない迷路をさまよい息絶えたのだろう。
「誰がこんなこと!」
「人じゃないと思う。気配がないし」
「なら……」
アリアさんが幽霊と騒ぎ立てる前に言った。
「土の剣じゃないかな。そう考えると合致がいく」
土の剣なら土壁を作るのも簡単だろうし。
「土の剣め……あったらタダじゃおかないわ」
憎々しげに言う彼女は剣に一体何をする気だろうか。
「しかしどうしますか? それがわかったところで出口には帰れても土の剣は取れませんよね」
ジルさんが話を元に戻す。
「まあ適当に壊していけばいつかはたどり着くんじゃないかな」
なんて話をしていると、突然後ろの壁が下がって行き、奥へとつながる道ができた。
「……道ができましたね」
「来いってことだろうね」
「罠かしら?」
「どうだろう。とりあえず行ってみよう」
できた道を進んで行くと向こうから光が差し込んでいるのが見えた。
もしかして外に出てしまう? と疑いながら前に進むと、縦にも横にも広い巨大な空間が現れた。
「何だここ」
天井に穴はないのに目の前の空間には光が充満していた。
「何でここには光があるんだろう?」
「おそらく虫ですね。光を放つ虫が壁に沢山ついているのでしょう」
「なるほど」
ホタルのような物かと俺は納得した。
「ねえ! あれ見て!」
アリアさんが指差した先を辿ると、台座に突き刺さった剣があった。
「絶対あの剣よね!」
土の剣を見つけ喜び勇んでアリアさんが飛び出した。
「ちょっと待って! 罠があるかも!」
やけにあっさりしすぎてる。きっとまだ何かある。
悪い予感は的中した。
アリアさんが走る先、土の剣の少し手前の地面が陽炎のように揺れた。
刹那、そこから岩でできた人型のゴーレムが登るように出てきた。
アリアさんは慌ててブレーキをかけ止まる。
俺はアリアさんの横まで走り、剣を構えた。




