3話
走り出して20分くらい経っただろうか。背中のジルさんはお休みモードに入り、寝息を立てている。
「ねえ、アリアさん」
「うん?」
徐々にこの状態にも慣れてきた俺は、普通に会話ができるようになっていた。
「さっきの事なんだけど」
「イオリが巨乳好きっていう話?」
「違うよ! そんな話してないよね!」
「違うの。じゃあ何の話よ?」
「魔法の話だよ。ジルさんは自己強化魔法は使えないって言ってたけど、自己強化魔法が使えるのって珍しいものなの?」
「そうでもないわ。殆どの人が使えるわ。ただ、このペースで走れる人は、2割くらいかしら」
「少ないね」
この世界の人は誰でもこれくらいの事ができると思っていたので、かなり少ないように感じた。
「じゃあジルさんが使えないのも不思議ではないんだね」
「いや、それは不思議よ。だって自己強化魔法を使わないで、どうやって敵の攻撃を避けるのよ」
「それは……そうだね」
「だから強いと言われる人は、自己強化魔法が得意な人が多いんだけど」
しかし彼女は使えない。
「たぶんそれだけ外へ向けての魔法が強いのでしょうね」
「てことは、俺らは彼女を護衛しながら戦う事になるのかな」
「そうね」
「あのさ、よくわかんないんだけど、俺は自己強化魔法を使えてるのかな?」
「強化してる私に着いて来れてるんだし、使えてると思うわよ」
地球では考えられないほど身体能力が上がっていたのは魔法のおかげだったんだな。
「でもどうしたの? 急に魔法について聞いてきたりして」
「そういや魔法について何も知らないなって。そういうの知ってた方が強くなりやすいかなー、と思って」
「うーん、別に知ってて損はないけど、強くなるのとはあんまり関係ないんじゃないかしら。やっぱり強くなるには、修行が1番と思うわ」
「修行か……わかった。ありがとう」
そんな簡単に強くはなれないか。強くなるのに近道はないか。
「そういうわけだからペース上げるわよ」
「これも修行の一環ってこと?」
「そうよ。イオリは煩悩も退散させなきゃだから大変だろうけど」
「そう思うなら代わってよ」
「いいじゃない。同時に精神も鍛えられるなんて一石二鳥よ」
確かに精神力も鍛えられそうだけど。
そんな事を考えていると、アリアさんがギアを1つ上げた。
俺も付いて行くためスピードを上げる。
「うぅん……」
すると激しく揺れたからなのか、ジルさんが唸りながらキツく抱きついて来た。
うわあ! さらにマズイ態勢に!
俺の顔のすぐ横にジルさんの顔が!
しかもキツく抱きついて来たからより体が密着している。
「うおおおおおおお!!!」
こうなったらいち早く街に着くしかない!
俺は煩悩を振り払うように全力で走る。
「……速っ」
呆れたような、それでいて驚いたようなアリアさんの声が後ろで聞こえた。
「っはぁはぁはぁ……」
「はぁはぁ……イオリ。少し休んだら? 虫の息じゃない」
やはりマラソンにペース配分というのは重要だ。
あの猛ダッシュしたスピードでは街まで走れず、アリアさんに追いつかれてしまった。
「アリアさんこそ汗ビッショリだよ。お茶でも飲んだら?」
「あら私はまだ余裕よ。イオリこそ飲んだら?」
「俺もまだいらないかな」
なんて強がってはみるものの、3時間以上も走りっぱなしだから限界は近い。
でも負けるわけにはいかない。
何でかって? そりゃ女の子相手にマラソンで負けたくないじゃん!
たとえ背中にジルさんを背負っているというハンデがあったとしてもだ。
日が傾いた道をひたすら走り続けていると、遠くに街の灯りが見えた。
「アリアさん……アレ」
「カイナね」
顔を見合わせニヤリと笑い合う。
さあ、ラストスパートだ!
最後の力を振り絞り足を回す。
先にカイナに着いたのは……アリアさんだった。俺は1歩届かなかった。
最後のスプリントで勝つ予定だったのだけど、腕が振れない状態じゃイマイチスピードが出なかった。
「はぁはぁはぁ……ジルさん。着いたよ」
俺は息を整えてからジルさんを下ろす。
よかった。やっと解放された。
「んー……ありがとうございます」
眠た目を擦りながらお礼を言われた。
俺はバッグから水筒を2本取り出し、1本をアリアさんに渡す。
「ありがとう」
水筒を受け取るとアリアさんは一気に水を飲み干した。
やっぱり喉渇いてたんじゃん。
まあ、俺もだけど。
しばらく地面に座って体力回復に勤めていると、ジルさんが寄ってきた。
「2人ともお疲れ様です。立てますか?」
「ええ。イオリは?」
「立てるよ」
「では宿屋に向かいましょう」
ジルさんは宿屋の場所を知っているようで案内してくれた。
「ここですね」
ジルさんが止まった。
宿屋は少しくたびれた感じのする建物だった。
中に入り泊まる手続きをする。
アリアさんとジルさんは同部屋。
当然俺は違う部屋だ。
「今日はもう遅いし、剣を探すのは明日からにしましょう」
「そうしようか。2人ともおやすみ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
バタン。俺は自室に入りドアを閉めた。
部屋に入って1時間以上経過した。
隣の部屋からは、アリアさんとジルさんの話し声などは聞こえて来ない。
そろそろ眠ったかな?
できるだけ音を立てないようひっそりと部屋を出た。
『覗きは関心せんぞ』
と剣に呼び止められた。
(違うよ!)
『じゃあ何をしに行ってる?』
(修行)
『修行?』
(そう。悪いけど手伝ってもらうよ)
『ふっ。まあ俺は従うしかないからな』
さてもうひと頑張りだ。




