1話
目を覚ますと見慣れない天井が目に入った。
どうやらベッドの上らしい。
何でこんなところで寝てるんだっけ
……ああ。そうか。クレスにやられたのか。
「あ、起きた?」
ベッドの横の椅子に座っていたアリアさんから話しかけられた。
「うん」
上半身を起こし周りを見る。
広い部屋に自分とアリアさんの2人しかいない。
「セシル団長は?」
「開口1番に聞くのがそれなんだ」
違ったみたいだ。
あ、そうだ。
「アリアさんは無事?」
「私は無事だったわよ。ついでに地図もね」
アリアさんの右手には丸めた地図があった。
「そうじゃなくて普通まず自分の心配しない? どのくらい寝てたかとか、ここがどこかとか気にならない?」
「言われてみれば。ここどこなの? アリアさんの家じゃないよね」
アリアさんの家とは比べものにならいないほど広いし、布団もフカフカで高そうだ。
「城の客室よ」
「へー。どれくらい寝てた?」
「2時間くらいかしら」
「ほうほう。それでセシル団長は?」
「やっぱりそれが気になるのね。……悪いけどよくわからないの」
「わからない?」
「あなたより怪我が酷くて、別室で治療してるらしいんだけど何の情報も入って来なくて」
「そう……」
視線を布団に落とす。
俺を庇ってセシル団長は……
「あなたのせいじゃないわ」
「え?」
「クレスは私達だけじゃどうしようもないほど強かったんだから。イオリのせいじゃないわよ」
悔しさを押さえ込むように、アリアさんは自分の腕をギュッと握りながら言った。
袖の下からは包帯がチラリと見えた。
もしかしたら俺が気絶した後にクレスと戦ったのかもしれない。
2人して押し黙っていると、ドアがノックされた。
「はい。どうぞ」
アリアさんが返事をするとドアが開いた。
 
「起きたかい?」
入って来たのはオールバックの髪をしたダンディな人。
威厳のようなものが感じられ、偉い人であろう事がわかった。
「国王陛下よ。失礼のないようにね」
アリアさんに耳打ちされた。
俺は急いでベットから降りて姿勢を正した。
「ちょっと君に尋ねたい事があるんだが、いいかな」
「あ、はい。何でしょうか?」
 
陛下はベッドに立てかけてある剣を指差した。
「その剣、どこで手に入れたのか教えてくれるかい」
「えーと、この街からちょっと行ったところにある洞窟ですけど……」
「やはりか」
陛下は考え事でもするように、顎に手をやる。
「それがどうかしたんですか?」とアリアさん。
「君たち、地図は見たかな?」
唐突に聞かれた。
地図っていうのはクレスから盗まれそうになった地図の事だろう。
「はい。見ました」
「そこに印が4つ描かれていただろ」
「はい」
「その場所には剣が封印されている」
「剣ですか?」
剣と聞き思い当たる節があった。
「内、1つが君の剣だ」
やっぱり。
「この剣って何なんですか?」
炎が出たり、喋ったりとおおよそ普通じゃない。
「昔、この世界を救った4本の剣の1本だ」
世界を救った? この剣が? なんか話が壮大すぎてまるでイメージできない。
「それってもしかして聖剣神話のことですか?」
「そうだ」
アリアさんの問いに国王陛下は深く頷いた。
「聖剣神話って何?」
「そういう神話があるのよ。土を司る剣、水を司る剣、空気を司る剣そして炎を司る剣。その4本の剣で悪から世界を救ったっていう神話が」
「へー」
「でもそれってお伽話ではないのですか?」
「まあ今伝わっている話は脚色が大分加えられておるからな。だが、4本の剣で世界を救ったのは本当だ。その剣はそれほどの力を所有者にもたらすとされている」
(そうなの?)
『まあ大体そんな感じだ』
(そんな凄い剣を使ってたのか)
『そうだぞ。今度からはもっと敬って扱えよ』
無理かな。
「もしかしてそれが原因ですか? 自分に国家転覆罪の嫌疑がかけられたのは」
「その通り。しかし君にその気はないようだ。問題は地図を奪おうとした方だ」
「クレスですね」
「もし其奴に剣が渡れば世界情勢が一変するのは間違いない。だからそのクレスという男に剣が渡るのをなんとしても止めなくてはならない。だが、セシルがやられたとなると……」
セシルと聞き俺は即座に反応した。
「セシル団長の容態はどうですか!?」
俺は会話の流れをぶった切って聞いた。
「まだ昏睡状態じゃ」
「そんなに怪我が酷いんですか!?」
「命に別状はないようだがな」
命に別状はない。そう聞き少し安心した。でもまだ意識は戻らないのか。
「そういうわけで今回の事をセシルに頼むのは難しい。かと言って騎士団を動かすのも厳しい。今、騎士団の大多数が各地で起きている魔物の反乱を止めに行っているからすぐに動かせない」
騎士団が動かせないとなると、クレスを止めるのは厳しいだろう。
「一応腕が立ちすぐに動ける者も1人いるが、適任とは言い難い性格でな。そこでなんだが。君達にお願いしてもよろしいか?」
「お言葉ですが陛下。私とイオリじゃクレスに歯が立ちませんでした」
「それはわかっている。だからクレスを倒すのではなく、ヤツよりも先に剣を見つけて来て欲しい。頼む」
そこまで言うと、陛下は腰を下り頭を深々と下げた。
「へ、陛下! 頭を上げてください!」
珍しくアリアさんがあわあわと慌てる。
「どうだ。頼まれてくれるか?」
そんなの決まっている。
「もちろんです」
そう答えた。
だって俺がこの世界に来た理由は、剣曰くこの世界を救うためらしいし。
ならこの混乱を止めれたら地球に帰れるかもしれない。
「貴方はどうかな?」
「私も行きます」
国王の問いにアリアさんははっきり答え、こちらを向いた。
「あなた1人じゃ危なっかしいから、私も付いて行ってあげるわ」
「ありがとう。アリアさんが居てくれると心強いよ」
「あら。私と旅ができるのがそんなにうれしかった?」
うん。やっぱり自信満々の方がアリアさんっぽくていい。でも。
「いや、そこまでは」
「なんでよ!」
「だって料理も片付けも出来ないし……」
「裁縫は出来るわよ!」
「それ旅にそこまで役立たないよね?」
「じゃあその鞘返しなさいよ!」
「イヤだよ」
「返しなさいよ!」
「ヤダ」
「ゴホン」
低レベルな争いをしていると国王陛下が咳払いをした。
俺たちは気まずさを拭えないまま居直った。
「では、2人とも行ってくれるという事でいいかな?」
「はい」
2人で返事をする。
「できればあと1人連れて行って欲しい人物がいるんだが……」
「どんな人なんですか?」
とアリアさんが聞いた。
「先程少し話した者だ。歳は君らと変わらんくらいと思う。実力はセシルにも劣らぬ」
セシル団長に?
それで歳は俺たちと変わらないくらいなのか。凄いな。
「ただ。性格が……」
「そんな性格が……アレなんですか」
悪いんですかとは聞けず、少し濁す言い方をした。
「まあ。しかし連れて行けば役立つ事は間違いない。とりあえず呼んで来るから、連れて行くかは君達で判断してくれ」
国王はその人を連れて来るため、一旦部屋を出て行った。
「どんな人なのかしら?」
「さあ。でもセシル団長と張るぐらいだから筋骨隆々な感じかな」
「あら、そうとも限らないわよ。細身でも強い人はいるわよ。私みたいに」
「あー。確かにクレスは細かったよね」
「ちょっと! 私は!?」
俺はアリアさんの抗議を華麗にスルーした。
どんな人が来るのだろうと、興味津々で待っていると、しばらくして陛下が帰ってきた。
「この娘じゃ」
陛下の後ろから入って来たのは小さく華奢な女の子で、眠たいのか目を擦っている。
この娘があのセシル団長と同じくらい強いの? とてもそうは見えない。
身長は150cmくらいで、顔は童顔。
小学校生と間違われそうなほど幼く見える。だが、一点だけ幼さを裏切る部分があった。
胸のところだけ大きく張り出している。
不思議なことに俺の視線はそこに吸い寄せられた。
 
ガンッ!
一点を見ていると俺の足がアリアさんに踏みつけられた。
「っ!」
見るとアリアさんと目があった。
目と目で通じ合う。
(ミスギヨ。ヘンタイ)
(ハイ。ゴメンナサイ)
「え、えーと、その女の子が先程言われてた子ですか?」
「そうだ。ほら、自己紹介しなさい」
「……ジルです。よろしくおねがいします」
寝ていたのを叩き起こして来たんじゃないかというくらい眠そうだ。呂律もイマイチ回ってないし。
「伊織です」
「アリアです」
俺らが自己紹介している間も終始眠そうだった。
ちゃんと聞いてたかな。
「失礼ですがその子、大丈夫ですか?」
さすがアリアさん。聞きにくい事を直球で聞いた。
「大丈夫……と思う」
そう言う国王の隣で、彼女は船を漕ぎ始めた。
「まあ一見ダメそうだが、実力は折り紙つきだぞ」
「本当に強いんですか?」
アリアさんが言う。
「強い。それは私が保証する。困った時には間違いなく力になると思う。ただ少し生活面で問題があるというか……どうだ。連れて行かないか?」
アリアさんと視線がぶつかった。
 
(どうする?)
(どうしようか?)
(イオリが決めてよ)
(え、俺が決めるの?)
(そうよ)
どうしよう。見た感じ役に立ちそうにない。
なら危険な事に巻き込むのも悪いし、アリアさんと2人でいいか。
……いや、待てよ。そもそも2人だけの旅を選んでいいのか。
自分から2人だけを選んだら下心があると思われるのでは?
ちょっとシミュレーションしてみよう。
『2人でいいです』
『2人きりになりたいなんて、イオリは本当私が好きなのね』
うわっ、言いそう! ていうか言う! これはあの子を連れて行くのが正解だ!
陛下のお墨付きだし!
「えーと、彼女の力を借りてもいいですか?」
ふー、これで変な勘違いされずに済むはず。
「……この巨乳好き」
ボソッとアリアさんが言った。
深読みし過ぎたか!
「そうか」
国王はニッコリ微笑んだ。
「じゃ、じゃあすぐに準備して出ようか! こうしている間にもクレスが剣を見つけるかもしれないし」
俺はその場を取り繕うように言った。
「そうね。向こうより先に手に入れないとだものね。まずはどこに行きましょうか?」
「ここから1番近い所でいいんじゃない」
アリアさんがみんなに見えるよう地図を広げてくれた。
「1番近いのはここみたいね」
アリアさんが地図を指差す。
「そこはイオリ君の剣があった場所だよ。だから1番近いのはここ。カイナの近くだ」
国王陛下が山の麓にある印を指差した。
カイナというのはおそらく街の名前だろう。
「アリアさん、道わかる?」
「ええ。何度か行った事あるから」
「ここからどれくらいかかる?」
「そうねえ。馬車で半日ってところかしら」
「結構かかるね」
「もっと速い方法もあるわよ」
アリアさんは意味深げな笑みで言った。
絶対よくない方法だ。
「走ればいいのよ。全力で走れば夜には着くわ」
「できるの?」
「さあ。やった事ないからわからないわ。でも一刻を争うんでしょ?」
「……だね。走って行こうか」
「遅れないでよ?」
「アリアさんこそ。途中でバテないでよ」
「当たり前じゃない」
走って行くことに決まりそうなので、俺はジルさんもそれでいいか確認する。
「ジルさんもそれでいい?」
「……はい」
「では行ってきます」
「あ、ちょっと待ちなさい」
行き場所も決まり部屋を出ようとしたところで国王陛下に止められた。
陛下は机に向かうと紙にサラサラと何かを書き、それを封筒に入れた。
「カイナに着いたらキャメロンという人に渡してくれ。今の状況を書いているからきっと手助けしてくれると思う。それとなにかと入用だろう」
陛下はポケットから巾着を取り出し渡してくれた。
持つとズシリと重かった。
中にはそれなりのお金が入っていそうだ。
「いいんですか?」
「もちろんだ」
「ありがとうございます」
俺は陛下からありがたくお金を受け取り、今度こそ部屋を出た。




