4話
「強いですね」
入場口で立っていた次に試合をする選手に話しかけられた。
丸メガネをかけ優しそうな瞳をした戦いとは無縁そうな人。
ここにいるってことは選手なのだろうが、丸メガネとおかっぱ頭のコンビネーションのせいかそんな風には見えない。
「いえ、そんな……」
「ご謙遜なさらずに。もし決勝で戦う事になれば、その時はよろしくお願いします」
「あ、こちらこそ。それじゃ自分は観客席から観てますんで。頑張ってください」
「ありがとうございます」
「お疲れ様」
観客席に行くとアリアさんから労いの言葉を貰った。
「ホント。疲れた」
そう言ってドカっと椅子に腰掛ける。
「相手、結構強かったわね。怪我とか大丈夫?」
「うん。折れてるとことかはないね」
「なら決勝も戦えるわね」
「うっ、急に肋骨に痛みが。折れてるかも」
「今更何言ってるのよ。さ、決勝の相手を見ましょう」
ミスった。最初から骨が折れたと言ってれば決勝戦わなくて済んだかもしれない。
後悔してる間に選手が入場して来た。
1人はさっき会った眼鏡を掛けた優しそうな人。
「あの人って強い?」
「ディルクさんの事?」
「うん。1回戦見てたんでしょ」
「見てたわ。学者が武術なんてできるのって思ってたけどかなり強いわ」
「学者なの?」
「ええ。しかもかなり有名な。どうしてこの大会にエントリーしたのかしら」
「んー。運動とか?」
「随分危険な運動ね」
試合が始まった。
開始と同時にディルクさんが動く。
難なく懐に入ると、掌で相手の顎を打ち抜いた。
相手選手が宙に浮く。
脳震盪を起こしたようで受け身も取れずに地面へ落ちた。
一瞬で勝負がついた。強い。
「強いでしょ?」
「そうだね。あのスピードには気を付けないと」
「休憩挟むから決勝まで時間があるし、戦い方を考えてた方が良さそうね」
「だね」
決勝は土の整地をしてから行われるので少し時間があった。
アリアさんと会話をしながら時間が過ぎるのを待っていると、
「あ、あ、あ、アリアさんでいらっしゃいますよね」
その人の緊張感が伝わる声音が後ろで聞こえた。
向くと、緊張した面持ちのディルクさんがいた。
何故か試合の前より緊張しているみたいだった。
「そうですけど……あなたはディルクさんですよね?」
「やった。名前を覚えられてる……じゃない! はいそうです。あのー……ファンなんです。握手して貰ってもよろしいでしょうか?」
「ええ」
アリアさんが手を差し出すと、ディルクさんは顔を赤らめながらその手を優しく握った。
「ディルクさんって普段は研究をされていますよね?」
「はい! 知ってくれていましたか」
「もちろんです。それで武術もされてるなんて驚きました」
「意外でしたか?」
「正直」
「ですよね。自分も最近まで武術には苦手意識がありまして……」
「そうなんですか。それなのにどうしてやろうと思ったんですか?」
「興味を持ってしまったんですよ。苦手な分野で自分がどれだけできるのか、と」
「興味を持った、ですか……?」
「ハハハ、おかしいですよね!」
照れるように後頭部を搔くディルクさん。
「おかしいというか凄いですね。自分から苦手な分野に飛び込むなんて。私にはできません」
「いや、そんな大層な話しじゃありませんよ! ただどうなるか好奇心が湧いただけですから!」
普通の人は苦手な分野に飛び込んだらどうなるか、なんて事に好奇心は湧かない思うけど。
「それよりすみませんでした。お話中にお邪魔しちゃって」
「いえ、お気になさらず」
それまでアリアさんと話していたディルクさんが少し表情を引き締めこちらを向いた。
「決勝で戦うことになりましたね」
「ですね」
「楽しみにしてますよイオリさん」
「自分もです」
「では決勝で」
その言葉を残してディルクさんは帰って行った。
「少しはやる気になったみたいね」
「もうここまで来たらやるしかないからね」
「いい試合期待してるわ」




