2話
俺たちは3人で山を登って行く。
……登って行っているんだけど。
「ぬわっ! 虫がいる!」
「そりゃ山だし虫くらいいるよ」
「わー! なんだあの蜘蛛! デカすぎ!」
「そりゃ山だし蜘蛛も大きくなるさ」
虫を見つけてはワーワー騒ぎ立てる木戸。
いちいち虫に驚くのでなかなか前に進まない。
「フフフ。感じるなあ……今宵は腕が疼きそうだ」
「なぜ今すぐに腕が疼かないの?」
入間は入間で何か存在しないものを感じ悦に入り、歩くのが遅い。
「2人ともサッサと登ろうよ。最後尾だよ」
2人がなかなか前に進まないので、俺らは女子からも抜かれ最後尾だ。
「ギャー! いも虫!」
「ふっ……なるほどな」
「ダメだこりゃ」
どうして俺の友達は変人しかいないのだろうか。
……俺も人のこと言えないか。変な声が聞こえるし。
2人と一緒に登ってたんじゃ、いつまで掛かるかわかったもんじゃない。
今ならすぐ前に追いつくだろうし、2人を置いて先行こうかな。
「先に行ってもいい?」
「ギャー!」
「フフフ……」
「……じゃあね」
2人の了承を得た(?)俺は、前に追いつくべくかけ足で斜面を登っていく。
「ほっ! ほっ! ほっ!」
サクサクと落ち葉を踏む感触を楽しみながら、俺はドンドン登っていく。
後ろの2人はもう遥か後方で見えなくなってしまった。
幻聴はあったけどそれを除けばすこぶる体の調子が良く、斜面を駆け上がっているのに全く疲れない。
このまま走って頂上まで行けそうなぐらいだ。
だが、そう思ったのも束の間、視界がブレ吐き気に襲われた。
「くっ……そ……」
1人で先に行ったのは間違いだったみたいだ。
助けを求めようにも前にも後ろにも誰もいない。
俺は口元を押さえながら、酔っ払いのようにフラフラと歩く。
少し先に大きな岩を見つけた。
あそこなら背中を預けて座れる。
吐き気に耐えながらなんとか岩まで歩いて行く。
ズキン!
岩に近づいた所で頭痛に襲われた。
俺は立っていられず地面に膝を着く。
『よう。大丈夫か?』
俺が苦しんでいるのを嘲笑っているかのような声がした。
「大丈夫じゃ……ないよ」
『ハハハ、大変そうだな』
驚いた事に幻聴と意思疎通が出来た。こっちの声が向こうにも聞こえているみたいだ。
今日は一体どうなっているんだ? 俺の体に何が起こってるんだ?
「あんた……誰?」
『すぐにわかるさ』
「俺の体を乗っ取るつもり?」
『いや、そんなつもりは全くない。ただこっちに来て欲しいだけだ』
「こっちってどっち?」
『すぐにわかるさ。それより意識を俺の声に向けろ。楽になれるぞ』
速く吐き気と頭痛から逃れたい俺は、得体の知れない声の言う通り、意識を集中させる。
グラッ。視界が揺れ、一瞬こことは違う景色が映った。
バスを降りた時に映ったあの景色。
『いいぞ。一瞬だが貴様の姿が見えた。もう少しだな』
また一段と頭痛が酷くなり、動悸まで始まった。
ドクンドクンドクン!
心臓が経験ないほど早鐘を打つ。
クソッ!
俺は両目を瞑り意識を、力を研ぎ澄ませる。
キーンと耳鳴りがしたかと思うと、吐き気と頭痛がスーッと引いて行くのを感じた。
目を開く。
するとさっきまであった木々が姿を消し、薄暗い閉鎖空間の中にいた。
「へ?」
何が何だかんだわからない俺は馬鹿みたいな声を出した。
首を動かし、ぐるりと辺りを見渡すと、360度全て岩壁に囲まれていた。
前を向くと台座に刺さった剣があるのを見つけた。
その剣から光が発せられており、洞窟の中を照らしてた。
何だあの剣? 明らかにただの剣ではないオーラが出ている。妖刀とかいわれる類のものだろうか? とりあえず近付かないほうがいいだろう。
『ようやく来たか。随分時間がかかったな』
呆れた声がどこかから聞こえた。
「ここは?」
俺は問いかけた。
『ここはデリスという星だ』
「デリス? 星?」
俺はクエスチョンマークを頭に浮かべながら聞き返す。
『察しの悪い奴だな。貴様は異世界に転移したんだ』
「……はあ!?」
たっぷり3秒は考えてから言った。
異世界に転移? どういうこと?
俺はもう1度辺りを見渡す。
薄暗い閉ざされた空間に俺はいた。
一体いつこの中に入ったのだろう。
少しの間記憶を探る旅に出る。
今日は全校登山の日で、入間と木戸と一緒に山を登っていた。でも2人がさっさと登らないから結局1人で登り始めて、それで急に幻聴が聞こえて苦しんでいたらいつの間にかここにいると。
おかしい。こんな場所に入った記憶がない。そもそも出口がないのに俺はどうやってここに入ったのだろう?
まさかホントに異世界に転移した?
いやいやないないそれはない!
……そうだ! きっと夢を見ているんだ!
そういえばなんだか頭に違和感を感じるし頭痛が痛い気がする。これは体の危険が危ない状態なのかもしれない。だからきっとこんな白昼夢を見ているんだ。
そう自分に言い聞かせ、目を瞑り地面に横たわったってみた。
……どれくらいの時間が過ぎただろうか、チラッと薄目を開けてみる。
景色は全く変わってない。
『ふぅ。まだ信じられんか?』嘆息するような声。
「当たり前だよ!」
『だったら外に出て見ろ。俺の言っている事が真実だとわかる』
「外ねえ……」
そう言われても出口など見当たらない。そもそも出口があったら出てるし。
「出口ってどこ?」
『ない』
「なんだよそれ! 出れないじゃん!」
俺の怒声が反響する。
『安心しろ俺を使えば出れる』
「俺を使えば?」
不思議な言い回しだ。協力すればならわかるが、使うっていうのはどういうことだ。
「ていうか君はどこにいるの?」
声はするが姿は見えない声の主に問いかけた。
『本当に察しが悪いな。いるだろう。お前の目の前に』
「目の前?」
今、目の前にあるものといえば爛々と光り輝く剣だけだ。
てことはつまり……?
「もしかしてこの剣?」
流石に違うだろうと薄ら笑いながら尋ねる。
『そうだ』
「ええーっ!」
嘘だよね? さすがに剣が喋るって事はないよね。
『わかったらサッサと手に取れ。外に行くぞ』
「わかった……と言いたいとこだけどやめとく」
『何?』
「だってこんな場所に置かれてるってことはヤバイ剣なんでしょ? だったらその剣の言うことを鵜呑みにするのはマズイよね」
『ふっ……賢しいな』
「どうも」
俺は一旦剣から離れ、壁をつたって歩き始めた。ゴツゴツした硬い岩は冷んやりとしている。
歩きながら壁を確認していると、他と違い岩が平らになっている場所があった。
なんだ。やっぱり出口あるじゃん。片手で押してみる。
「……あれ?」
押してもビクともしない。続いて壁を蹴った。
ドン! と音が響き、痺れるような感覚が頭に上って来たが動く気配はない。
強さが足りないか。俺は平らな部分から少し離れ、助走をつけて飛び蹴りをする。
「はぁっ!」
ドン! ベチャ!
生まれて初めてのライダーキックは全く効かず、受け身も取れずに地面へ落下した。
「っ……」
腕を見ると血が滲んでいた。
『どうだ。出口は見つかったか?』
「まだだよ!」
嫌な奴だ。こうなったら意地でも出口を見つけてやる!
俺は躍起になって壁を叩いたり、地面を踏みしめたりして出口がないか探し回った。
結論。
「ないね……」
『最初からそう言ってる』
「でもあの平らになってる部分って出口なんじゃないの?」
『そうだな。昔、出口だった場所だ。俺を封印するため塞がれたんだ』
「やっぱり封印されてるようなヤバイ剣じゃん!」
『間違えた。悪の手から俺を守るために塞がれたんだ』
「しらじらしいね!」
『そんな事どっちでもいいだろ。それよりどうすんだ。俺を使わないとここから出れないぞ。それとも俺を使わずここで朽ち果てる気か?』
正直、こんなところで生涯を終える気はまるでない。死ぬ時は畳の上と決めてるんだから。
となると俺が取る選択肢は1つ。
俺は光る剣の前に立ち、ゴクリと固唾を飲み込んだ。
この剣を抜けばとんでもない厄災が起こるかもしれない。それは嫌だ。
けれど、ここから出れないのはもっと嫌だ。
『どうした? 早く取れ。出たいんだろ?』
「信用していいの?」
こんな問い無駄とはわかっているが、聞かずにいれなかった。
『ああ。別にお前を取って食おうとは思っていない』
「その言葉、信じるよ!」
両手で剣を握り、引き抜く。
台座に深く突き刺さっていたというのに、剣は意外なほどあっさりと抜けた。
さあ。鬼が出るか蛇が出るか。
『ハーハハハッ! 馬鹿が!』
地面から剣を引き抜いた瞬間、剣が高笑いをした。
くっ! やっぱり抜くべきじゃなかったか!
体が強張り冷や汗がブワッと吹き出す。
『……なーんてな。冗談だ』
「……」
イラッ。
俺は無言で剣を地面に叩きつけた。
『痛っ! 何をする!』
「つまらないことするからだよ! で、どうやってここから出るの?」
『俺を使って壁を壊せ』
「壁を……?」
こんな薄い剣でこの壁を壊せるだろうか?
普通に考えれば無理そうだが、こいつは喋る変わった剣だ。
きっとそれくらいの力はあるのだろう。
俺は剣を腰のあたりに持って行き、壁に剣を突き刺す準備をする。
『お前、まさか壁に突進するつもりじゃないだろうな』
「そうだけど」
『はぁ……』
使い方が違ったらしい。
剣に盛大なため息を吐かれてしまった。
「じゃあどうしろって言うんだよ」
『構えろ』
「どうやって?」
『お前が構えやすいようにでいい』
言われ、俺は授業で習った剣道の中段のような構えを取った。
「こ、こんな感じでいい?」
『ああ。次に力を剣先に集中させろ』
「力を集中ってどうするの?」
『ここに来た時の感覚を思い出せ。その感覚だ』
「わかった」
俺は目を瞑り、あの時の感覚を思い出しながら意識を剣先にむける。
するとすぐに奇妙な感覚に陥った。自分の体が溶け出し剣と一体化するような感覚だ。
『その調子だ』
なんだか不思議な感覚だが、これでいいらしい。俺はそのままさらに意識を剣先に集中させる。
すると目を瞑っていてもわかるほど剣が光を発し始めた。
俺は目を開け剣を見る。
「すご……」
赤く爛々と光り輝く剣を前に言葉を失ってしまう。
『さすが。筋がいいな。後は振ってみろ』
俺は居合斬りともテニスのバックハンドともつかないテキトーなフォームで剣を振った。
すると剣から三日月型の真っ赤な炎が放たれた。
その炎は壁をいとも容易くぶち抜いた。
洞窟内が音を立てて揺れ、壁には大人がゆうに通れるほどの大きな穴が開いた。
「ははは……」
俺は笑うしかなかった。
だってあの壁、俺が全力で蹴ってもビクともしないほど頑丈だったんだ。それがあんな簡単に穴が開くなんて。
少なからず剣に恐怖心を抱いた。
『何やってる。出口ができたぞ』
「う、うん」
言われて俺は太陽の光が差し込む穴へ歩き始めた。




