1話 1回戦
修行も出来なくなってしまい、やる事がなくダラっとした空気が家を包み込んでいたある日。
ゴンゴンゴンとドアが力強くノックされた。
アリアさんは待ってましたとばかりに素早く立ち上がって玄関へと向かい、ドアを開ける。
「はーい……セ、セシル団長!?」
アリアさんのびっくりした声はリビングにいる俺の耳にも入って来た。
どうやらセシル団長が訪問して来たようだ。
「この家にイオリはいるか?」
「はい、いますよ」
「呼んで貰っても?」
「わかりました。イオリー、セシル団長が用があるみたいよ」
俺に用?
なんだろうと思いながら急いで玄関へと向かう。
「自分に何の用でしょう」
「明日、王都闘技場で武闘会が開かれるのを知っているか?」
「いえ。初耳です」
「そうか。小さな大会だし仕方ないか。それでその武闘会に欠員が出てな。代わりに出場してくれないかお願いに来た」
「自分がですか?」
どうしてアリアさんじゃなくて俺なんだろう。
「そうだ。この間君達が修行していた事を陛下に話したら代わりは君がいいんじゃないかという話になってな」
「あー……」
その節は申し訳なかった。
「急かして悪いが、返事はすぐに聞けるか?」
「出ます」
と、何故か俺じゃなくアリアさんが答えた。
「ちょっ、勝手に答えないでよ!」
「いいじゃない。修行も出来なくなって暇なんだし。武闘会に出たら修行にもなるし賞金も貰えて一石二鳥よ」
「そうだろうけど……」
武闘会とかに出て来る人は街の不良とはわけが違うし、俺が出ても大丈夫なのだろうか。
「何心配そうな顔してるのよ。大丈夫。そんなに強い人なんていないから。イオリなら楽勝よ」
「それ本気で言ってる?」
「もちろんよ。セシル団長はどう思われますか?」
「優勝も難しくないだろう」
「ほら」
セシル団長まで。
断りたいがこの間の湖の件を注意だけで済ませてくれた恩がある。
困っているみたいだし、出るのが筋だろう。
「わかりました。出ます」
「ありがとう。感謝する。ではまた明日」
「はい……」
こうして俺の武闘会出場が決定した。
次の日。
「行きたくない……」
「何言ってるのよ。もうエントリーしたんだから行くわよ」
「なんで俺? アリアさんでいいじゃん」
「私は去年優勝したから出れないわ」
「え? そうなの?」
「そうよ。去年の私でも余裕で勝てたくらいの大会よ。そう緊張しなくて大丈夫よ」
「あ、そうなんだ。それ聞いて少し安心した」
「安心されたらされたでムカつくわね」
「どうしろって言うんだよ……」
安心させるために言ったんじゃないのだろうか。
2階建の円形闘技場の入り口にはトーナメント表が貼ってあった。
参加人数は16人と少なく、セシル団長の言う通り小さな大会のようだった。
「イオリは1番端の山だから第1試合からね」
「ホント? 1試合くらい見てからが良かったのに」
「ちなみに1回戦の相手はビリーって人よ」
「どんな人か知ってる?」
「知らないわ。有名な人はこの大会にはエントリーしないもの」
「そうなんだ」
「それじゃあ私は客席で応援しているから。優勝期待してるわ」
「まあ、やるだけやってみるよ」
薄暗い通路を通り抜け、闘技場に出ると大きな歓声に出迎えられた。
闘技場の中央まで歩くと、今度は反対側の入場口からパイナップルのように髪を逆立てた男が歩いてくる。
あれがビリー選手か。
相手も中央までやってきた。
全ての指にゴテゴテした指輪が嵌められていて殴られたら痛そうだ。
黒色の上下の服はダメージ加工のつもりなのだろうズタズタに破かれていて、いかにも危なそうな雰囲気を醸し出している。
ただ、細身の体型のせいか、対峙しても恐怖は全く感じなかった。
「聞いたぜ。お前、陛下の推薦でこの大会出場したんだってな」
向こうが話しかけてきた。
「そうみたいですけど」
「じゃあお前に勝てば王国騎士団に一歩近づく訳だな」
「それはどうなんでしょう」
王国騎士団の事は自分に聞かれてもわからない。
さていよいよ闘いが始まる。
気を引き締めていると、そこにセシル団長が近づいて来た。
俺が不思議そうに見ていると、セシル団長が口を開いた。
「陛下からレフェリーを頼まれてな」
「あー」
なるほどそういうことか。
「あ、ちょうどいいとこに団長だ。1つ聞いてもいいっすか?」
「なんだ?」
「もしですよ、俺がそいつに勝ったら王国騎士団に入団させてくれますか?」
「……そうだな。勝てたら考えてやる」
「うしっ! やる気が出て来たぜぇ」
グルグルと腕を回しながら目をギラつかせる。
「両者とも準備はいいか?」
ビリーさんが腰に備えていた剣を鞘から抜いた。
細身で先端が鋭く尖ったその剣は、ビリーさんの趣味だろうか、刀身が黒色に塗られていた。
俺も剣を鞘から抜いておこうと右手を剣に動かす。
『イオリ』
(何?)
『俺は使うなよ』
(どうして? 向こうは剣を使う気だよ)
『相手を殺す気か。体術だけで充分だ』
(……わかった)
少し思案して剣にかけようとしていた手を下ろした。
「剣は使わないのか?」
無手で構えた俺にセシル団長が聞く。
「はい」
俺が頷くとビリーさんは青筋を浮かべ、低い声を出す。
「舐めてんのかテメエ」
「いや、舐めてるつもりはないです」
「ふざけやがって。串刺しにしてやるよ」
怖い事言うな。
今のところ強そうな感じはしないけど、もしヤバイと思ったら剣を抜こう。
「両者とも準備は良さそうだな。それでは、レディー! ファイッ!」
戦いが始まったと同時にビリーさんが剣を携え突っ込んでくる。
緩慢な動き。街の不良と大差ないレベルだ。
「死ねえ!」
物騒な言葉を放ちながら剣を突いて来た。
俺は突きを掻い潜って避け、懐に入ると鳩尾を狙い拳を振り抜く。
「ぐへえ!」
だらしない声とヨダレを撒き散らす相手は、腹部に手を当てながら地面の上をのたうち回わり出した。
「だ、大丈夫ですか?!」
「ぐぅ……」
問いかけてみたもののとてもじゃないが、会話できそうにない状況だ。
『命に別状はないだろうが、もう少し手加減の仕方も覚えたがいいな』
(……そうだね)
セシル団長がビリーさんに駆け寄り、首を振った。
「勝者、イオリ選手!」
セシル団長が俺の名前をコールすると、ワーっと歓声が湧いた。
救護班が闘技場の中に駆け込んで来て2人がかりでビリーさんを運んで行く。
初めての大会で気合いが入り過ぎていたかな。2回戦はもう少し抑えようと思う俺だった。




