2話
さっそく午後にアリアさんが昔修行をしていたという湖に行ってみた。
湖は、対岸が見えないほど大きく、透明度も高くてキレイだった。
しかも周りを緑に囲まれているので景色もいい。
他に人は見当たらないが、もしここが日本ならスワンボートの貸し出しがされたりしてデートスポットになってるんじゃないだろうか。
「始めましょうか」
アリアさんが湖に手をつけた。
すぐに2mほどの高さの氷山が出来た。
凄い。水があればこんなに大きな氷も一瞬で作れるのか。
俺は氷山から5mほど離れたところから剣を振り、炎を放った。
炎が氷山に当たり粉々に砕け散る。
「これくらいは余裕なようね。なら今度は少し遠くに作るわよ」
次は1mくらいの氷山がさっきより離れた位置にできた。
15mは離れている。
俺は狙いを定め、炎を出す。
さすがにあれだけ距離があると1回では当たらず、何度か炎を放ち、ようやく当てれた。
「なるほどね。あれくらいの距離から当たらないのね」
ニヤっと口の端を吊り上げると、さっきより遠くに氷山を作った。
「うわっ。酷い事するね」
「ちょっとくらい負荷をかけないと修行にならないでしょ」
「まあ……ね!」
氷山目掛け放つ。
今度は1度でかすることができた。
ただ振るだけじゃ意味がない。
コツを掴むんだ。今度はさっきよりリリースを早くするイメージで。
また剣に力を貯め狙うと今度は当たった。
よし! 今の感覚だ!
「アリアさん。次お願い」
「はいはい」
今の感覚を忘れない内に、すぐに次の氷山を狙う。
当たると今度はより遠くに氷山ができ、また狙う。
それを繰り返しているといつのまにか日が暮れていた。
そんな修行を繰り返す事、数日。
「これならどう? 壊せるかしら」
アリアさんが100m以上離れた場所に大きな氷山を作る。
遠いな。けど今の俺ならできる。
俺は数秒間剣に力を溜めて、水平に宙を切る。
放たれた三日月型の大きな炎が前に進んで行く。
修行をして行くうちにわかった事だが、魔力を剣に溜めるほどより威力のある炎が出せる。
そして炎は離れて行くほどに減衰して行く。
つまり遠くの氷山を壊すには、それだけ溜める魔力は多くなる、という事だ。
だからあのアリアさんが遠くに作った氷山は、当てるのも壊すのも難しい。
けど、今の俺ならできるはず。
炎が1直線に氷山へと向かって行き、ヒット。
よし! あとは壊れるだけだ。
しかし氷山は、壊れた箇所から新しく氷ができて行き壊れない。
横を見ると、アリアさんが右手を湖につけ、氷山を再生させていた。
ついに氷山は壊れる事なく、衝撃波が消えた。
「ふっ。私の勝ちね」
腰に手を当て、ドヤ顔で言われた。
「ズルくない!? 壊れたとこから直してたでしょ!」
「あら? 敗者が何か言ってるわね」
「くっ……ならもう1回!」
「いいわよ。何度しても同じだから」
今度は壊れるまで何回も放ってやる!
そう思って力を溜めていると、後ろから嘆息した声をかけられた。
「何やってんだ、お前ら」
俺とアリアさんは同時に振り返る。
声をかけて来たのはセシル団長だった。
「セシル団長。こんな場所に何か用でも?」とアリアさん。
「ああ」
もしかしてクレス関連?
「クレス関連ですか」
若干の期待を込め聞く。
「いや」
「じゃあ魔物が出たんですか?」
「いや」
「じゃあ……何があったんですか?」
他に見当がつかず、そう聞いた。
「お前らだよ」
「俺ら?」
言ってる意味がよくわからず首を傾げる。
「お前らだろ。ここの所、この湖で暴れているというのは。そういう通報があって来たんだよ」
「あー……」
いくら人がいないとはいえ、うるさくし過ぎたか。
「すみませんセシル団長。私がイオリにはよく言っておきますので」
「なに俺1人のせいにしてるの。アリアさんも同罪だよね」
自分だけ安全圏に行こうとするアリアさんを引きずり降す。
「私を売る気!?」
「先に売ったのアリアさんじゃん!」
「慌てるな。これ以上騒がしくしなければ捕まえる気はない」
俺らの醜い争いを見かねセシル団長が言う。
なんだ。逮捕はないのか。
「それより聞きたいことがある。イオリ……と言ったかな? 剣から炎を出してるように見えたが、どうやっているんだ?」
「この剣に魔力を溜めたら勝手に出るんです」
「剣に?」
セシル団長は眉間にシワを寄せた。
「不思議な剣だな。少し貸してもらっても?」
「あ、やめた方がいいですよ」
「どうして?」
「この剣、自分以外は触れないみたいなんです」
「そうなんです。私が触った時は、熱くて手が焼けそうでした」
アリアさんが補足を加える。
「試してもいいか」
(大丈夫?)
『一瞬なら大丈夫だろ』
剣がそう言うので、俺は柄をセシル団長に差し出した。
「どうぞ」
団長の人差し指が剣に触れる。
ジュッ、と手が焼ける音。
団長は即座に剣から手を引いた。
「……本当だな。できれば剣を調べて見たかったのだが、無理そうだな」
団長は諦めたようで、踵を返す。
「修行もいいが、ほどほどにしといてくれよ。また通報されたらたまらんからな」
それ以上咎められる事もなく、セシル団長は去っていった。
厳格そうな外見とは裏腹に、融通が利く人みたいだった。
「残念。修行は終わりね」
「そうだね。まあ遠くの的に当てれるようになったから成果はあったよ」
「そうね。さーて、帰ったらご飯にしましょう」
「ご飯にしましょうって作るの俺だよね」
「もちろん」
こっちに来て剣の腕だけじゃなく、料理の腕も上がりそうだ。
セシルは、宮廷の廊下を渋い顔で歩いていた。
(あの年齢であの腕前か。今の内に王国騎士団に入団させるべきか。しかしまだ精神的に若すぎるか。うーむ……)
頭を悩ませていると、セシルは声を掛けられた。
「何を悩んでおる?」
バスの利いた重々しい声が廊下に響く。
「国王陛下」
「珍しいこともあるものだな。何があった?」
国王陛下と呼ばれた初老の男は、細身ではあるが筋肉質の体つきをしていた。
「いえ、少し筋のいい若者達を見つけたもので、王国騎士団に入団させようかと悩んでいたところです」
「ほう。そんなに筋がいいのか?」
「はい。しかもそれが2人も。1人はまだレベル4になったばかりだそうですが、これからますます強くなるでしょう。もう1人も同じくらいの実力があります。しかも不思議な剣を使っていました」
「不思議な剣?」
「剣に魔力を溜めると炎が出せるそうです」
ピクリ。
国王の眉が動き、笑顔が消える。
「その者の名前は?」
「イオリ、と言いますが」
「イオリ……か」
国王は少し考えてから言葉を紡ぐ。
「セシルよ。1つ仕事を頼んでもいいか?」
「はい。なんでしょうか」
「昔、お前に案内した場所があっただろう。そこに異変がないか見て来て欲しい」
「わかりました」
返事をすると、セシルはすぐに指定された場所へと向かった。
「炎が出る剣にイオリという珍しい名前。それに最近の騒ぎ。偶然ではない気がするな……」
国王は誰もいない廊下で独りごちた。




