1話
「今日は何もないみたいね」
昼時。机に突っ伏したアリアさんが呟く。
「平和な証拠でいいじゃん」
「そうねえ。ただ、クレスの動向がわからない以上、油断はできないわね」
クレスか。彼に会えれば地球に帰れるかもしれない。
ただ帰り方を教えてくれる気はなさそうだったから無理にでも聞き出すしかないだろう。そうなると戦うことになるのか。
(ねえ、剣)
『何だ?』
(あのクレスって人強い?)
『ああ』
(アリアさんより?)
『間違いなくな』
そんなに強いのか。
なら今の俺じゃ到底敵わないな。
やっぱり修行はしといた方が良さそうだ。
「うーん……仕事がないとなると何をしようかしら」
「趣味とかないの?」
「特にないわね」
「だったら何か趣味でも作ったら?」
「例えば?」
例えばねえ。女の子の趣味がよくわからないし。何がいいかな。
考えていると廊下の悲惨な状況が目に飛び込んで来た。
「掃除とか」
「却下」
却下か。他には……今度は台所が目に入った。
「料理とか」
「却下。他は?」
「その2つは出来た方がいいんじゃないかな」
「……もしかしてイオリは、料理や掃除ができる子が可愛いとか思ってる?」
「まあ」
「はっ」
人を苛立たせる表情をしながら、鼻で笑われた。
「幻想を砕くようで悪いけど、そんな趣味を持ってる女の子は、男ウケがいいから言ってるだけよ。本当に好きでやっているんじゃないわ」
「中には本当に好きな人もいると思うけど……」
「いないわよ。私の調べでは」
「……そうですか」
何を言っても無駄そうなので折れた。
「だいたい男女は平等であるべきじゃない? どうして女子が家事をするって決まってるのかしら」
「男は働きに出て家にいないからじゃないかな」
「なるほど。でもその理論だと私は家事をしなくていいわよね。外に働きに行くし」
「そう……かな?」
確かに働きに出てるけど、今日みたいに仕事がない日は家事をしてもいいのではないだろうか。
「そうよ」
「でも今日は仕事がないんだし家事したら?」
「それはイオリにも言えるわよね」
「まあそうだけど……」
「というわけで、ごはんの用意をお願いね」
「作るけどさ。休みの日くらい作った方がいいんじゃない?」
「いいわよ。イオリの料理の方が美味しいだし」
「そんな見え透いたお世辞はいらないよ」
「あら、ホントよ。私はイオリが作る料理が好きよ」
「うっ……」
女の子ににっこりと微笑みながらそんな事言われたらこれ以上強く言えない。
まあ雇われの身だから作るのが当たり前なんだろうけど。
『チョロいな』
(うるさい)
「さて。イオリが料理を作っている間に私は裁縫でもしようかしら」
「できるの?」
「失礼ね。できるわよ」
この自信、信じていいものだろうか。いや、でも料理の件があるから心配だな。
俺は少しの間、彼女が裁縫するところを監視することにした。
「何作るの?」
「あなたの剣の鞘よ」
「鞘?」
「ええ。あなたの世界では知らないけど、コッチじゃ剣を鞘に入れず出歩くのはやばい人くらいよ」
「えっ。じゃあ俺、今まで街の人からやばい人って思われてたの?」
「でしょうね。それか気が触れた人か」
「一緒だよ! もっと早く教えてくれればよかったのに……」
「だってやばい人に注意したら何されるかわからないじゃない」
「アリアさんもそう思ってたの!?」
「ふふ、冗談よ。本当はただ鞘を作るのが面倒だっただけよ」
「ならなんで急に鞘を作ってくれる気になったの?」
「この前助けて貰ったお礼に。それと、気が触れたと思われてる人と一緒にいたら、私までヤバイ人と思われるかもしれないし」
「絶対後者が強いでしょ」
自分の身に降りかかる火の粉はほっとかないんですね。
「そういうことだから剣貸して貰っていい?」
「いいけど焼けるんじゃない」
「そうだったわね。ならそこに剣を置いてくれない?」
俺はアリアさんに言われた通り机の上に剣を置いた。
アリアさんはリビングの棚からソーイングセットと長い革を取り出した。
剣に触れないよう目測で長さを測ると、目にも止まらぬ速さで革を鞘の形に縫っていく。
「すご……」
思わず感嘆の声を漏らした。
あまりの手際の良さに見入ってしまう。
「はい。どうぞ」
鞘はものの数分で完成した。
俺はその鞘に剣を納めた。
『ほほう。ただの馬鹿かと思ってたがやるなあ』
ちょっとポンコツなとこはあるけどひどい言い草だ。
(どう? ちょうどいい?)
『ああ完璧だ。人には意外な才能があるものだな』
「大きかったりしない?」
「うん、完璧みたい。ありがとう」
これで街を歩いても気が触れた人と思われなくて済む。
「……どうかした?」
何故かジッと見つめてくるアリアさんにたずねる。
「何かないの?」
「えっと……ありがとう」
「お礼はさっきも聞いたわ。ほら。裁縫できるなんて女の子らしくて可愛いね! とかないわけ?」
「あんな鬼神の如く作られたら女の子らしくて可愛いとは思わないよ」
「じゃあ何? ゆっくりチマチマチクチク縫ってたら可愛いと思うわけ?」
「鬼神よりは」
「はっ!」
心底馬鹿にした笑いだ。
ハラタツな。
「なるほどね。イオリの趣味がわかったわ。女の子女の子した子が好みなのね。夢見てるわね」
「そういうアリアさんの好みは?」
反撃に出ると予想外だったのか、アリアさんは少し慌てた。
「わ、私?! そ、そうねえ……背が高くてえ、顔が良くてえ、優しくてえ、強い人かしら」
「そっちの方が夢見てるじゃん」
「女の子はちょっとくらい夢見てる方がいいのよ!」
「やれやれ鬼神がなんか言ってるよ」
俺は肩を竦めた。
「うるさいわね! それよりご飯は?!」
「ハイハイ。今から作りますよ」
俺は1人台所へ向かった。
食事が終わり水を飲んでいると、アリアさんに聞かれた。
「イオリは趣味とかないの?」
「うーん……特にはないかな」
強いて言うならゲームとかになるんだろうけど。
「あー、でもやりたいことならあるかも」
「何?」
「修行。どこか修行できる場所はない?」
「修行ってどんな事するつもり?」
具体的には考えてなかった。
どうしよう。とりあえず炎を狙った場所に当てられるようにはなりたいな。
「的当てができるところとか」
「的当て? うーん……ちょっと思いつかないわね」
だよね。普通そんな場所ないよね。
……あ、そうだ。
「アリアさんは修行とかしないの?」
「今はしてないわね」
「今は、ってことは昔はしてたんだよね。どこでしてたの?」
「街の近くの湖よ。そこで水を素早く凍らせる練習をしてたわ」
「なるほど。そう言えばアリアさん暇なんだよね」
「ええ」
「ならさ、ちょっと修行の手伝してくれない?」
「何させるつもりかによるわね」
「水を凍らせて氷山を作って欲しいんだけど。それを的変わりにして衝撃波を当てる練習をするから」
「なるほどね。それくらいならいいわよ」
意外にも簡単に了承された。
「その代わりこれからも家事お願いね」
小悪魔っぽい笑顔で、条件が付け加えられた。
もともと雇われている身なのでそれくらいなら訳無いことだ。
『将来尻に敷かれる事間違いなしだな』
(うるさい!)




